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記憶の旅日記5 バーゼル

夏のバーゼルはとても気持ちがいい。ここ数年はバーゼルにあるMuseum der Kulturen(文化博物館)でワークショップをするために滞在している。この美術館は世界中から集めた数万点の衣装や生活道具、宗教や儀式の道具などを所蔵している。ここのキュレーターをしているシュテファニーさんが僕を見つけてくれてメールをくれて、その後毎年夏にワークショップをするのがここ最近は習慣になっていた。

この美術館は街の中心にあって、バーゼルの建築家Herzog & De Meuronによって改装されている。何より素晴らしいのは館内にゲストルームがあり、美術館の中で1週間を過ごすことができる。窓を開けるとゴシック建築のバーゼル大聖堂が目の前に現れて、静かな部屋で会社から離れてスケッチをしたりするのに最適だ。

収蔵品は市内の別の場所にデポと呼ばれる場所がありそこで保存されている。室温と湿度が年中管理されていて最高の保存状態の中で、国や地域ごとに船、時計、草履、盾とか仮面かといった様々なものがナンバリングされ説明と一緒にきちんと保存されている。既に亡くなられている以前の館長さんが1964年に日本に来られていたそうで、その際に日本のものも蒐集していた。有松にも来られたと言うことで、当時の写真もあり、浴衣や生地の切れ端、絞りの道具などたくさんあったのには驚いた。もう既に有松にない技法や、使われていない道具もある。水溶性の液体で絵刷りをしたままの布も、この保存状態の中で半世紀以上消えずに残っていて、もしかしたら僕の先祖の人がこの絵すりをしたのではないかと思いを馳せた。帽子絞りも、話には聞いたことがあったが昔の人は竹の皮を使ってやっていたと言うのだが、確かにここにあったものは竹の皮で巻かれていた。今のキュレーターの人たちにも分類がわからなく手付かずになっていたものも多く、時代を超え、場所を越え、旅の途中で再会したような、懐かしさを故郷を離れた場所で感じることができた。

バーゼルの街は古く、街の真ん中に大きな古い石橋があってライン川が流れている。デュッセルドルフの上流で、川幅は狭く、流れも早い。街で買える「フィッシュ・バッグ」と呼ばれる大きな魚の形をした袋があり、川に行き、服を脱いでその中に入れてくるくると尻尾の部分を巻くと空気が入り、浮き輪になる。そしてそれを持って川に入ると流されていく。最初にバーゼルに行った時に流されている見て楽しそうだったのでシュテファニーさんに次来た時には川に入りたいと話をしていたら、次の夏にフィッシュバッグをプレゼントしてくれて、僕も川に入ることができた。流れは思ったよりも早い。水は冷たいが太陽が暖かく、街が流れ、人が流れ、橋の下をくぐり、教会が流れ、ボートに乗っている人たちに手を振ったりして川の上で静かに一人どんどん下流に向かって流されていく。白鳥とか、鴨とかも一緒に泳いでいる。20分ぐらい流されると街が終わりになってきたので、岸辺に近づきカバンの中に入っているタオルを取り出し体を拭いて服を着てもと来た河辺を上流に沿って歩いて戻る。

Museum der Kulturenから歩いてすぐのところにバーゼル市美術館がある。そこで以前にアンリ・ルソーの「夕暮れの太陽の中の原生林の風景」と言う絵を見て、とてもいいなと思い案内状に使った。鬱蒼としげるジャングルの中で人の背丈よりも大きな植物や花が咲き、真ん中の空に真っ赤に燃えた太陽。チーターに襲われる黒い影の人。行ったことのない場所を描いた、画家の頭の中の故郷。

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