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【小説】初華 死刑を求刑された少女 ~第四章~ (1)

(1)


2026年 1月28日
判決日まであと6日

「やあ、久しぶりだね。初華ちゃん」


 一年半ぶりに聴くその声に涙があふれそうになった。会うのは、一桜のお葬式のとき以来だった。


「お久しぶりです、おじさん」


 わたしはぎこちない笑顔で返した。
 一桜のお葬式から一年半。おじさんも少し元気が戻ったみたいだけれど、顔にはまだ翳りがあった。無理もなかった。一桜が自殺してから、まだそれほど時間も経っていないのだから。
 一桜が自殺……。
 思い出すとまた涙がこみ上げてくるけれど、顔をあげて何とか堪えた。


「驚いたよ。初華ちゃん。まさかこんなことになってしまうなんて」


 おじさんの言葉に、深く項垂れるしかなかった。隣では宮田くんがノートにペンを走らせて会話の記録をとっている。
「その――」と言って、おじさんは言葉を切った。何を話せばいいのかわからない様子で、続く言葉を探しているようだった。


「こうやって向き合っていると、卒業旅行のことを思い出すね。俺の隣には一桜が座っていて、その向かいに初華ちゃんが座っていて。初華ちゃんの食べっぷりには、一桜も俺もびっくりしたよ」


 おじさんは、目尻に皺を作って屈託なく笑った。卒業旅行……懐かしい。
 食べ歩きで夕食を食べられなくなった一桜のぶんまでわたしがすべて平らげた。凄い勢いで食べるわたしを一桜もおじさんも目を丸くして見ていた。
温泉街の散策も、食べ歩きも、露天風呂も楽しかった。一桜の肌は水滴の一粒一粒を弾いて、すべすべで奇麗だった。立っていても湯船に浸かってしまいそうなほどに長い黒髪は、月の光を湛えていて幻想的だった。
 もし、わたしが男の子だったら一桜のことを絶対に放っておかない。あんなに可愛い子は、今まで見たことがなかった。だから、わたしは一桜の「一番」の親友になった。


 一桜が生きていたのなら、高校の卒業旅行にも一緒に行けたかもしれない。そう思うだけで、一桜を自殺に追い込んだあいつらが憎い。
 殺したはずなのに憎い。殺しても殺したりない。十回でも、百回でも殺してやりたい。
 おじさんはひとしきり思い出話をすると、神妙な面持ちでじっとわたしを見つめた。


「初華ちゃんがしてしまったことに、後悔はないのかい? 俺が言うのもなんだけど、一桜だって初華ちゃんがこうなってしまうのは、きっと望んでいないと思うんだよ」


 哀しそうな声でおじさんが言った。
 ……どこかで聞いたようなセリフだ。
じくじくとこめかみが疼いて澱が泡立つと、暗い感情がこみ上げてきた。


 後悔? 後悔って、なに? 
 わたしが望んでやったことだ。
 わたしが望んだという事は、一桜も望んでいたはずだ。
 おじさんは、一桜のお父さんなのに、そんなこともわからないのだろうか。
 娘が自殺したというのに、仇を討とうとも思わなかったのだろうか。
 娘が殺されても哀しみだけで、怒りや憎しみはなかったのだろうか。
 わたしが父親だったら、娘を自殺に追い込んだ奴ら全員を、必ず、殺す。
 命乞いをしても絶対に許さない。
 それなのに、おじさんは実の娘である一桜のために何もしてやらない。何も行動しない。
 ……失望した。実の娘が殺されたというのに、毎日めそめそ泣くだけでなにもしない。なにもしないから、わたしが代わりにやった。情けない、このおじさんの代わりに。おじさんは、一桜の父親失格だ。


「――後悔なんてしてませんよ」


 感情のない声でわたしが言うと、おじさんと宮田くんは顔を上げた。


「わたしがしたくてやったことなんですから。死んだ娘の仇をとってあげたんですよ。情けない父親の代わりにね」


 乾いた声で笑いながら、わたしは吐き捨てるようにおじさんに言った。


「よかったでしょ? 娘の仇を代わりに討ってもらえて。嬉しかったでしょう? スカっとしたんじゃない? まるで最後の最後に悪党をぶちのめして大逆転したアクション映画を観た後のようにさ」


 おじさんは何を言われたのか、わからないという顔であっけに取られていた。そして、信じられないものを見たかのような、驚愕した表情に変わっていった。怒りで体が震えているのがわかった。おじさんが勢いよく立ち上がるのと同時に宮田くんの声が割り込んだ。


「面会時間は終了です。ご退室願います」


 おじさんは宮田くんを一瞥して、そしてわたしを睨んだ。歯ぎしりをして背中を向けるとぼそっと呟いた。


「……君は、普通じゃない」


「娘が自殺したのに、平然と毎日を過ごしてる方が普通じゃないと思いますけどね」


「初華ちゃん、一桜は、俺の大事な一人娘だ。そんな娘を自殺でなくして、平然としていると、本当に思っているのかい?」


「わたしにはそう見えますけど? だって、いじめで殺されたんだから親なら普通、いじめた相手に復讐してやりたいと思いますよね? それなのに、おじさんは何もしなかったじゃないですか。こんな情けない父親の姿を見て、天国の一桜も哀しんでますよ? いいんですか? そんなことで」


 わたしが嘲笑いながらそう言うと、おじさんは声を荒げた。


「君は頭がどうかしてるんじゃないのか! イカレてる! 君がこんなんじゃ、一桜も浮かばれないよ!」


「ご退室願います!」


 宮田くんの声におじさんは舌打ちをすると、肩をいからせて出て行った。


「だてに5人も殺していませんから」と言い返したかったが、まあいい。くだらない。父親があれでは、一桜も浮かばれない。


「初華ちゃん」


 呆れとも怒りともとれる宮田くんの声に気だるい目線を向けた。


「あれはさすがに失礼にも程があるんじゃないかな。せっかく面会に来てくださったのに」


 わたしはふんっと鼻を鳴らした。


「別に頼んだ訳でもないし、向こうが勝手に来ただけでしょ? わたしに会いに来る暇があるのなら、一桜のお墓参りにでも行っていればいいんだわ」


 宮田くんは深くため息を吐くとノートを閉じた。


「人の話を盗み聞きどころか、目の前で堂々と聴いてノートまでとるなんて最低な趣味ね」


「趣味じゃなくて、仕事のうちだよ。そういう決まりごとなの」


 しょーもない。会話の内容をノートに書いてどうするんだろうか。


「ねね、面会終わったんでしょ? はやく戻ろうよ」
 わたしが催促すると、閉じたノートを見つめたまま宮田くんは口を開いた。


「初華ちゃん、いつまでこんなこと続けるつもりなの?」


「こんなこと? こんなことって?」


「誰彼構わず悪意ばかりまき散らしてさ。お父さんや、お友達のおじさんにまでさえ。そんなことして、一体何の意味があるの?」


 はあ? 意味? 意味なんて別にない。みんなくだらないことばかり言ってくるから呆れているだけだ。


「は? 何なの急に。お説教? 宮田くんには似合わないからやめたほうがいーよ。そんなことよりさ、戻ろうよ。もうすぐお昼でしょ? お腹すいちゃったよ」


「……て」


「は? なに? よく聞こえないんだけど」


「立てッ!」


 雷に打たれたように体がびくっと震えた。聞いたこともないような大声に、わたしは竦み上がった。耳の鼓膜がびりびり震えた。今の声はいったい何? いや、いったい誰の声なの?


「立てと言ったのが聞こえんのか!」


 再び頭上に降ってきた落雷に追い立てられるようにして、ガタガタとパイプ椅子を膝の裏で押して立ち上がった。足ががくがくと震えていた。


「左向けぃ、ひだり!」


 へ? 左? ひ、左ってどっち? は、箸を持つ方が右で……
 怒号で頭が真っ白になったわたしは、訳もわからず目を泳がせるだけだった。


「こっちを向け!」


 慌てて宮田くんの方へ体を向けると呆れた様子で首を振った。


「まともに左向け左もできんのか。近頃のガキは」


「が、ガキって」


「しゃべるな。その馬鹿みたいな口をとじてろ」


 ば、馬鹿……


「二歩、前へ出ろ」


「二歩って、ど、どれくらいの歩幅で」


「つべこべ言わずに二歩前へ出ろ!」


 ギクシャクとロボットのような動きで二歩前に歩いた。膝が笑っていた。


「いいか。左向け左は左足のかかとを軸にして回せ。回ったら右足を引きつけて揃えろ。右向け右はその逆だ。手は腿につけたままだ。離したり、動かしたりするな。わかったな」


 ええっと、左足を軸に踵を……右足は……?


「わかったのか! わからねぇのか! どっちだ!」


「は、はいっ! わかりましたッ!」


 何度も雷が落ちて心臓が早鐘を打つ。


 初めての出来事に頭は混乱して何も考えられなくなっていた。


「それじゃあ、いくぞ。左向け、ひだり!」


 ビクビクしながら宮田くんの方へのろのろと体を向ける。ふたたび雷が落ちた。


「おせぇ! そんなんじゃ昼メシ抜きだぞ! メシを食いたきゃ、きびきび動け!」


「は、はい!」


「もう一度だ! 左向け! ひだり!」


 わたしは最初よりも素早く動いた。つもりだった。


「おいおいマジかよ! それでインターハイベスト8ってどれだけまわりは雑魚ばっかだったんだ? 笑わせんな。できるまで何回でもやるからな」


 落雷のような罵声に震えながら何度も同じことを繰り返した。そのたびに宮田くんはことごとく駄目出しをした。何回もぐるぐる回っているのと空腹も重なって目が回ってきた。馬鹿だのアホだの言われて、こんな簡単なこともできない自分の情けなさに涙と鼻水を垂らしていた。
 右へ左へとぐるぐる回って3回目に宮田くんの正面にきたときにようやく終わった。


「はっ、インターハイベスト8もこれじゃ形無しだな。ここまでにしておいてやる」


 わたしはぜーぜーと息を吐きながら、ちらりと宮田くんの顔を覗き見た。


「ん? ああ。いいぜ、座っても」


 勝手に座るとまた怒られるかもしれない……。
 許可をもらってパイプ椅子に腰を下ろすと、ようやく一息ついた。


「どうだ? 息が上がるほど体を動かした感想は? 生きてるって実感が湧くだろう?」


 そんなに激しく動いてないはずなのに息が上がってまともに声がだせない。背中を丸めて宮田くんを見上げた。


「今から俺のことは宮田さんと呼べ」


 ……宮田さんを見上げた。


「それで? おまえは人を5人も殺しておいて反省はしているのか?」


 反省……?


「ああ、いいぜ、いいぜ。全く反省はしていないんだったよなァ。オーケー。それでいい。いまさら反省してますって言われても胡散臭いし、気持ち悪いだけだからな」


 軽蔑の眼差しをわたしに向けながら彼は笑った。わたしはどう反応していいのかわからず、黙って見つめ返すことしかできなかった。


「お前が反省しようがしまいがそんなことはどうでもいいよな。殺された連中が生き返るわけでもないし、謝られても遺族の怒りを買うだけだ」


 彼は心底あきれた様子で肩をすくめると続けてこう言った。


「なぁ、教えてくれよ。人を殺したのってどんな気分なんだ?」


 学校で雑談をする時のような雰囲気で彼は尋ねてきた。まるで、初めてのキスはどんな味だった? と興味津々で訊いてくるクラスメイトのように。


「なんだよ、教えてくれよ。取り調べで話したんだろ? 訊かれなかったか? 警察官や検察官に。『殺したときどんな気持ちでしたか?』てよ。なんて答えたんだ?」


「それは……」


「あれだろ? さっきおまえのダチの親父に言った時のように話したんだろ? まるでアクション映画の最後の最後で悪党をぶっ殺したときのようにスカっとしたってよ」


 顔が引きつった。首が固まってしまったかのようにぴくりとも動かなかった。


「そういや、裁判でも同じこと訊かれて一応、申し訳ないことをしたとかほざいてたな。一応な。そんなこと、クソほども思ってねぇクセによ?」


 なぜか、急速に心が萎んでいくのを感じた。この感覚は、一体なんなのだろうか。こんなことは、今まで一度もなかった気がする。彼の言う通りなのは間違いなかった。一桜をいじめていた3人を殺した瞬間は、爽快な気分だった。それは今でも変わらないはずだった。
 笑い声を殺しながら彼は続けた。


「――ったく。おまえに殺された連中も災難だよなぁ。たかだが一人いじめたくらいで仕返しに殺されるなんてよ。ましてや、一家まとめて皆殺しなんてやばすぎるだろ。最低最悪のクズ女だな。おまえ」


 心に沈んでいた澱が激しく沸騰するのを感じた。
 感じたときにはパイプ椅子を蹴って立ち上がって、彼を殺すつもりで鋭く睨みつけていた。


「たかが一人じゃない! 一桜はあたしにとってかけがえのない親友なの! その一桜をいじめて殺したのはあいつらなの! だからあたしに殺されても文句は言えない! あたしは一桜のカタキを討った! 一桜もきっとそれを望んでいたの!」


 あたしは怒りをぶちまけながら涙を流していた。彼は肩をすくめて呆れた顔をした。


「おいおい、ガキの駄々っ子はみっともないからやめてくれよ。わかってもらえないからってわめき散らすとか、うるせぇ奴だな。体は大人でも中身は今時の小学生以下じゃねぇか」


「ガキじゃないッ!」


 なんなのコイツ! 一体なんなの!
 イライラする! むかつく! ムカツク! 
 あんただって、ちょっと顔がいいだけの馬鹿男のくせにッ!
 彼なら、少しはあたしの気持ちをわかってくれていると思っていたのに、あたしの味方でいてくれると思ってたのに、裏切られたようなサイアクの気分だった。


「これが才色兼備でクラスの人気者の阿久津初華ちゃんか? ただの聞き分けのねーガキじゃねーか。だっさ」


「うるさい! うるさいッ!」


 頭に血が上ったわたしは、唸り声をあげながら髪を掻きむしり、激しく地団太を踏んだ。
 そんなわたしの様子を、彼は嘲笑いながら目を細めた。母と同じでわたしを見下している、大嫌いな目だ。


「……座れ」


「座らないッ!」


「座れッ!」


 両肩を強く握られて、叩きつけるように無理やりパイプ椅子に座らされた。彼もしゃがみ込んで、わたしに視線をあわせると真剣な顔で口を開いた。


「――なあ、初華ちゃん」


 その優しい声はいつもの宮田くんだった。


「櫻木、一桜ちゃんだっけ? そんなにその子のことが好きだった?」


 手のひらで涙を拭いながら頷いた。一桜は好きだ。今でも。


「そう。どのくらい好きだった?」


「どのくらい、って?」


 わたしがそう言うと、宮田くんは少し気まずそうな、複雑な顔をした。
 わたしがどれくらい一桜のことが好きか。
 中学校で初めて一桜と出会ってからというものの、いつも一桜のことばかり考えていた。学校にいても部活をしていても、家にいる時でさえ。


一桜は内気で、人付き合いが苦手な女の子だ。だからわたしがいつもそばにいてあげたいと思った。「困らないように」助けてあげたいと思った。一緒に聖フィリア女学院に入学してから、ますます一桜のことが好きになった。
 それなのに一緒のクラスになることができなくて、毎日じれったい気持ちを抱えて過ごしていた。一桜のことが気になってばかりで、新体操の練習に身が入らないこともあった。それくらい一桜の存在はわたしの心を占めていた。学校を卒業してからも、ずっと一緒にいたいと思っていた。宮田くんは、何も言わずにわたしの言葉に耳を傾けていた。


「ずーっと一桜のことが頭から離れないの。何をしていても。これって、おかしなことなのかな……」


 宮田くんはわたしを見つめたまま、首を横に振った。


「いや、全然おかしなことじゃない。むしろ素晴らしいことなんじゃないかな。ただ、ちょっとだけ、好きになりすぎちゃっただけなんだと思う」


 言葉を慎重に選ぶように、宮田くんが問いかけてきた。


「ねえ、初華ちゃん。新体操部に入って、どんな様子だった?」


「一桜がってこと?」


 宮田くんは頷いた。


「……楽しそうだった」


「そう。ほかの部員の子とも仲良くやってた? 一桜ちゃんは」


「だと、思う……」


 そこで言葉が途切れた。宮田くんは目を伏せて逡巡している様子だった。


「初華ちゃん。今から嫌なことを訊くかもしれない。だけど、とっても大事なことなんだ。話してくれるよね?」


 嫌なこと? わからないけど、頷くことしかできなかった。


「その、初華ちゃんが大嫌いだった3人は、一桜ちゃんとはどうだった?」


「どうだった、って?」


「一桜ちゃんがその3人と部活で一緒に練習をしたり、話をしたりしてたんだよね?」


「……うん」


「一桜ちゃん、嫌そうにしてた?」


 一桜と心尊、それに莉緒と陽葵……。
4人が部活をしているときの当時の様子を思い出そうとしたけレど、頭の中に霧が掛かっているかのように、なぜかはっきりと思い出せなかった。


「どうだった? 嫌そうだった? 一桜ちゃん」


 宮田くんがもう一度尋ねてきた。
 わたしは細い糸をゆっくり手繰るように、当時の記憶を辿った。


「一桜……は」


 ぼやけている映像が、少しずつ、少しずつ、カメラのピントが合うように鮮明になっていった。耳の穴を指で押さえつけていたせいでくぐもっていた音が、指の力を抜くことによって聞き取れるようになったときのように、まるで深く潜っていたプールの水面から顔を出した時のように、はっきりと聴こえるようになった。「わっ」と音が広がって、当時の体育館の音が耳に飛び込んできた。
 一桜は笑っていた。莉緒と陽葵と一緒になって。
 一生懸命に前方倒立回転の練習をしている一桜を莉緒と日葵がサポートしていた。
 ブリッジの態勢から上体を起こすときに莉緒が一桜の背中を支えようとしていたけれど、足が伸びすぎていたせいで足を滑らせた一桜は、支えようとした莉緒と日葵を巻き込んで倒れた。
「おーととと!」「キャー!」と声を上げて、まるで漫画の「ずっこけシーン」のようになった三人は、けらけらと笑っていた。見ているこっちが眩しいくらいに。
 一桜が嫌そうにしていたようには、見えなかった気がする。弾んだ声で、楽しそうに莉緒と陽葵とおしゃべりをしている一桜の声が聞こえた、気がする。心尊も、一緒に。それは、その日も、次の日も。その次の日も。
「一桜ちゃんは、3人にいじめられていたって、初華ちゃんは話してくれたよね?」


 そう言うと、宮田くんはわたしの膝に手を置いた。ビクンと心臓が跳ねて鼓動が早くなったけれど、それはすぐにおさまった。宮田くんの触れている部分が暖かった。


「……」


 よく見ていないとわからないくらいに、小さくうなずいた。


「それは、一桜ちゃんが彼女たちにいじめられているところを見たのかい? それとも、一桜ちゃんが初華ちゃんに相談したのかな? 3人にいじめられているから助けてほしい、とか。ねえ、初華ちゃん。一桜ちゃんは、本当に3人にいじめられたのが原因で自殺したのかな」


 わたしは、何か硬くて重いもので頭を殴られたような衝撃を感じて顔を上げた。宮田くんの瞳の中のわたしは、何か信じられないものを見たかのような、恐怖に慄いた顔をしていた。


初華 死刑を求刑された少女 ~第四章~ (2)に続く


~第四章~ (1)の登場人物


阿久津初華(あくついちか)
5人を殺害し、死刑を求刑された少女。拘置所での長い生活の中でも未だに反省の色はみられない。

宮田宗一郎(みやたそういちろう)
Y拘置所の新人刑務官。初華の不遜な態度に疑念を抱く。

櫻木世吾(さくらぎせいご)
自殺した一桜の父親。初華の面会に訪れた。

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