『幸せになる勇気』の楽しみ方
今日の「note感想文」は『嫌われる勇気』の古賀史健さんのnote。
私も読んで少なからず影響を受けた『嫌われる勇気』とその続編『幸せになる勇気』について触れられています。
古賀さんによると、『嫌われる勇気』は古賀さん自身の切実な課題について書かれたとても私的な側面のある本で、続編の『幸せになる勇気』はアドラーが生涯をかけて取り組んだにも関わらず上記の理由から『嫌われる勇気』では取り上げられることがなかった『子どもの教育』というテーマを補完するために作られた本だそうです。
『嫌われる勇気』は読んでいるうちに引き込まれるようなパワーを感じる作品で、最初は青年に感情移入していた自分が繰り返し読むうちに哲人側の思考が出来るようになっている気がするのが面白い体験でした。
とても良い本だと思ったので色々な人に勧めたのですが、『幸せになる勇気』の方を強く勧めるようなことはありませんでした。
この本を読んだ時、古賀さんのnoteにも書かれているように、編集者にとって「切実な課題」ではなかったからなのか、続編というよりは同じ登場人物によるスピンオフ作品のような、終始どこか白々しい感じを持ちました。
とは言え、「宗教と哲学の違い」というような面白いテーマについての学びもあり、十分楽しむことが出来たのも事実で、良い本だとは思っています。
ただ、作中の青年がそうだったように、『嫌われる勇気』を読んだものの実践に際して上手く行かなかったり、単なる理想論としか思えなかった人が読むべき本なのかな?とも思いながら、そういう人はわざわざ続編を読もうとは思わないだろうと言う、なんとも言えないジレンマを感じ、あまり人には勧められなかったのです。
書きながらそんなことを思い出した今回のnote感想文。
久しぶりにもう一度この2作を読んでみようと思います。