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出荷野菜の「見栄え」は整えない。効率ではなく、その裏にある一番の理由は?

皆さんは「土が付いたままのダイコン」が家に届くとどう思いますか? あるいは、それが「黄色く枯れた葉が外側についたままのほうれん草」だったら? 野菜は食べ物である以上、美味しくて栄養価が高いのが一番ですが、その「見た目」をどう評価するかは意見のわかれるところです。そんな野菜の見栄えについて、久松農園代表の久松達央さんに話を聞きました。聞き手・書き手は久松農園サポーターの子安大輔です。

野菜は「畑にある状態」がもっとも美しく、美味しい

ー今回は「届ける野菜の見栄え」について、話を聞いていきたいと思います。1年くらい前からでしょうか。久松農園から届く野菜に同梱されている説明資料に、「お届けする野菜に関して、余計な掃除をできるだけしないようにしています」という旨の但し書きが加わりました。ここでいう「掃除」とは、変色した葉など見栄えの悪い部分を取り除いたり、形を整えるべくカットしたりなど、いわゆる「見た目の調整」という作業のことですよね。それをやめたことの裏には、どんな心境や状況の変化があったのでしょうか。

久松:はじめに、掃除うんぬん以前のお話からさせてください。僕は1999年から自分で農園を営んでいますが、実はこれまでに「出荷する野菜を水で洗う」という行為をしたことがないんです。

ー収穫した野菜は一切洗わないと。

久松:基本的には洗いません。独立前にいた研修先では、ダイコンやニンジンなど土の付く野菜は洗っていたんです。小売店での販売を考えれば、マスに合わせようとすると、野菜って基本的には洗うルールなんだなと、そこで知りました。でも、野菜って洗ってしまうと、キズがついて傷みやすくなるんですよね。ニンジンではせっかくの香りも落ちてしまいます。

ー確かにそうだとしても、お客さんの中には「土が付いたままではイヤ」という人も結構いるんじゃないでしょうか。

久松:それはその通りです。お客さんからは「シンクが詰まる」とか「冷蔵庫に入れにくい」という指摘もあります。新しく農園に入ったスタッフからも、「お客さんに洗わせる手間」とか「衛生面」を考えれば、洗ってから出荷すべきじゃないかという提案をもらったことが、過去に何度かあります。

ーそのときはどうしたんですか。

久松:「じゃあ、お客さんに聞いてみよう」ということで、アンケートをとりました。そのときは7:3くらいで、「洗わなくていい」という結果でしたね。とは言え、まだ自分の中でも確信は持てていなくて、揺れ動いていました。

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(↑)ダイコンは土付きのまま出荷する。

ーそれでも、洗わないスタイルを今に至るまで貫いているわけですね。

久松:僕はいつも言っているんですが、野菜って畑にある状態が一番美しいんです。そして実際に美味しい。いくらお客さんが「洗うのが面倒」とか「土で冷蔵庫が汚れる」とか思っても、そうした「機能性」を優先して、「美味しい野菜を届ける」という本筋を曲げたくはないんです。

ーただ、実際にスーパーなどで売られている野菜は、ほぼ全てが洗われています。そういうものを見ると、どう感じますか。

久松:僕はある時期まで、すごい勘違いをしていました。農家はみんな、畑にある状態が最高だと思っているけれど、小売店での陳列のために、やむなく洗ったり形を整えたりしているはずだと。ところが実際は決してそんなことはなくて、キレイに陳列された状態に美しさを感じる農家も多いんです。僕とは「美しい」という感覚そのものが違うんですね。「しっかり洗って土を落とした真っ白のダイコンはいいでしょ」という感じです。そういう農家から見ると、洗わないという僕らのスタイルは「手抜き」に見えるのかもしれません。

ー今では、自分たちのやり方に自信を持てるようになりましたか。

久松:先ほども言いましたが、香りや見栄えという具体的な要素の良し悪し以前に、野菜というのは畑で健康に育っている状態が、僕にとっては絶対的に100点なんです。多くの方に畑に来てもらって、その価値を感じてもらえるようになったからというのもありますが、「いかにして畑の状態に近い形で渡すかが大事」と言い切れるようになっていきました。

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掃除をやめれば、より美味しく、より多くお届けできる

ー冒頭の「掃除をする・しない問題」は、その「畑に近い状態が理想」という話と繋がってくるわけですね。

久松:そうです。畑に近い状態の美味しさをわかってくれるのであれば、それを阻害しかねない「掃除」も省いていけるんじゃないかと思ったんですよね。

ー掃除をするという行為は、野菜の美味しさにとってマイナスなんですか。

久松:僕は「人が野菜を触る」という行為を、可能な限り減らすべきだと考えています。例えば、ほうれん草を収穫して出荷するとします。これまでであれば、まず鎌を持ってほうれん草を一株ずつ刈り取ります。冬場のほうれん草は外側の葉っぱが枯れてしまっていることも多くて、それを出荷場で手作業で取り除きますので、ここでもう1回触ります。さらに、キレイにしたほうれん草を今度はビニール袋に詰めるところでも、もう1回触ります。葉物は繊細ですから、こうした行為の積み重ねによって品質の劣化に繋がっていくんです。

ー触った回数によって、実際に食べてわかるほどの違いが生まれるのでしょうか。

久松:僕らのやっている範囲で言えば、触った回数による差というのは、実はそこまで大きくはないかもしれません。ただ、市場に流通している野菜を見ると、触ることで劣化しているのは明白です。生産者が市場に持っていった段階ではモノとしてすごく良かったのに、流通業者が触り、店頭で店員が触り、消費者が触り、という過程で、質が驚くほど低下してしまうんです。僕らはせっかく直送という方法を採用していて、間に誰の手も入らないのですから、だったら僕ら自身もできるだけ触らないべきだと考えています。

ーともすると精神論にも聞こえてしまいそうですが、でも決してそうではない気がします。

久松:僕はそう信じています。触った回数の違いだけを取り出しても、ひと目では気づかないかもしれません。それでも触る回数を減らしたという事実が、野菜の美味しさに寄与しているのは間違いないことだと思います。お客さんから「野菜のハリがいい」という感想を頂く事が多いのは、これも理由だと考えています。

ー今のお話からは、金融の世界の「複利」をイメージしました。美味しさへの寄与度で言えば、「1」と「1.01」の違いかもしれないけれど、栽培から出荷までのあらゆる点で、その「1.01」を掛け合わせていくことで、最終的には大きな違いを生んでいくような気がします。

久松:ほうれん草の外側に少しばかり黄色い葉がついていることは、美味しさとは全く関係ありません。むしろ、美味しさに対してマイナスになりかねない掃除をやめたいというのは、以前から思っていたことです。でも、それを出荷する全てに対して一気にやるには勇気が必要ですから、まずは飲食店向けの野菜から始めてみることにしました。シェフというのは仕入れた野菜をそのまま売るわけではないですし、見た目ではなく味できちんと評価してくれると思ったからです。

ー届ける野菜には、実際にどのような違いがあったんですか。

久松:掃除の手間がありませんから、その日の朝に採った野菜を、その日のうちに発送するようにしました。また、余計な作業がなくて効率がいい分、大きなダンボールにたっぷり入れてドーンと送ることができます。しかも品質の劣化に繋がる可能性のあるクール便は使いませんでした。それによって少しくらい野菜がしおれたとしても、しばらく水につければシャキっとすることをシェフ達は知っていますから、問題はありませんでしたね。

ー飲食店からの反応はどうでしたか。

久松:とても好評でした。シェフ達からも色々なフィードバックをもらって、「掃除は不要」という自分たちの仮説に、自信が持てるようになったんです。

ー何かマイナス面はありませんでしたか。

久松:出荷作業を担当しているスタッフは困惑したと思います。というのも、今までは枯れた葉っぱを取り除いたりして「見た目をキレイにする」ことが大切な仕事だったわけですが、いきなり「それはやらなくていい」となったんです。しかも、その時点では、まだ一般家庭向けのものは掃除をしていましたから、ダブルスタンダードですよね。おそらく飲食店向けには「B級品」を出しているような感覚だったんじゃないかと思います。農家が洗ったダイコンを美しいと思う感覚と同じですよね。慣れもあるんです。

ーそしていよいよ、飲食店のみならず一般家庭向けの野菜も、基本的には畑から採ったままの「掃除なし」の状態に切り替えていくわけですね。これにはきっかけがあったんですか。

久松:コロナで飲食店からの受注が壊滅的になるのと引き換えに、個人、つまり一般家庭からの注文は激増したんです。その件数に応えていくには効率を上げる必要がありますし、元々個人に対しても「掃除なし」で提供したかったので、一大決心をして全面的に切り替えることにしました。

(↓)真冬の小松菜。外側に枯れたり黄変した葉が付いている。これを掃除すべきなのかどうか。

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これで「理想のほうれん草」をつくることができる

ー「掃除をしない」ということで、収穫後の野菜に触る機会を減らして、結果的に劣化の度合いも減らすことができる。また余計な作業をする必要もないので、出荷の効率が上がる。掃除をやめたことの利点は、この2つですか。

久松:いえ、実はそれだけではなく、もっと大きなポイントがあります。また、ほうれん草を例に説明しますね。ほうれん草は成長していく過程で、雨や風で根元の部分が土に埋まって隠れてしまいます。それを鎌で手作業で刈り取っていくわけですが、土に隠れているので、どのあたりで切るかの判断が難しいんです。

ー上で切りすぎても、下で切りすぎてもダメということですか。

久松:そうです。あまり上のほうで切ると、せっかくのほうれん草を途中でぶった切ってしまうことになるので、それでは売り物になりません。じゃあ、下の方で切ればいいじゃないかとなるわけですが、そうやって根っこのほうまで深く刈り取ると、今度は根っこについた土を出荷前に落とす作業に手間がかかってしまうんです。いくら洗わないと言っても、スタッフは土だらけで送るわけにはいかないと思っていましたからね。

ーなるほど。なので、ちょうど良いところを見極めて刈り取る必要があったというわけですね。それは効率という点では良くなさそうですね。

久松:そこで「根っことか土が付いていたら、何がいけないの?」と改めて考えました。美味しさという最大の目的からさかのぼれば、そこには何も問題はないはず。すると、収穫の方法論が変わるんです。

ーそれはどういうことですか。

久松:ほうれん草などの葉物を一気に収穫できる機械を買って、それを使うことにしました。今まで手作業で行っていた代わりに、土の深いところを掘る設定にして、その機械でまとめて刈り取ってしまいます。結果的に、収穫したほうれん草は根っこのほうまで付いた状態ではありますが、土だけざっと落として後はそのまま袋詰するだけです。

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(↑)ほうれん草を刈り取る機械(みのる産業 ウェブサイトより)

ー効率が一気に上がったわけですね。

久松:今までは手で刈り取って、それを出荷場でキレイに掃除して、とやっていたんですから、効率という意味では桁違いです。手で触る機会が減っているのも利点です。そしてそれだけ効率が良くなったので、その分、たくさんの量を皆さんにお届けできるようになりました。僕らにとって、野菜を多く作ること自体は全然コストではないんです。その後に発生する手間と時間、要するに人件費がネックなわけです。なので、このスタイルにすることで、今までより良い品質のものを、よりたくさんお渡しできるようになったんです。

ーそれは買う側にとって、非常にうれしい話ですね。

久松:機械での収穫は前回初めてやったので、まだおっかなびっくりでした。でもいけるということがわかったので、次回からはもっと攻めることができます。僕は、ほうれん草をもっと「ごわっとした感じ」に作りたいんです。葉っぱは分厚く、茎は太く、というのが理想です。そうやって育てたほうれん草は本当に美味しいんですが、その代わりに収穫がしにくいので、これまではやりたくても我慢していたんです。けれども、機械で一気に刈り取れるのであれば、その理想を実現することができます。今年の冬のほうれん草は楽しみにしてください。

(↓)スーパーで見かけるものとはかなり印象の異なる肉厚なほうれん草。

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ーなるほど。「お客の手元にどのような状態で届けるか」という問題が、収穫方法、ひいては品種選びやら栽培方法にまで影響を与えるということなんですね。

久松:一般的に葉物農家の生産コストは、ほとんどが手間賃と言っても過言ではありません。すると、多くの農家は生産や出荷の手間が少なくて済む品種を選ぶようになります。ほうれん草で言えば、茎が折れにくくて絡みにくい、収穫や掃除がしやすいタイプです。それを選択することで、「これまで1000パックだった生産量が、1200パックに増えて良かったね」となるわけです。あと、効率の話とは違いますが、店頭で見栄えが良くて栄養価が高そうに見える「色の濃い品種」もよく選ばれますね。

ー確かに、生産性とか店頭でのアピール度合いを考えれば、そのような品種選びになるのでしょうね。

久松:ただし、それらの品種の「味は?」と言うと、生産者であっても「ほうれん草の味なんて、誰も気にしていないよ」という話になりがちです。世の中の多くの農家が効率重視のほうに向かう気持ちはよくわかりますし、安定供給という観点に立てばそれも大切なことです。でも、僕らのような生産者こそ「味を犠牲にしても、効率の良いものを」という流れには、強く抵抗しなければいけないと思っています。ほうれん草の味なんてどれも一緒、という意見には抗いたい。「栽培とか調整が大変だけれど、その分、味がいい」というものに、これからも向き合っていきます。

ーここまでうかがってきて、「スーパーの陳列棚的な見た目」を無視すれば、本当に美味しい野菜を楽しめるというのは、知っておきたい大事な話だと思いました。

久松:先ほどの機械を使うことで、ルッコラのような繊細な野菜もたくさん収穫できます。今までは野菜セットの中にあまり多くを入れられませんでしたが、今年はもっといっぱいお届けできます。

「自分たちのゲーム」で最大限の結果を追求する

ーさて、ここまで「洗わない」そして「掃除をしない」ということについて、色々話を聞いてきました。個人向けには掃除をやめてまだ1年ということですが、反応はどうですか。

久松:お客さんの中には、「久松さんの気持ちはわかるけれど、でもやっぱり洗うのは面倒」と率直なことを言ってくれる人もいます。それから一件だけではありますが、それを理由に定期購入をやめた人もいます。

ーそういう意味では、お客全員が理解や納得をしてくれているわけではありませんよね。

久松:中には「なめられている」と感じる人もいるかもしれません。飲食店にたとえれば、「雑な盛り付けの料理を出された」というような印象をもたれてもおかしくありませんから。

ー野菜セットに同梱されている資料を見る限り、掃除をやめたのは美味しさを追求した結果だということを、そこまで詳しく説明していません。ですから、単なる「効率重視」の結果と受け止めている人もいるのではないでしょうか。「洗う手間を省いたから、その分、量を多く入れておいたよ」というように誤解されているかもしれません。

久松:確かにそれはあるかもしれませんね。ただ、一方で「わかってくれる人だけ、わかってくれればいい」と思っているところもあります。僕らのやり方って「路地裏の店」みたいなものなので、大通りを歩いている人を全員取り込もうとしてもダメなんですよね。そう考えると「掃除をしない」というのは、いい「ふるい」になっているのかもしれません。結果的に、久松農園には理解度の高い、すごく良いお客さんがついてくれていると思います。

ーそのあたりは久松さんらしいとも言えますね。

久松:かつてアンケートをとったことがあるという話をしました。でも、人のレビューに基づいて自分のやり方を変えるということには、僕にはやっぱり違和感しかないんです。これは他人の意見をすべて否定しているというのとは違います。そうではなくて、自分が良いと思うものをとことん追求したいという意味です。先日対談をさせていただいた佐藤優さんからも、「久松さんのやり方は、『自分が何を良いと思うか』がないと成立しない農業ですね」と言われました。

ー逆に言えば、世の中の生産者の多くはそうではないということですね。

久松:ほとんどの農家は「市場で何が求められているか」に合わせていくわけです。それはどちらが良くてどちらが悪いではなく、「違うゲームをしている」ということだと思うんです。僕たちは、自分たちが求めるゲームの中で、最大限の結果を出していきたいと考えています。

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