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満月の日の物語⑦「10月31日」前編

「満月の日の物語」は、
毎月、満月の日に投稿します。
1話読み切り、若しくは2〜3話読み切りの
満月に纏わるショートストーリーです。

♫ 今月の音楽

よるのあと / adieu



満月の日の物語⑦

10月31日 [前編]




俺は昼が嫌いだ。

燦々と降り注ぐ太陽の光も

陽だまりのようなあたたかさも

幸せそうに笑うあいつも

眩しくて、くらくらして

自分が惨めな気持ちになる。

だから、全部奪ってやろうと思った。

そのつもりだった。






「あの………大丈夫ですか?」



その日は雨だった。

パチンコで有り金全部使っちまった俺は

自暴自棄になりながら深夜の街を歩いていた。

どこの誰だかわからない奴に喧嘩をふっかけられて

気づいたらボコボコにやられていた。

俺はギャンブルも喧嘩も強くもない。

わかってるのに、

いつも同じ結果になってしまう。

腫れ上がった顔面が雨に濡れて

少し冷えたおかげで痛みがひいた。

そんな時だ、お前に声を掛けられたのは。


「…誰だお前  消えろ」

一瞬びくっとしたそいつは、

悲しそうな顔をして言った。

「…お兄さん、顔、いっぱいぶたれて、痛そうだから…」

ぎろっと睨んで顔をあげると、

目の前に、俺よりひどく腫れ上がった頬をしてる少女が立っていた。

痩せ細った体に、うす汚れたワンピースを着たお前は

どこの誰だかわからない俺を

心底、心配そうな顔をして見つめていた。


「お前、未成年だろ。サツに突き出すぞ」

「……未成年じゃないです」

「どう見ても未成年だろ」

「…もう、大人です。
大人がやることは全部済んでますから」

どう見ても子どもだったけど、

妙に大人っぽい雰囲気もどことなく出ているのは

経験値故か。

「そうやって、偽善者ぶって声掛けて、
いいようにされて、助けるつもりがそのまま殺されちまったって、最近ニュースでやってただろ。

もっと人を判断して声掛けろよ。
俺がお前を殺すかもしれないんだぞ。」

「……お兄さんはそういう人に見えなかったから」

にっと笑ったつもりだろうが、顔が痛いのか

お前はずっと顔が引きつったままだった。


そのまま、俺の住んでるぼろっちぃアパートに

そいつを連れて帰った。


「その汚ぇ服は捨てろ、俺のもよっぽど綺麗じゃねぇけど、お前のよりはマシだろ」

そう言ってTシャツとズボンを渡して、

風呂場のシャワーをひねった。

「ありがとうございます…」

シャワーを浴びて出てきたお前は

さっき俺がやった服を握りしめて

裸で立っている。


「服着ろよ」

「えっ…そういうことじゃないんですか…?」

「俺をその辺のゴミと一緒にすんな。

まぁ、俺もゴミみたいなもんだけどな、

ゴミはゴミでも、生ゴミと資源ゴミの違いくらいはある」

「………?」

「いいから服着ろって」

「…はい……」

顔面ボコボコの俺と、同じくボコボコのお前は

氷を互いの顔に当てていると、

いつのまにか朝になっていた。




「お前、名前は?」

「…名前は、ないです」

「そんな訳ないだろ」

「…昔、捨てたんです……」

昔っていうほど生きてもねぇくせに。

イラッとする。

「お兄さんは…?」

「じゃあ俺も今日から名無しだ」

「……えと…なんて呼べば…」

「はぁ?俺とお前は今日限りでさよならだ。
なんか勘違いしてんじゃねぇのか?」 

「……すみません…」

「わかったら出てけ」

「…お洋服、ありがとうございました。
ご迷惑をお掛けしてすみませんでした…」

俺から名前を聞いたくせに、今はもう出てけと言ってる。
矛盾してばっかだ。何もかも。

こいつは深々と頭を下げると、腫れの引ききってない顔で俺に

「お大事に」と言って出て行った。


パタン


今にも壊れそうな玄関の戸に、

またイラッとした。

窓から外を覗くと、

俺の服を着たあいつは、

ここはどこだろうと言うように

きょろきょろ辺りを見回している。

と、思った瞬間、

道の真ん中でばたりと倒れた。

「……あいつ…っ……」

外へ飛び出してって、体を抱き起こす。

今にも消えてしまいそうなほどに

こいつは痩せ細っている。

「おい!人んちの前で倒れてんじゃねぇ!
おい…!くそっ……」

晴天の昼下がり、ここは余りにも明るすぎる。

道ゆく人の視線が刺さる。

仕方なく俺は、細すぎるこいつを抱き上げて、

また家に戻った。



すぅ…すぅ…すぅ……


眠っているだけなのか?

俺は不安になって心臓の音を確認してみるものの、

何が正常で何が異常なのかわからない。

今の生活だってそうだ。

毎日毎日、昼中寝て、夜になるとパチンコを打ちに行って

あたればラッキー、のまれたらその日は終了。

家賃は何ヶ月滞納してるかわからない。

そんな俺が、こんな女養える訳がない。

だけど、どうしようもなく

放っておけなかった。

そろそろマジで頭沸いちまったか、俺。

色んなことから目を背けたくて

俺はそのまま畳に横になった。

汚い布団で、こいつはまだすぅすぅと寝息を立てている。


腫れがひいてきたその顔は

あまりにも可愛かった。




いつのまにか寝てしまっていた。

ぼうっと上を見上げると、月明かりの中

染みだらけの天井が見える。


〜♩〜♬〜♪


声が聴こえる。

いや、よく耳を澄ますと

微かにそれは、歌声のようだった。

あいつが起きたのか。

眠気眼で隣を見やると

あいつが小さな声で口ずさんでいた。



なんて綺麗な歌声なんだ。



今までしてきたこと全部、

何もかも許されるような気さえする。


このまま死んでもいいかもしれない。


そんなことを思っていると

お前はこっちをちらりと見て

「やっぱり、お兄さんは優しい人ですね」

と、笑った。












[中編]につづく






最後までご覧頂きありがとうございました。
次回、11月30日の満月の夜にまた。

instagram @shirokumaza_hi













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