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台湾の神様に助けられた話(その四)

農安街に、たまに顔を出す"塵世音樂酒吧"というバーがあります。普段あまりお客さんがいないことが多いので、一人でカウンターでママさんともう1人のスタッフとお喋りしていることが多いのですが、その日は奥にもう1人のお客さんがいました。

農安街のバーで

いつものように、お店のキーボードを借りて何曲か弾いて遊んでいたら、そのお客さんが声をかけてきました。
彼は宜蘭から台北に出てきていて、タイに来ているミャンマーからの避難民の世話をするボランティア活動に参加しているのだそうです。自分でもタイの辺境に出向き、難民の子供たちに教育のチャンスを与えているとのこと。身近にそのような活動をしている人がいなかったので、とても珍しい人生だと思って話を聞いていました。

象設計集団のことを知っている?

話をする中で僕が日本の建築士であることを伝えると、彼は宜蘭の地元にある建築設計事務所の話を始めました。それは何と日本の"象設計集団"のことでした。
象設計集団のことは、別の投稿で既に紹介しています。今から30年も前に、台湾で冬山河親水公園の計画を実現し、その後も継続して台湾で設計業務をしている、著名な日本の設計事務所です。

冬山河親水公園のことは30代の時に台北に住んでいた時に、とても話題になった建物なので、その時に見学に行ったことがあります。
象設計集団は、建物の建つ地方の特色を生かす、ヴァナキュラーな設計手法を展開する設計者として有名です。冬山河親水公園でも同じ設計手法を用いて、台湾で普通に使われている工法、外壁の玉砂利洗い出しや、モザイクタイルなどを用いてこの場所に相応しい公園と建物をデザインしていました。

その象設計集団の人達がまだ宜蘭に残って仕事をしているのは知っていましたが、その建築家を知っている人間な会うとは、夢にも思いませんでした。

この人物はSam Lai、頼さんといいます。これは発音すると侍:サムライになる、覚えやすいでしょうと言っていました。

【冬山河親水公園】

象設計集団が宜蘭の冬山河で設計した親水公園の計画です。このプロジェクトで、象設計集団は台湾で一躍有名になりました。

【宜蘭縣政府】

この建物のことは、既にnoteで紹介しています。台湾ではとても画期的な、省エネルギーに配慮した庁舎建築です。この建物も象設計集団の設計です。

宜蘭を訪ねて

そして、頼さんが宜蘭にはとても面白い建物があるから遊びに来いというので、一ヶ月後に宜蘭への小旅行に行きました。1日目は頼さんの案内で宜蘭の建築探訪をし、夜は彼のところに一泊。2日目は、宜蘭と新北市の県境にある草嶺古道に行くので、そこまで送ってもらうというスケジュールでした。

頼さんは、象設計集団の人達と様々な交流をしていたのだそうです。二結王公廟の工事の際には古い元々の廟を人力で移設する作業がありこれに参加したとか、事務所の忘年会がある時にはそれに呼ばれているなどと言っていました。彼は建築にとても興味を持っているのでしょうね。それでこの様な象設計集団の活動に参加しているということの様でした。

頼さんは、宜蘭駅で僕をピックアップすると、車に乗せてくれて、一日の宜蘭建物見学ツアーに連れて行ってくれました。隣には小さな男の子もいました。愛称は皮蛋、ピータン。中国語の"皮"は、ヤンチャとかわんぱくとかいう意味がありますが、果たして相当にヤンチャな子供でした。

【壯圍沙丘旅遊服務園區】

まず行ったのは"壯圍沙丘旅遊服務園區"でした。この建物についても別項で既に説明してあります。宜蘭の海岸沿いに建つ、とても野心的な建物でした。
頼さんはとてもこの建物のことを気に入っていて、僕に是非見せたいと考えていたようです。

【宜蘭地區水資源回收中心】

頼さんがこれは田中央の作品ですと紹介してくれました。田中央というのは、宜蘭でとても特色のある建物をデザインしている黃遠聲建築師の主催している設計事務所です。水処理施設なのでしょうけれども、機能性の部分と別に、螺旋階段を昇るような緑化したスロープがついています。階段室も彫刻的にあしらっています。

宜蘭地區水資源回收中心
これは展望台になっているそうです。

【樂駝規劃設計有限公司】

今回は象設計集団の代表を訪ねる予定でしたが、あいにく台北に行き違いで出張しておられ、お土産を持ってどうしようと考えていたら、頼さんが直接事務所に行こうと連れて行ってくれました。「設計事務所は土曜日も残業しているでしょう」と言って車で乗り付けましたが、この日の土曜日の午前中は、仕事はなかったようです。お土産を管理人さんに預けて引き上げました。

頼さんによると、一階をコンクリートで作りその上に軽量鉄骨の建物を載せる混構造というのは、宜蘭ではよく見る構造形式なのだそうです。一階には大きなホールが準備してあり、アトリエは二階に配置してあるようでした。田んぼから見る事務所の様子はこの土地に根付いた貫禄が感じられました。頼さんはこの事務所で開かれた忘年会に参加したことがあったわけです。

象をあしらった玄関のアート
1階をコンクリート造、2階を鉄骨造とした事務所建築です。

【二結王公廟】

象設計集団がしばらく前に設計した廟があるというので行ってみました。二結王公廟,宜蘭では由緒ある道教の廟だそうです。画期的なのは、回廊を含めた配置計画を円形にし、廟そのものもその円弧に沿って扇形に作るという計画です。
しかし、この平面形と外観が地元の信者たちに受け入れられず、なかなか竣工させることができない状態とのこと。現在はようやく工事を進められる状況になったと聞いています。

二結王公廟の外観。
完成予想図。円形の回廊に廟が絡んでいます。
元々の二結王公廟。これを人力で動かしたそうです。
神様は既に新しい廟に移っていますが、
内装はまだシンプルなままです。
炉のデザインも円形がモチーフです。

【陳定南紀年館】

陳定南さんは、宜蘭を代表する政治家で、長く宜蘭県知事を務めた後に立法委員、法務部長を歴任しています。頼さんはこの人物にとても傾倒しているようで、ここに連れてきていろいろ説明してくれました。確かにこの紀念館の展示を見るとなかなかの人物であったことが分かります。例えば台湾プラスチックの工場を宜蘭に誘致することに徹底的に反対したこと、雪山トンネルの計画案を企画したことなど。宜蘭の豊かな自然に囲まれた環境を守り、そのうえで現在につながる政策を実行していたこと。非常に先見の明のある、そして実行力のある政治家だったということが分かりました。
書庫に展示してある蔵書を見ると、文学、芸術、音楽など政治以外の様々な書籍があり、台湾語のラテン語の辞書などと言う珍しいものもありました。非常に博学な人物であったことも分かります。

なお、象設計集団が宜蘭で様々な公共建築を計画することになったのには、この人物の影響があったようです。台湾の建設業界が政治と結託し、品質よりも縁故関係で金銭によりプロジェクトを動かす傾向があったのに対し、日本の志の高い建築家を設計者に選定することで一石を投じる。そして、計画、施工共に高い品質の建物を作る。そのような意図があったのだろうと頼さんは言っていました。

紀念館の外観。
陳定南さんの像。
宜蘭の人々に敬愛されているのでしょうね。
右の丸い建物は客家のデザインです。
陳定南さんは客家だったのでしょうか。

【三星郷公所】

三星という地は葱で有名です。この街の行政施設なのでしょう。Harmonious Architects & Partnersという事務所の作品です。建物はコンクリート製の屋根を鉄骨造のフレームが支えている形式が特徴的です。

隣には鉄骨の大屋根があるのですが、これは宜蘭の地では雨が非常に多く、広場にはこういった大屋根をよく設けるからなのだそうです。宜蘭の街にもいくつかこういった大屋根の広場を持つ建物があり、何を大げさなことをと思っていたのですが、ちゃんと理由があるのですね。

手前が鉄骨造の大屋根、奥が庁舎です。
コンクリートのヴォリュームとガラス面の処理。
コンクリートの大屋根が特徴的です。
鉄骨造の大屋根をかけた広場。

一日目はこの様な建築見学ツアーを組んでもらって、頼さんの自宅に泊まらせてもらいました。彼は、台北の騒々しくてせわしない生活を嫌って、子供を連れて宜蘭に引越してきたのだそうです。宜蘭はゆったりと穏やかに過ごすことができると言っていました。家も3階建ての戸建て住宅で、広く伸びやかな住まいでした。

跑馬古道

翌日、僕は礁溪にある跑馬古道に行く計画だったので、頼さんはその登山口まで車で連れて行ってくれました。ここでのハイキングは、上り2時間、降り2時間という半日コースでした。
頂上に近い終点にはとてもデザインに凝った展望台があり、これは田中央の設計ではないかと頼さんに聞いて見たところ、そうだということでした。

このデザインは異色です。
このデザインヴォキャプラリーはでも見られます。
歩くのが楽しくなるような、変化のある展望台。

頼さんは、この様に宜蘭の建物を車で一つ一つ回って紹介してくれました。彼は新しい建築にとても興味があるのでしょうね。僕はこれらの建物のことを知りとても勉強になりました。また、象設計集団のオフィスを訪ね、陳定南という政治家のことも知りました。この日の頼さんの説明がなかったら、僕は宜蘭のことをこんなに関心を持って見ることはなかったかもしれません。

台湾の神様は、こんな形で僕に宜蘭についての様々なことを知らせてくれました。なかなかおしゃれです。

台湾の神様に助けられた話の以前の投稿もここに紹介しておきます。

台湾の神様に助けられた話(その一)

台湾の神様に助けられた話(その二)

台湾の神様に助けられた話(その三)

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