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俳句とエッセー⑬『 海 山 村 Ⅱ - 僕 の 名 刺』 津 田 緋 沙 子


   俺 の 名 刺


集  落  を  あ  げ  て  野  焼  く  や  峡  深  く
こ  の  土  が  俺  の  名  刺  と  春  田  打  つ
終  電  の  出  て  が  が  ん  ぼ  の  駅  と  な  る
ひ  と  り  ぼ  つ  ち  水  族  館  に  海  月  見  る
蟇  鳴  く  や  里  い  ち  め  ん  の  水  明  り
耕  転  機  ゆ  る  り  と  止  ま  り  蟇  わ  た  る
片  恋  の  五  月  の  あ  り  し  汽  車  通  学


  野   焼


 諌早市大場町、諌早市内で一番標高の高いこの地には草原が点
在する。環境省の 「生物多様性保全上重要な里地里山」に指定さ
れている岩屋口草原(約百十ヘクタール)はとりわけ貴重な草原
で、 ここでは秋の七草がほぼ全種見られるという。
 早春二月、野焼を見に出かけた。野焼は集落の住民のみで行う
というのが百年来の不文律。現在十二戸、最年少は五十二歳だそ
うだ。
 まず晩秋に草を刈って作った上部の防火帯から火が入る。
パチパチ草の燃える音がたちまち大きくなり、下に向かつて火が走り
始めると今度は下の防火帯から火が入る。下る火と上る火、美し
い火焔は草原の中央で出逢うとやがて静まり、あとには綺麗な台
形の末黒野があらわれた。
 草が牛の餌や茅葺き屋根に使われた昔と違い、野焼は今、集落
の日当り確保、山火事防止 (草原が防火帯の役目) のため、 そし
て何よりも集落の人々の 「文化の継承と誇り」である。草原は放
っておくと森になる。暮しの中で人の手が作りあげる草原という
美しい風景を無くしてはならないと私も強く思う。

 ※表題の写真は、諌早市の御手水の観音に八月に奉納される『浮立』。
  野焼きが行われる岩屋口のすぐ近く。

 

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