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江戸期に広まる「天工開物」~実は令和にも~

天工開物。てんこうかいぶつ、と読む。
音だけ聞けば「てんこもりの怪物?!」と
勘違いをされそうですが、全く違います。
産業の技術書、百科事典のような本です。

書いたのは中国の昔の学者、宋応星。
そうおうせい。1590年頃~1650年頃の人。
1600年が日本で「関ヶ原の戦い」なので、
秀吉が天下統一した頃に生まれ、
江戸時代の最初の頃に亡くなった人です。

本記事ではこの「天工開物」に関する
あれこれを書いてみます。

宋応星は中国の南東部、江西省の出身。
明王朝の時代に生まれました。

この「明」という国は、
1368年に朱元璋(太祖洪武帝)が
つくった王朝です。
…しかし1644年に「清」という国に
滅ぼされてしまいます。
宋応星が生まれた1590年頃は、
明王朝の終わり頃。

彼は役人を志して「科挙」を受けます。
試験に受かれば役人になれる。
まず地方での試験「郷試」を受け、
合格した。1615年、25歳頃のこと。

これだけでも凄いことなのです。

江西省だけで約一万人受けており、
合格者は約百人。お兄さんと一緒に受けて、
応星は三位、お兄さんは六位だった。

意気揚々と都に上り「会試」と呼ばれる
試験を受けにいくのですが、
…さすがに全国レベルは強敵揃い!
五回も会試を受けて、全落ち。
最後に受けたのは1631年で45歳頃でした。

ドラマ『101回目のプロポーズ』で
司法試験に落ち続け、お見合いにも失敗した
星野達郎(演:武田鉄矢さん)に似ている。

ついに会試をあきらめた宋応星、
江西省の教師に就職します。
1637年に『天工開物』を刊行!
役人にもなりますが、その頃には
明王朝の命運が尽きかけていた。

1644年、明が滅亡。

お兄さんは絶望して、
服毒してこの世を去ります。
しかし応星は星野達郎のように
「僕はシニマシェン!」と
故郷に隠遁、寿命を全うしました。

この本の内容・特徴を紹介します。

言わば「実学」の本。
「経世致用の学」とも言います。
その背景を説明しましょう。

明王朝では、初代の洪武帝が
朱子学を官学にして儒教主義を進めていた。
三代目の永楽帝は「永楽大典」という
古今の著書を分類・編集させた本をつくる。
朱子学の集大成である
「四書大全」「五経大全」「性理大全」
という書物も編纂させています。

言わば明は「儒教・朱子学の本場」

…しかし、政権に守られ過ぎると
固定化・形骸化するのが学問の常です。
この朱子学に反対する形で、
「陽明学」が生まれていきます。
王陽明という学者が唱えた学説で、
「知行合一」など、行動を重視する。

…ただ、この陽明学も明が強い頃には
「行動」がしにくく、
次第に空理化していくのです。

そんな中、西洋の学術・技術が流入する。
大航海時代ですね。日本でいう
1543年「イゴヨサン」かかる鉄砲伝来、
1549年「イゴヨク」広まるキリスト教伝来。
その前に、
中国には一足早くやってきていました。

朱子学は形骸化、陽明学は空理化…。

会試に合格した高級官僚たちは
贅沢な生活をしているくせに
民衆の生活や産業を知らない…。

試験に落ち続ける宋応星は怒ったでしょう。
自分のほうがはるかに
人々の生活を知っているのに…!と。

そう、明朝末期の頃、知識人の中では、
「現実の社会に役立つ学問が第一だ!」
という風潮が強まっていた。


その中で書かれた『天工開物』です。
いわば産業や技術のマニュアル、解説書。
イラスト入りだったので、
文字が読めない人でも絵でわかる。
「明日にでも使える」わかりやすい本!

産業を18部門に分けて説明しています。

1.穀類、2.衣服、3.染色、
4.調製(五穀の製粉・加工)、
5.製塩、6.製糖、7.製陶、8.鋳造、
9.舟車、10.鍛造、11.焙焼、12.製油、
13.製紙、14.精錬、15.兵器、
16.朱墨、17.醸造、18.珠玉

いかにも「実用書」ですね…!

「天工」とは「人工」に対する
天からあらかじめ与えられた資源。
「開物」とは開発と意味が似ており、
人が道具として活用していくこと。

つまり様々な特性がある天の恵みを、
人間が生活に役立てるために加工し、
産業として開発していく…という意味です。

「なかなか良い本じゃないですか。
この『天工開物』は中国で
ベストセラーになったんですね!」

違うんです。

ちょうど明朝の滅亡、清朝が勃興する
混乱期、過渡期に生まれた本のため、
歴史の闇に埋もれてしまうんですよ。
作者の宋応星も、清王朝には仕えず
引退状態だった…。

しかし、この本が伝わった国があります。
そう、江戸時代の日本です。

江戸期の学者たち、特に儒学者たちは、
清王朝を正統の王朝とは認めずに
滅んだ明こそが正統!と思う傾向があった。
ゆえに、明朝末期につくられたこの本が
日本で広く知られます。和訳もされました。

この本を元にして、全国各地で
様々な産業が生まれていった。
かの「平賀源内」も読んだとか…。
彼は百科事典的な本を出しますが、
「天工開物」を参考にしたのかもしれない。

そう、約265年にも及ぶ江戸時代の
各地の農業・産業の発展の土台には、

◆中国四千年の歴史と技術
◆西洋からの技術の中国化
◆それが日本化をしていく

という重厚的なつながりがあった。
それをつなぐのが『天工開物』。

最後にまとめます。

本記事では明末清初の中国で生まれた本が
日本で広く知られたことを書きました。

ちなみに、現在の日本では
スマホでのゲームアプリが盛んですが、
中国発のゲームに
『アークナイツ(明日方船)』があります。

様々な種族が混在する惑星
「テラ」で起こった鉱石病の問題を軸に、
鉱石病の感染者組織と
主人公が所属する製薬組織との対立を
メインにしたタワーディフェンスゲーム。

(タワーディフェンスゲームとは、
自分の塔や陣地を敵襲から守ればクリア、
というゲームのジャンルです)

このゲームのイベントの中で、
「地生五金」のフレーズが使われました。
これは『天工開物』に由来しています。

五金とは「金、銀、銅、鉄、錫」。
宋応星は「大地は性質の異なる
五金、五種の金属を生じており、
天下の人々とその後世に利用されていく。
そのどれを欠いても、社会の秩序は
成立しない」と説いています。

『誰にでもそれぞれの価値、
天から与えられた個性、特質がある。
それは社会に必要不可欠なもので、
お互いがお互いを補い合い、
実用、活用していくことこそが重要』

…LinkedInなどのSNSなどのキャリアに
ぴったりの考えではありませんか?

宋応星の思想、天工開物のテーマは
何百年の時を超え、形を変えて、
私たちへと届いてきています。


思想の固定化や空理化を防ぎ、
柔軟に知識やスキルを実用・活用する…。

そんな鍵、ヒントの一つではないか?

私はそのように思った次第なのです。

※明の時代の文化はこちらもぜひ↓

※「松岡正剛の千夜千冊」より
『天工開物』はこちらから↓

※平賀源内と『天工開物』、
和三盆糖について書いた
とらやの記事はこちら↓

※ゲーム『アークナイツ』の
解説記事はこちら↓

※『アークナイツ』と『天工開物』の
つながりを推理した
シキネさんのnote記事はこちら↓

合わせてぜひどうぞ!

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