プレゼンスライドがみるみる良くなる基本の推敲技術 -事例付き解説-
研究発表のスライドの仕上げの目的は、単に見栄えを良くすることではなく、伝えたいことが正しく・詳しく・分かりやすく伝わるようにすることです。スライドの推敲の技術を知って、実践的に身につけましょう。大阪大学大学院の教員であり、2021年10月に『卒論・修論研究の攻略本(森北出版)』を上梓した著者が実例付きで解説します。
スライドの推敲とは?
文章がそうであるように、スライドもまた、「伝えたかったこと」をいつでも正しく伝えてくれるとは限りません。そして、正しく伝わるはずだ、という淡い期待を裏切られたときは、本当につらいものです。
文章を推敲するように、スライドにも推敲をかけましょう。ただし、スライドを推敲する際に、単にスライド中の語句を推敲するだけでは不十分です。スライドは、文章とは異なる表現形式だからです。
とはいえ、実は、著者の別記事で紹介した文章の推敲技術は、スライドの推敲にも使うことができます。この技術とは、「切り分ける・並び替える・繋ぎ方を変える・削り落とす・一貫させる・まとめる・明確にする・限定する・やさしくする」の9種類です。文章推敲の解説は、下の記事でご確認ください。
そこで、この記事では、9種類の推敲のそれぞれを実施することで、スライドをどのように改善できるかを実例付きで解説します。
スライドを推敲するための技術
①切り分ける
1つ目の推敲は「切り分ける」です。この推敲では、スライドの構成が単純になるように、ごちゃごちゃしたスライドを複数のスライドに分割します。切り分けることによって、1枚1枚のスライドの内容を確実に理解してもらいやすくなります。
まずは推敲前のスライド例を見てみましょう。下に示したのは、ある実験の結果をグラフを用いて説明しようとしているスライドです。データ全体の分布の形(線形関係)についての説明と、A群とB群それぞれのデータの分布の位置(色分け)についての説明を1つのスライドで終わらせようとしているので、どこを見ればよいのか混乱させます。
このような場合、下の図の例のように、スライドを切り分けましょう。切り分けることで、単純な見方で内容が把握できるようになるので、混乱させる恐れを減らせます。載せるグラフは、説明する内容に合わせて見せ方を変えています。全体の形(線形関係)を説明するスライドでは、A群とB群の違いを見せる必要はないので、すべて黒い色で描画しています。ほかにもどのように見せ方を変えているか、確認してみてください。
②並び替える
2つ目の推敲は「並び替える」です。より強く関係するものどうしが、より近くに配置されるように並び替えます。この推敲によって、どこがどこに対応するのかを確認するために視線をあちこちに飛ばさなくても済むようになります。
下の図に示す推敲前のスライドでは、左側にグラフ、右側にグラフの解説、という形で分けて置かれています。つまり、「解説されているもの」から離れたところに「解説」が置かれています。こうなっていると、グラフの読み取りのためにスライドの左を見たり右を見たりを繰り返させてしまうので、時間と集中力を削いでしまいます。
対して、下の図に示す推敲後のスライドでは、解説対象の近くになるように各解説を置き直しました。これで、集中してグラフを見つめることができます。
③繋ぎ方を変える
3つめの推敲は、「繋ぎ方を変える」です。語句や枠、あるいは図形などの関係が直感的に分かるように、それらを結ぶ矢印や線を使い分けましょう。この推敲によって、意図せず混乱のもととなっていた矢印や線を、理解の助けになるものに変えることができます。
下の図に示す推敲前のスライドでは、矢印が様々な意味で使われてしまっているようです。とくに下向きの矢印は、どんな意味で使用しているのか曖昧です。また、特徴量1から2への影響と、1から3への影響は正負が逆なのに、矢印が同じものなので、直感的には分かりにくいですね。
対して、下の推敲後のスライドでは、「強い促進は太い実線の矢印」で、「弱い減衰は細い破線の矢印」になるようにしました。さらには、意味が曖昧だった下向きの矢印は廃止して、「上記の関係はすべて」という言葉に書き起こしました。これで、随分分かりやすいスライドに直せました。
④削り落とす
4つめの推敲は「削り落とす」です。要点の理解に不要な文字や図形はどんどん省いていきましょう。余計なものを省くことで、見せたいものをよりしっかり見てもらえるようになります。
実施例をみてみましょう。推敲前のスライドは、領域を分割する線や枠、そして「A群の方がB群より高い値に分布していた」という要点には関係のないC群のデータもプロットされています。ごちゃごちゃしていて、この要点をグラフで確認するのが大変ですね。
対して、推敲後のスライドはすっきりしています。どこの部分が削り落とされたか、確認してみてください。
⑤一貫させる
5つめの推敲は「一貫させる」です。情報の重要度や意味合いに応じた文字や図形の大きさ、色、形の使い分け方を統一しましょう。重要なものほど大きく太く濃くする、また、対応するものは同じ形や色にする、といった具合です。この推敲によって、重要度や対応関係を混乱なく理解してもらえるようになります。
推敲前のスライドは、色や形、大きさがめちゃくちゃです。赤色の文字と図形には何か対応関係があるのか?ないのか?また、なぜ「影響0.01」の文字サイズは他より大きいのか?色々と混乱させてしまいます。
対して、推敲後のスライドでは、色や大きさに一貫した意味を持たせました。対応するものは同じ色に、また重要なものほど大きな文字に変えました。対応関係や重要度がすんなり理解できるようになりました。
⑥まとめる
6つ目の推敲は、「まとめる」です。長い文章の共通項目をくくり出して、簡潔に表現し直しましょう。この推敲によって、複雑な内容も瞬時に理解してもらえるようになります。
推敲前のスライドには、長い文章が記載されています。内容を理解するのに時間がかかってしまいますね。
このような場合は、文章の共通部分をくくり出していきましょう。まず、文章全体は「○○のために、2種類の方法を並行実施」という大枠の話としてまとめられるので、これをくくり出してスライド上部に置いています。さらに、「Aを実施し、次にBを解析し、最後にCを評価する」の部分は「実験手順」としてまとめられるので、これをくくり出して箇条書きの見出しにし、「Aを実施」「Bを解析」「Cを評価」の部分は箇条書きの項目にしています。これで、随分見通しがよくなりました。
⑦明確にする
7つめの推敲は、「明確にする」です。指し示す対象が正しく伝わるように、はっきり場所を示しましょう。この推敲によって、混乱や誤解を減らせます。とくに、指示代名詞に気を付けましょう。「ここ」と言われても、どこのことだかはっきり分からない場合が多いです。
推敲前のスライドをみてみましょう。ある装置のシステムを紹介するスライドです。右下部分で、「ここの性能が結果の信頼性に影響」と書いています。なにやら重要そうなことを言っていることはわかるものの、「ここ」というのが、システムの「どこ」のことなのか、よく分かりませんよね。口頭で説明されるのかもしれませんが、聞き逃されてしまうともはや分かってもらえません。
そこで、推敲後のスライドでは、「ここ」が指す対象は「変換器」であることが明確にわかるように改善しました。これで、混乱は避けられます。
⑧限定する
8つ目の推敲は、「限定する」です。意味内容が厳密になるように、説明を補足したり置き換えたりします。この推敲によって、詳しいところまで確認できる、親切なスライドになります。
推敲前のスライドでは、「予想値と少し異なっていた」や「適切な利用」という言葉が置かれていますが、これは曖昧ですよね。どのくらい異なっていたのか、またどんな意味で適切なのか、人によって解釈が揺れるからです。
そこで、推敲後のスライドでは、数値を記載し、さらに「適切な利用」を「ノイズ除去」に置き換えました。これで、曖昧性を減らすことができました。
⑨やさしくする
最後の推敲は、「やさしくする」です。発表の内容と専門が少し外れた人でも分かるように、難しいであろう内容に「ざっくり分かる」ための補足説明を足していきます。この推敲によって、専門がばっちり合うわけではない人にも、最後まで聞いてもらえる可能性を高められます。
推敲前のスライドでは、「ヤヤコシ構造」や「ヨクヤル法」という専門用語が置かれています(※これらは著者の勝手な命名ですから、存在しません)。この発表で重要なものなのに、説明が割愛されてしまっています。これでは、これらの用語を知らない人は「もう着いていけないから聞くのをやめよう…」と判断してしまいます。
そこで、専門用語がでてきたら、「なんとなくそういうものか」と分かってもらえるための補足説明をつけましょう。要点に納得してもらえる最低限で大丈夫です。このスライドの要点は、「ヤヤコシ構造はヨクヤル法では特定できない」ですので、特定できない理屈をざっくり分かってもらうための解説をつけています。これで、専門家以外の人にも続きを聞こうという気持ちを持ち続けてもらえるように改善できました。
おわりに
この記事では、「切り分ける・並び替える・繋ぎ方を変える・削り落とす・一貫させる・まとめる・明確にする・限定する・やさしくする」の9種類の推敲によって、発表スライドを改善する方法を解説しました。
推敲は、かければかけるほど、「伝えたいことが正しく伝わる」可能性を高めてくれる心強い味方です。なるべく手早く推敲をかけられるように、発表の機会がある度に推敲の練習を繰り返しましょう。
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