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観光マーケティングはなぜ「ズレている」のか~ズレの正体とその構造:プロモーションとマーケティング編

観光マーケティングは「ズレている」

「どこかで見たような風景だな」
旅先でふとそんな風に感じたことはありませんか?

いま、日本では観光に関するニュースや取組がかつてないほどに起きています。観光はいまや国策として全国の自治体が多くの予算がついており、注目度も高くなってきました。

ただ、旅先のお土産屋に入るとどこかで見たことがあるようなものばかりだったり、風景もなんかどこかで見たことがあるなーというのは決して少なくありません。多くの観光地がより魅力的に感じてもらうために多額の予算をつけているのに、なぜこんなことになってしまうのでしょうか。

その背景にあるのが、「ズレた」観光マーケティングです。しかも、実際の現場では幾重にもズレています。

昨年に出版した私の著作『ヒストリカル・ブランディング』の帯には「観光マーケティングはズレている」という強いメッセージを出しました。もちろん、全ての観光マーケティングがズレているわけではないですが、こうした課題意識からあえて強い言葉にしました。これから3回に分けてこの観光マーケティングが「ズレる」構造を見ていきたいと思います。

第1のズレ:「プロモーションとマーケティング」

まず、観光マーケティングについて考える前にプロモーションとマーケティングの違いについて説明が必要です。「んなことは知ってるわ!馬鹿にするな!」という方もいるかもしれませんが、何事も基本が大事。改めて確認です。

実は、観光業界のみならず日本全体でもマーケティング概念がちゃんと浸透していないという批判があります。例えば、マーケティング研究の第一人者である恩蔵直人(2019)は、「マーケティングとは市場調査や販売促進であるという捉え方がなされており、マーケティングという言葉だけが一人歩きしている」と指摘しています。

じゃあ、観光業界はどうなのよ?というと、国連世界観光機関は、UNWTO(2009)において、「マーケティングとは、観光業界では、プロモーションだけを意味するものとして誤用されることがよくある。プロモーションは、マーケティング・プロセスの1つの要素にすぎない。」と言っています。どうも、日本だけではなく世界中でマーケティング=プロモーションみたいになってしまっているようです。

じゃあ日本の観光分野ではどうなっているのでしょう?
ここで興味深いデータがあります。岩田(2021)は我が国のDMOがマーケティング概念をどのように理解しているのかについて調査研究を実施しています。それによれば、「データの継続的な収集・分析、商品開発、集約、リピーター確保等といった実務的な捉え方が多数であり、「顧客創造」や「社会志向」を目指す経営学領域のマーケティング論のアウトカム的視座にまで踏み込みきれていない」そうです。

マーケティングはプロモーションを含んだマーケティング・プロセスを通じて顧客志向を実現し、「顧客創造」や「社会志向」をも目指す概念です。プロモーションは重要ではありますが、マーケティング概念の一部にすぎません。しかし、その発想は日本ではあまり知られていない。そのため、とにかくばんばんプロモーションみたいなことが起きがちです。

商品が飽和している状態ではプロモーションだけでは限界だという指摘は数多くなされています。現在、DMOがある地域だけで12,000以上あるという研究もあります(Pikeの研究など)。どんなに時間とお金があっても1人の人が12,000か所に行くことは不可能。既に観光地は「商品として飽和」しています。実際に欧米圏の観光研究では1990年代くらいから「商品としての観光地のコモディティ化」(学術用語的には(Homogenized Tourism(均一化された観光)と言われています)が指摘されており、プロモーションの限界が指摘されています。(もちろん、プロモーションはいまだに重要な施策です。プロモーションだけでは限界ということです)

「それは理解している。うちはちゃんとマーケティングやってるよ!」となっていれば素晴らしい。ですが、これはあくまで序の口です。これをクリアしたとしても観光マーケティングがズレてしまう第2の理由が立ちはだかります。次回は第2の理由についてお話しします。

「観光マーケティングはなぜ「ズレている」のか~ズレの正体とその構造②~」へ続く

もっとよく知りたい人のための読書案内

観光地におけるプロモーションの限界については私も過去に一般書と学術論文の2つで書いています。

◆一般書

◆学術論文
久保健治(2024)
デスティネーション・マーケティングとDMOの関係性―理論と現場を繋ぐ」『観光学評論』12巻1号

参考文献

恩蔵直人(2019)『マーケティング〈第2版〉』日本経済新聞出版
UNWTO (2009), Handbook on Tourism Destination Branding, World Tourism Organization Pubns
岩田 賢(2021)「我が国のDMOにおけるマーケティング概念の捉え方の考察 :経営学領域のマーケティング概念との比較を踏まえ」日本国際観光学会論文集 28


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