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【台湾建築雑観】住宅設計のデフォルト(その一)

日本の伝統住宅は木造が基本で、床を地面から持ち上げて計画します。それに比べて、台湾の伝統住宅はレンガで壁を作り、床は土間になります。
この基本的な建物の形式の違いは、気候からくるものですが、その歴史的由来を考えると、なかなか単純なものではありません。ここではまずそれぞれの様式について僕の考えることを書いてみます。

日本の伝統民家

マレーシアで思ったこと

日本の建築様式は、弥生時代になると既に高床式住居になっていると考えられます。そして、この様な形式が基礎となり、後の神社や書院造りの建物に発展していき、その伝統は延々と現代の木造住宅に受け継がれています。

建築史を勉強すると、そういう基本的知識は学ぶのですが、僕がこの形式の伝統建物のことをまざまざと感じたのは、マレーシアでのことでした。

台湾からマレーシアの友人を訪ねて旅行した際に、彼がマラッカ郊外でマレーシアの伝統住居の見学に連れて行ってくれました。
その時に東南アジアの建築様式についての知識は全くなかったのですが、実際に建物を見て驚いた。マレーシアの伝統的建物というのは、木造で架構を組み立て、高いところに床を置く、日本の高床式住居と同じような概念で作られていたのです。そして床は板の間ではなく、細い竹を連ねて短冊状にしたものを敷いていました。これは畳と同じではないかと驚きました。

マレーシアの民家

後で調べたところ、日本の古代の建物と東南アジアの伝統建築の類似性を研究している建築史の先生の論説がある事を知りました。これは偶然ではなく、そもそも湿地帯の上で生活をするために、水害から家を守るために、床を持ち上げる建築の形式が発展したということなのだそうです。この様な建築様式のルーツは照葉樹林帯文化にあると見なされており、そもそもは中国の江南地方で稲作文化と共に発展したと考えられています。それが日本に伝わり、東南アジアにも拡がっていったわけです。
そのために、弥生時代の古代日本と、東南アジアの伝統建築に同じようなものが見られるわけです。
この様式の類似性は、構造形式のみならず、神社の千木や鰹木といった装飾物にまで拡がっていますが、その説明はここでは省略します。

中国の土間形式の住宅

先のように東南アジアから日本にかけて、湿度の高い地域で、夏の涼しさに対応し、水の被害から生活を守るために発達したのが高床式木造住居であると理解していると、台湾の伝統的な建物は、その在り方が大きく異なっています。
台湾で見られる中国式の伝統住宅は、壁をレンガで作り、それをモルタルで表面を塗り固めた上、塗装で仕上げるというものです。そして床は基本的に土間になっており、高床にはなっていません。

四合院の中庭

そんな問題意識を持っていたので、ある時中国建築の専門家の先生に質問をしてみました。それは、中国人浙江省温州市の山の中で、明朝時代の古い家屋を実測するというフィールドワークの場でした。もちろん調査する家屋も全て土間形式の建物です。

中国のこのような土間形式の建物は、もともと漢民族の発祥の地、華北地方の寒くて乾燥している土地で発展したものであり、本来中国の南方の気候には向いていないのではないか?それが、漢民族の文化的な影響力のせいで、中国全土にこのような土間形式の建物が建てられるようになっている。それは文化的な強制を伴うものではないかと考えている。そんな趣旨の質問でした。

中国には多くの少数民族がおり、彼らの文化は言語と共に建築にも特色があります。その中には高床の建築形式とっているものもあり、中国の江南地方ではもともとそのような建物が建てられていたと考えられます。そして現在でも中国の少数民族はそのような木造高床式の建物に住んでいることがあるのです。
それが漢民族による中国全土の支配が進み、彼らの生活様式が普及するに従って、土間形式の建物に変わっていったと考えられるのです。

布依族の民家

その際の先生の答えは、僕の意見に直接賛同するようなものではありませんでした。そのような考え方もあるかなと言う程度の反応だったと記憶しています。中国の伝統家屋の調査に来ているのに、その文化的正当性の有無に話が及んだので、先生の方でも回答するのに困ったのかもしれません。

南方ルーツの日本の建物と、北方ルーツの台湾の建物

上記の様に、日本の伝統住宅は江南地方をルーツとした湿度の高い環境に対応したもの、台湾の伝統住宅は中国の華北地方をルーツとして乾燥した地方に対応したものと考えています。
そして、このようなルーツの違いが、建物に対する具体的な工法、建材の選択、環境に対する対応などの面で様々な違いを引き起こしています。台湾で住宅を計画する際に、建物を計画する基本的な態度がこれほどに異なった根拠に立っていると考えれば、同じものにならないのも宜なるかなと思います。

その違いは、日本料理と中華料理ほどにも違うものでしょう。中華料理のシェフに日本料理を作れと言っても、そうは簡単にいかないように、台湾の建築師に日本と同じように建物を設計しろと言っても、うまくいくはずがありません。台湾で建築コンサルタントの仕事をする際には、基本的に僕はこの様な考え方で対応しています。そういった態度で臨めば、彼我の違いにイライラすることなく、ニュートラルにお互いの違いを認めて業務を進めることができるように思います。


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