見出し画像

観光マーケティングはなぜ「ズレている」のか~ズレの正体とその構造③:ツーリズム・マーケティングとデスティネーション・マーケティング

観光マーケティングは3つの「ズレる」構造を持っている。その詳細について記載してきた連載もこれで最後です。第1のズレと第2のズレについては以下のように記事でまとめています。本稿は下記2つの記事を前提にしていますので、まだ読んでいない方は下記を読んでもらえると理解が深まります。

この記事では最後のズレである「ツーリズム・マーケティング」と「デスティネーション・マーケティング」の違いについて説明したいと思います。

「観光マーケティング」の違和感

突然ですが、あなたは自治体職員、観光協会、DMOといったような地域全体を対象とした観光地プロモーションの担当者だとします。次のような提案を聞いた時、あなたは、どう思うでしょうか。

「観光地のマーケティングを進めるには、まず何よりターゲットを決める必要があります。そこで、今回どのターゲットを狙うべきかについて調査しました。その結果、最も購買意欲が高く、人数が多いのは30代独身女性である事がわかりました。なので、このターゲットに向けてプロモーションをしていきましょう」

どうでしょう? 実は、この考え方はマーケティング的には全く間違っていません。もし、これが地域の一企業であれば問題はないし、日本のマーケティングの教科書にもこう書いてあることでしょう。しかし、地域全体を対象にした観光地そのものをマーケティングするという視点では、この「観光マーケティング」はもの足りない、もしくは違和感すらあるわけです。

なぜなら、現場としては「そんなことは分かっているけど、できないから困っている」からです。

2つの観光マーケティング

もちろん、できない理由には色々あるんですが、もちろんここでいうのは人材不足、資金不足といった話ではありません。

先ほどの提案はプロダクト・マーケティングやサービス・マーケティングの世界で考えられるマーケティングの基本理論に忠実です。マーケティングは作ったものを売るのではなく、売れるものを作る。プロダクトアウトからマーケットインへの転換。いろいろな言い方はあるが、とにかくまずは顧客(市場)を決めることからスタートする。そして、その顧客が求めるものを特定し、それを商品にする。

市場を先に決定して、売れるものを売る。という方法には暗黙の前提があります。それは商品をすぐに変えられるということです。サービスならやり方を変えればいいし、製造品でも設計図等を変えればいい。つまり、企業が主体になってすぐに製品を顧客志向に変更可能であるということを前提にしているわけです。

このように、マーケティング理論をそのまま観光に適応させようという考え方をツーリズム・マーケティングといいます。(とはいえ、観光固有の状況に適応させます)

これはこれでまったくもって正しい理論なのですが、観光地という地域全体をマーケティングしようという時には問題が発生します。なぜなら、先ほどのサービスや製造品と違って「観光地はすぐに創れない」からです。例えば極端な例ですが、最近山登りが流行っているから山を創ろうってことはできません。なので、考え方を変える必要があります。こうして誕生したのが観光地そのものをマーケティングしていくための理論、デスティネーション・マーケティングです(※1)

デスティネーション・マーケティング

デスティネーション・マーケティングでは、ツーリズム・マーケティングと考え方が逆になります。なぜなら、観光地が提供できる価値はある程度決められてしまっているからです。少し専門的な言い方をすると「観光地の魅力は地域資源に依存する」ということです。

なので、デスティネーション・マーケティングの場合には、まず自分たちの強み=魅力を考える必要があります。つまり、発想としてはマーケット・イン(顧客志向)ではなくプロダクト・アウト(製品志向)から
スタート
するわけです。その上で、自分たちの提供価値をいいと思ってくれる顧客を探し、その人たちにとって魅力的に発信するということなります。いわば、プロダクト・アウトによる製品開発、マーケット・インによるコミュニケーションとなるわけです。

第3のズレの正体

これで答えが出ました。第3のズレは「デスティネーション・マーケティング」と「ツーリズム・マーケティング」によるズレです。デスティネーション・マーケティングを実施すべき時にツーリズム・マーケティングをしてしまうことが第3のズレになります。ちなみに、この第3のズレの恐ろしいところは短期的には経済的な成果が出てしまう時があるというものです。顧客志向になるわけなので、当然顧客ウケが良いので増えるんですね。

ただ、デスティネーション・マーケティングを実施する際に過度な顧客志向で考えると地域に無理をさせるようなマーケティング活動になってしまうことが多くなります。極端な言い方をすれば、自分たちらしさを捨てて観光PRするようなものなので、結果として地域と観光との対立も鋭くなりがちです。観光と地域が対立する背景には様々ありますが、これも大きな要因だと思います。なお、観光のみならず誤った顧客過剰適応は経営的にマイナスになる時があります(※2)

観光経営理論を知る必要性

ここまで3回の連載では観光マーケティングがズレる理由を理論的に説明してきました。もし、読んでくださった皆さんが「何となく感じていた違和感が整理できた!」と思ってもらえたなら嬉しく思います。理論とは社会という複雑なものを見るための窓のようなものです。今回は、観光経営理論で見てきましたが、コミュニティ論、文化論など違う理論で見たら別の姿が浮かび上がってくるはずです。

ただ、観光経営をしていくならばやはり観光経営学の視点をまず習得すべきです。世界のライバルたちも同じ視点で勝負をしてきています。一方で、理論はあくまで理論。現場で実践するためには現場に合わせたカスタマイズが必要です。そして、その先には日本初の観光経営学理論が誕生すると思っています。

ズレた観光マーケティングを超えるには

さて、観光マーケティングがズレる構造は分かった。その上で本当の課題はその上でどうデスティネーション・マーケティングをやっていくのかということでしょう。方法はたくさんありますし、地域によって異なるかと思います。私のおススメは地域の歴史に着目することです(※3)。

ただ、もちろん歴史以外の方法もたくさん存在しています。なので、まずは自分たちの観光マーケティングは、いまどんなものになっているのか。それを理論を確認しながら確認してみてください。

手前みそですが、私の著作にはこの連載よりも詳しく書いてありますので参考になると思います。

このnoteでは、これからも色々な観光経営理論を紹介していきたいと思っていますので、興味のある方はぜひフォローしてみてください。

ただ、大事なことは別にこのnoteを単に読むということではなくて、観光経営学を学んで実践しようということです。最近はいろいろなところで学べる環境も整ってきました。弊社でも教育プログラムはご提供可能ですが、ぜひ自分に合ったものを探してみてください。

答えがない時代とよく言われますが、その中で一番重要なのは学びつづける技術と体力です。学び続けることは資産になっていきます。私自身も学んだ最新知見をこれからも皆さんにお伝えできればと思っています。


(※1)
デスティネーション・マーケティングは観光地マーケティングと翻訳されますが、ある意味で目的地であれば観光地でなくても応用可能な理論です。例えば、商店街なんかはデスティネーション・マーケティングが応用可能です。

(※2)
既存顧客への過剰適応については様々な研究がありますが、個人的には下記はまさに古典ともいうべき研究だと思います。

(※3)
私の地域は歴史ではなく自然が魅力だ。などの歴史以外が魅力の地域においても、歴史は更にその魅力を輝かせることができます。詳細は書籍に記載していますので、興味のある方はぜひ読んでみてください。


よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは執筆・研究の活動費に使わせていただきます!