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学生時代のヨーロッパ旅行(その十、フィンランド)

ヘルシンキでアアルトの建築見学を終えた後、さらに郊外の作品を見に出かけました。そしてフィンランドは内陸部を一回り経由して、Samiのいるトゥルクを訪ねました。

ヒッチハイクで走ったソビエトとの国境

ヘルシンキからまず向かったのは、アアルトの設計した教会堂の一つがあるイマトラです。この教会に行くには、どうにも交通手段が見つからなかったので、ここでもヒッチハイクを敢行しました。
幹線道路で、ちょうど同じ方向に向かう車が見つかり乗せて行ってもらうことができました。

運転手さんと話すと、この場所はソビエトとの国境の非常に近くを走っていることを教えてもらいました。道沿いにいくつか見張りのための塔が立っており、そこには軍人さんがいつも詰めているのだそうです。ヘルシンキの街で、そんな戦争の雰囲気は感じなかったので、国境とは言っても今は紛争のない平和な状態だったのでしょう。
後で勉強したのですが、フィンランドのソビエトに対する抵抗活動は正にこのエリアで行われ、フィンランド軍がソビエト側を撃退しています。時代が異なれば、ここは正に戦場だったわけです。

イマトラの教会の位置

イマトラの教会

イマトラの教会は、ヴオクセンニスカの教会とも呼ばれています。平面計画を見ると、緩やかなカーブを用いた反復形が特徴的な建物です。この平面が建物のヴォリュームにも反映され、柔らかな形態を形使っています。
外観は、白い壁に黒いスレート屋根が使われており、とてもシンプルにデザインされています。鐘楼が傍にすっくと立っており、低層のヴォリュームと明確なコントラストを成しています。

この礼拝堂の内部空間も、白い設えにハイサイドから取り込まれる自然光がとても綺麗でした。アアルトの自然彩光は、北欧の太陽高度の低い環境に合わせて、側面から光が入る様設計されています。それが、インテリア空間にとても効果的に差し込んでくる。建築空間における光に対する配慮が素晴らしいと感じました。

森の中に佇む礼拝堂
この屋根の形状が反復され
建物の外観とインテリアを形作っています。
柔らかな光のインテリア
パイプオルガンもインテリアに合わせて
デザインされています。

フィンランド内陸部の風景

イマトラからはいったんヘルシンキ方向に戻り、ここからはフィンランドの内陸部に向かいました。
フィンランドの国土というのは、とても平坦で、沢山の湖沼に覆われています。湖の間を縫ってバスが走っていく様子はとても幻想的だった様に記憶しています。

フィンランドの湖水地方

ラハティの教会

次に見たのはラハティの教会でした。
この教会で印象的だったのは、エントランスの吹抜けに設けられた、十字の壁面開口です。建物の正面にファサードのポイントとして設けられた嵌め殺しの窓は、インテリアでもとても効果的に太陽光を導いていました。アアルトは光の効果をとても上手く計算していますね。

礼拝堂のインテリアでは、構造架構をそのまま表現した中心性の高い空間が印象的でした。イマトラの教会と同じ様な、側面からの採光、インテリアにマッチしたパイプオルガンのデザインがとても心地よいものでした。

少し高いところに教会は配置されています。
エントランスへの採光
教会堂のインテリア

アルヴァー・アアルトの建築

このあと、僕はヨーロッパ各地で様々な建築作品を見て歩くことになりますが、僕のデザイン感覚に最もしっくりきたのは、このフィンランドで見たアルヴァー・アアルトの作品群でした。
それは、前回書いた様な白い壁と木質の家具や造作という他に、仮に現在自分が日本で建築の設計をするとして、この様なアアルトのデザインをそのまま参考にしても成立しうると感じたことが大きいと思います。
それが、例えばアントニオ・ガウディやル・コルビュジエや作品であったら、その作品に感動したとしても、そのデザインを現代に用いるのはほとんど不可能に近い。歴史的建築物、過去にある条件の元、成立した作品という感が否めません。

それと比べると、アアルトの作品はとても現代的で、現在の日本人の感性につながるものを感じます。とても不思議に思うのですが、ル・コルビュジェは1887年、アアルトは1898年の生まれなので、実際の歳は10歳ほどしか違いません。しかし、アアルト建築の感性は、現在にも通じるところがあるように思います。

トゥルクへ

ここからは、Samiくんの住んでいるトゥルクの街に向かいました。トゥルクはフィンランドでも有数の港町で、ちょうどストックホルムに向かうフェリーもここから出ているので都合が良く、連絡して彼の家にお邪魔することにしました。

この街の印象は、海に近いからでしょう、海産物の料理がとても美味しかったことです。サーモンを使ったシチューの様な料理を食べた記憶があります。新鮮な魚料理は、この旅行では初めて食べました。

Samiの家庭

この時Sami君の家にホームステイしたのですが、その時の家族関係がちょっと微妙だったことが印象深かったです。Sami君のお母さんは再婚で、新しいお父さんはスウェーデン人でした。ですので、そもそも彼らが何語で話しているかもさっぱり分からないのですが、どうもスウェーデン語だったらしい。お母さんはその言葉を分かるのだけどもSami君は英語は話せるが、スウェーデン語は分からない様でした。それで、彼とお父さんはかなりギクシャクしていた感じでした。

北欧においてスウェーデンの国力は最も強く、周辺の国はそれにある程度従属的な立場にある様です。それは経済的にも、文化的にもそうで、そのため国際結婚において力関係がちょっとアンバランスになっている。それを子供が察知して、少し反抗心を感じている。その様な印象を持ちました。

もう一つSami君と話していて興味深かったのは、フィンランドの人たちは自らの国をフィンランドとは呼んでいない。"スオミ"と呼ぶのだと言っていたことです。この言葉はフィンランド語を表す言葉でもあって、フィンランドそのものの意味なんですね。

ストックホルムへ

トゥルクからストックホルムへも大型のフェリーで移動しました。この船もラグジュアリーな客船で、静かな海を景色をゆったり眺めながら移動しました。

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