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久恒啓一の「名言との対話」

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日本近現代の偉人たちのの生涯と絞り出した名言から学ぶマガジンです。 誕生日や命日を切り口に、2016年1月1日から毎朝書き続けています。 2500日を超えてきました。「日本の精神…
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2022年6月の記事一覧

「名言の暦」6月22日。堀越二郎「私の武器は、納得がゆくまで自分の頭で考えることだ…

堀越 二郎(ほりこし じろう、1903年(明治36年)6月22日 - 1982年(昭和57年)1月11日)は、…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月21日。須藤永次「強力な競争会社をたくさん作って、切磋琢磨して…

須藤永次(1884年6月21日〜1964年2月21日)は、日本の実業家。 山形県出身。尋常小学校を卒業…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月20日。守屋荒美雄「自ら書き、自ら出版する」

守屋 荒美雄(もりや すさびお]、1872年6月20日(明治5年5月15日) - 1938年(昭和13年)2月8…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月19日。ルー・ゲーリッグ「しかし、今日、私は、自分をこの世で最…

ヘンリー・ルイス・ゲーリッグ(Henry Louis Gehrig, ドイツ語:Heinrich Ludwig Gehrig(ハイ…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月18日。ジョージ・マロリー「そこにエベレストがあるから」

ジョージ・ハーバート・リー・マロリー(George Herbert Leigh Mallory 、1886年6月18日 - 192…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月17日。臼井吉見「教育の中軸は自己教育だと思いますが、その自己…

臼井 吉見(うすい よしみ、1905年6月17日 – 1987年7月12日)は、日本の編集者、評論家、小説…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月16日。大倉喜七郎「成功者はおやじの喜八郎さ、おれは息子でひとつ足りないから喜七郎てんだ」

大倉 喜七郎(おおくら きしちろう、1882年〈明治15年〉6月16日 - 1963年〈昭和38年〉2月2日)は、大倉財閥2代目総帥。 大倉喜八郎が築いた財閥の御曹司として生まれる。18歳で英国のケンブリッジ大学に留学し、7年を過ごす。ボートやスキー、自動車、そして美術、音楽などの文化にも造詣を深めた。「バロン(男爵)・オークラ」とも呼ばれていた。父は91歳まで家督を譲らなかったため、部屋住みの期間がながかった。大倉財閥は直系15社に加え、大倉鉱業、大倉商事、日本無線、東海

「名言との対話」6月14日。今村明恒「災害予防のこと、一日も猶予すべきにあらず」

今村 明恒(いまむら あきつね、1870年6月14日(明治3年5月16日) - 1948年(昭和23年)1月1日…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月13日。イェイツ「幸せとは、成長のことである。人間は成長してい…

イェイツ(1865年6月13日ー1939年1月28日)は、アイルランドの詩人、劇作家。アイルランドのダブ…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月12日。伊藤忠兵衛「商売は菩薩の業」

伊藤忠兵衛(2代目。いとうちゅうべえ、1886年(明治19年) 6月12日‐1973年(昭和48年) 5月29日)…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月11日。岡本一平「神はある点において悪戯好きの性質がありはしな…

岡本一平(おかもと いっぺい、1886年(明治19年) 6月11日ー1948年(昭和23年) 10月11日)は、日…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月10日。赤星六郎「紳士は春風のごとくおおらかであれ」

赤星六郎(あかぼし ろくろう 1901年6月10日ー1944年3月25日)は、ゴルファー、ゴルフ場設計者…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月9日。山田耕筰「自分の大成を見ないでどうして日本の国民楽などを…

山田 耕筰(やまだ こうさく、1886年〈明治19年〉6月9日 - 1965年〈昭和40年〉12月29日)は、…

久恒 啓一
2年前
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「名言との対話」6月8日。窪田空穂「かりそめの感と思はず今日を在る我の命の頂点なるを」

窪田 空穂(くぼた うつぼ、1877年(明治10年)6月8日 - 1967年(昭和42年)4月12日)は、日本の歌人、国文学者。 長野県松本市出身。東京専門学校(早稲田大学)卒。1919年に早稲田大学講師となり、後に教授。文芸の幅広い分野の実作と研究に大きな功績を残した。 短歌では、与謝野鉄幹の「明星」を経て、『国民文学』を創刊し、「アララギ」と並ぶ一大勢力を形成した。自然主義から日常詠も詠み「境涯詠」と呼ばれる家風となった。朝日歌壇選者。生涯で歌集を23冊刊行している。