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俳句とエッセー⑯『 海 山 村 Ⅱ - 小 鳥 来 る 』 津 田 緋 沙 子


   小 鳥 来 る


初 秋 刀 魚 父 の 忌 日 の 近 づ き ぬ
大 釜 を 磨 く 媼 ら 小 鳥 来 る
小 鳥 来 る 開 け 放 た れ し 農 具 小 屋
渡 り 鳥 龍 の ご と く に 明 け の 空
草 刈 る 手 止 め て 見 送 る 渡 り 鳥
黒 板 に 広 が る 世 界 夜 学 生
帆 船 の 来 る 海 原 の 蝶 の ご と

 

  父 と 私 と 秋 刀 魚


 秋刀魚は子どもの頃よく食べた魚である。父の好物だったせい
かも知れない。晩酌にご機嫌の父はよく秋刀魚のうんちくを語っ
た。刀のように見えるだろうとか、 目黒の秋刀魚とか。
 家族七人のために母はいつも四匹を買い、 父に一匹、 後の六人
は半切れずつである。頭の方が当たった子どもが苦いと言うと、
父はどれどれと嬉しそうに腸を食べてくれたものだ。
 ある日、七輪の火起こしを言いつけられた私は、焚き付け用の
反故紙の中に一枚の書き損じらしい手紙を見つけた。
「やよ子へ 君は……」と書き始められた言葉の新鮮さに思わず手に取って広げると、 それは前日何かでひどく母に叱られた私を父がかばって
くれているものだった。なぜ父がこんな手紙を書いたのか、 いや
果たしてちゃんと書き上げられて母の手に渡ったのか……。
 今でも不明である。 でも十分である。姉弟の中で一番叱られ者、自分は
貰われっ子かもとずっと思っていたが、 心にぽっと灯がついた。
見てはいけなかったような気がして、七輪に放り込んだこの紙切
れを、以来ずっと私は胸に抱き続けている。
 秋刀魚の腸を食べると、 父の顔が浮かぶ。

 

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