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衣食住+情報における立ち位置の把握と想像力

人が欠かせないもの、衣食住、そして情報。

生きていくのに欠かせない、モノと環境。
昔は「衣食住」でしたが、
今はこれに「情報」が加わった四つが
欠かせないのではないか、と思います。

本記事は、この四つをとりまく環境、
立ち位置の把握などについて、書きます。

あまりにも日々、湯水のごとく当たり前に
接しているので、この四つについて
立ち止まって考えることは、あまりしませんよね。

◆「衣」…何を着ているか、どう得ているか
◆「食」…何を食べているか、どう得ているか
◆「住」…どこに住んでいるか、どんな環境か
◆「情報」…どんな情報をどう得ているのか

「いやいや、私は常に、この四つについて
考えすぎるほど考えていますよ!
毎日アップデートしてゼロから考えてますから!」

そういう人も、中には、いるでしょう。
ですが大部分の人は、ある意味自分の「型」と
いうものを持っていて、それが「当たり前」
なっていることも多いのです。

なぜなら、日々欠かせないもの
=日常的なものについて、
常にゼロベースから考えていくと
脳がパンクしてしまうから…。
意外と脳は、メンドクサガリなのです。

「下着を着けて、シャツにスーツにネクタイ」
「朝食はパン、あとコーヒー」
「ここで寝て、この道を通って、ここへ仕事に行く」
「起きたらツイッターとリンクトインをまずチェック」

…どうです?
「ルーティン化」していませんか?
特に疑わず、日々、同じことをしていませんか?
ルーティンはルート、道、ですから
自然と同じ道を歩んでいることも多いのです。

もちろん、毎日、服装を変える人もいると思います。
ですが、型にはめて変えない人も、います
(黒のタートルネックにリーバイス、のように…)。
朝食だって、出勤だって、情報ツールだって、
もちろん日々変えることはあるとは思いますが、
「ベースになるパターン」は、あるのではないか?

繰り返しになりますが、
日々継続すべきことについて人間は
意識的あるいは無意識的に
脳に負担がかからないように
行動を「習慣化」「標準化」しがちなのです。

となると、どうなるのか?

いつしか自分の「パターン」が
他人にも当てはまると「錯覚」してしまい、
当てはまらない人や他の環境にいる人のことを
忘れてしまいがち、なのです。

「えっ、毎日、全く違う服を着ているの?」
「えっ、毎日、朝からステーキ?」
「えっ、毎日、ワーケーションで違う場所で仕事?」
「えっ、まったくネットやSNSを見ないの?」
「…し、信じられない」

人間は自由に行動できる生き物ですから、
全く自分とは違う行動をする人が
この世には無数にいるはず。

なのに、いざ違うパターンの人のことを知ると
あたかも「違う星の生物」のように驚いてしまう。
特に、閉鎖的な島国に住む人は。

…私は、この「立ち位置の把握(変遷)」を
自覚的にできるようにと、
『ジッグラト・スペアリブ』モデルという
分析フォームを仮に作ってみて、
この「衣食住+情報」に援用してみました↓

◆「衣」=家庭環境(どうやって過ごしているか?)
◆「食」=労働環境(どう働き、どう食っているか?)
◆「住」=地域社会(どんな地域に住んでいるか?)
◆「情報」=情報空間(どう情報をやり取りするか?)

詳細はリンクより
それぞれの記事を見ていただければ幸いです↓

要は「自分の立ち位置というものは
意外と他人にとっては同じものではない!」
「自分がどのように立ち位置を推移させたか
客観的・メタ的に把握しておきましょう!」
「他の立ち位置(象限)にいる人のことを
想像できるようにしておきましょう!」
ということを、考えて書いてみたのです。

どの立ち位置にいようが、千差万別です。
ただ違いがあるだけで、
良い悪い、ではない。人それぞれ。

SNS使いまくりの情報通が、
SNS?何それ?の全く情報を得ていない人より
「人間的に」優れているということは、ない。
大家族と核家族も。
大企業勤務とベンチャー、フリーランスも。
都会住みと地方住みも。
そこに「絶対的な優劣」はなく、
あるのは「相対的な違いだけ」です。

ただ、取り巻く環境は、如実に違う。
ひいては思考パターンも、違ってくる。
その「差異」をこそ知っておきましょう、
ということが言いたいのです。

そのための立ち位置把握モデル、
『ジッグラト・スペアリブ』モデルです。

いわゆる「守備範囲の広い人」
「世間慣れしている人」というのは、
この「立ち位置の違い」をきちんと把握し、
自分とは異なる立ち位置の人のことを
「想像」できる人
なのだ、と思います。
それが、思考の幅、視野の広さを生み出す。

他の立ち位置の人のことを知るためには、
実際の「自身の経験」もあれば、
「机上の学習」もあるでしょう。
しかし何よりも大事なのは、

自分の立ち位置、環境、パターンというものを
絶対視して祭り上げ、
それから異なるものを無条件で排撃するのではなく、

他人の立ち位置、環境、パターンというものを
尊重し、謙虚に知ろうとする姿勢、
ではないでしょうか?

美内すずえさんの名作演劇漫画
『ガラスの仮面』でも、
お嬢様の姫川亜弓が、庶民的な北島マヤと
「生活を取り換える」ことで
役作りに生かす、というシーンがありました。

色々と知った上で「自分は今はこれだ」と
取捨選択をしていくことと、
ただ流されるまま何となく
「自己流」でいくこととでは、
月とすっぽん、大きな差が、ありますよね。
自己流も行き過ぎれば「自己中」になるので…。

と、私もともすれば「自己中」になるので、
注意しなければ、と思う今日この頃です。

まとめます。

本記事では「衣食住+情報」について、
「立ち位置の把握」をテーマに、
ともすれば「自分と同じ」と錯覚しがちな
「他人の立ち位置」を想像し、尊重することの
大事さについて、改めて書いてみました。

『みんなちがって、みんないい』

と、漠然ととらえるのも良い。しかし、

モデルに仮に自分の環境と行動をあてはめてみて、
論理的に「どこが違うのか」「どう違うのか」
「どんなパターンなのか」
「どのように推移してきたのか」
「自分が知らない立ち位置はどこなのか」と
突き詰めて深掘りして考えていくのも、
また良いのではないでしょうか?

その分析、分けることの繰り返し、
試行錯誤によってのみ、
「分かること」ができる
、と思います。
分けることは分かること、ですので。
その上で、自分なりのスタイル、立ち位置を見出す。

さて、読者の皆様は、どんな立ち位置にいますか?
朝はパンですか、それともご飯ですか?
…もしや、ステーキですか?

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