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【小説】キヨメの慈雨 第三十一話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。







「い、意澄ちゃんの考えが合ってれば、藤高神社に向かった方がいいんじゃ······?」

 白蔵地区の下に広がる地下通路の中を進む途中、事件や戦闘には不慣れながらも小春が提案した。それに対して意澄は優しい声色で、

「確かに大伴さんは藤高神社で働いてるけど、今もそこにいるとは限らないよ。早苗をさらった後でどこかに移動したかもしれないし、とりあえずここを進むしかないんじゃないかな」

「地下通路で早苗ちゃんを探す人と神社で大伴さんを詰める人で分かれてもいいんだけど、相手がどれだけいるのかわからないから戦力は分散したくないかな」

「そ、そっか、変に口出ししてごめん······」

 続けた美温の言葉にも小春は縮こまり、俯いてしまった。意澄は足を止めて振り向き、小春に微笑みかける。

「大丈夫だよ。早苗を助けたいってことはよくわかる。その気持ちは、小春ちゃんと一緒だから」

「············そ、そっか、ありがとう」

 小春は前を向き、自分から前へと進み出した。意澄と美温は顔を見合わせ、小さく笑って小春を追いかける。

 しかし、すぐに小春は足を止めた。

「······どうしたの?」

「さ、さっき戦力は分散したくないって話だったけどさ」

 小春の困り果てた声を聞いて美温が懐中電灯を前方に向ける。

「わか、分かれなきゃいけないみたいだよ」

 三人を待ち構えていたのは、四つの分岐であった。ここが地下通路の集合点らしく、意澄達が進んできた道を含めて星形に道が広がっている。

「四つか······三人で分かれても正解に辿り着かないかもしれないね」

 美温が内容とは裏腹に明るい声で言い、新たに二つ生成した懐中電灯を他の二人に手渡す。受け取った意澄はうなずいて、

「それでも、行くしかないでしょ?」

 正面の道へ踏み出した。美温は意澄の右の道へランウェイを往くように歩きだし、小春も小幅だがしっかりとした足取りで意澄の左の道へ向かった。

「············二人とも、気をつけてね」

「意澄ちゃんもね」

「な、何かわかったら連絡するから」

 交互に眼を合わせ、三人の少女はさらなる暗闇の奥へと進んでいく。






「············長くない?何か疲れてきたんだけど」

 美温や小春と分かれてから数分歩き続けても、意澄はいまだに地下通路から出られずにいた。

「これ、そもそも出口あるの?作品を保護するためのものなら地上には出さない方がいいだろうし······でも敵からしたら逃げ道が無いとまずいのか」

 するとぼやく意澄の横を這って進むチコはため息をつき、

「もうすぐ出口があるぞ。気を抜くな」

「マジで?何でわかるの?」

「勘······といったら怒るか?」

「うん」

 意澄がうなずくとチコはニヤリと笑った後で、

「根だ」

「ね······るそんまんでら?」

「何だそれは?私が言っているのは木の根のことだ。この白蔵地区には至る所にフジがあるようだが、その根には当然水分が含まれている。地下に伸びる根の水分を感知して地上までの距離を測っているんだよ」

「何それすご!じゃあそれって人間に応用すれば、早苗の位置もわかるってこと?」

「さあな。今度やってみるか」

 言い合う間に意澄とチコは地上へと続くらしい階段に到着した。それを一段ずつ踏みしめ、美術館にあったものと同じ木製の扉に辿り着いた。

「チコ、外に人がいるか探れる?」

「······無理だな。植物に対してはできたのに、動物の水分は感知できないのか······?」

「そっか。まあそれは追々頑張ればできるようになるかもよ。とりあえず、これを開けなきゃ早苗を助けられないから」

 意澄は扉に体を密着させ、ドアノブに手をかけてゆっくりと回す。そして、勢いよく開け放った。



「うわああああああああああああああっ!?」

「うわああああああああああああああっ!?」



 地下とさして変わらない薄暗い景色ともに飛び込んできたのは、野太い絶叫だった。それに呼応して反射的に意澄も叫ぶ。こちらも悲鳴というより絶叫だった。即座に拳を突き出して応戦する。

「待て待て待て待て待って!?」

「············何だ武蔵野くんか」

 野太い絶叫の主である武蔵野が目の前で必死に体をのけ反らせているのを見て意澄は警戒を解き、ため息をついた。

「いや何だじゃねえよ!いきなり飛び出してきて叫んで殴りかかるとかどういうことだときつく問い質したい!」

「先に叫んだのはそっちじゃん。それに殴ったけど当たってないから!寸止めできる意澄さんの技術力に感謝してよね!」

「こいつ叫んだのも殴りかかったのも否定してねえ!飛び出してきたことの説明もしてねえし何がどうなってんだよ!」

「武蔵野くんって結構ビビりなの?すごい叫んでたけど」

「叫んでたのはお前もだろ!ってか何の説明もナシかよ!他のメンツはどうしたんだ?」

 尋ねられて意澄は困った。武蔵野に正直に話しても信じてくれないだろうし、万一信じてくれてもそれはそれで危険に巻き込んでしまうことになる。少し目を泳がせた後で、どうにか誤魔化そうと口を開く。

「えっと······はぐれたっていうか分かれたっていうか、そんな感じ」

「ふーん、迷子ってことか」

「へ?あー、うん、そんな感じ」

 曖昧に微笑みながらも意澄は心の中で、

(武蔵野くん、思ったよりバカなの······!?いや、そういうことにしといてくれた方が面倒にならないしいいんだけどさ、それにしても、迷子······わたし何だと思われてるの!?)

「よし、仲間ができて良かった」

 武蔵野が力強くうなずくのを見てますます意澄は困惑する。

「仲間?」

「ああ。俺も迷子だからな」

「······へ?というか、ここどこ?」

「それがわかったら俺も迷子になってねえよ。マジで迷宮すぎるだろここ。からくり屋敷ナメてたわ」

「からくり屋敷?へえ、そんなところにつながってたんだ······」

「?」

 武蔵野が明らかに顔に疑問符を浮かべているが、意澄は気づかずに歩きだす。からくり屋敷といえば江戸時代に天領に住んでいた発明家の住居跡を資料館兼仕掛け付き迷路に改造した施設だ。観光施設になる前はかなり本格的な仕掛けが仕込まれており、確かに世界的な美術品を隠すには適した場所だったかもしれない。現在では薄暗い迷路は半ばお化け屋敷のようになっているが、易しくなったとはいえある程度の仕掛けが用意されており、やはり隠すことに向いている。どこかに早苗が隠されているかもしれないため、早く探さなければならない。

「おい待ってくれよ。どうせなら一緒に行こうぜ。一人じゃつまんねえし」

「······えっとごめん。わたし、急がなきゃだから先に行かせて。というか、武蔵野くんこそ他の人達はどうしたの?」

「それがさ、何かあいつらめっちゃ疲れたって言って隣のカフェで優雅に休んでんだよ。スライドのネタを集めなきゃだから俺は一人でも来たんだけど、迷って出らんなくなった訳」

「あっそう。じゃあ頑張ってね」

「いや辛辣ゥッ!いや、マジで一人じゃ出られねえよ?仕掛けが凝りすぎてるから」

「ええ?言うほどでしょ。ここちっちゃい子も来るんだからそんなに難易度上げてないんじゃないの?武蔵野くんには難しいってだけで」

「······何かバカにしてない?ほら、お前の後ろに仕掛けが来てるぞ。黒い腕が伸びてきてる・・・・・・・・・・

「············!?」

 武蔵野に呑気な口調で教えられた意澄が緊迫した表情で瞬時に振り向いた直後、それはまっすぐ向かってきた。

 福富美術館で早苗を連れ去った、影のように黒い二本の腕。どこから伸びているのかもわからないそれは猛烈な勢いで突き進み、意澄の首をがっちりと捕らえた。万力のような強さで絞め上げられ、意澄の気道が潰される。

(息が······できない!)

 意澄はどうにか引き剥がそうとするが、凄まじい力が加わった黒い手はびくともしない。それどころかさらに強い力が込められ、窒息などという生易しいものではなくもっと確実な方法で意澄を排除しようとしてきた。すなわち、意澄の首を折りにきたのだ。

(体を水に変える?でもそれだと武蔵野くんにコトナリのことを知られる!)

 意澄が目だけ動かして武蔵野を見ると、彼は突然の出来事に動揺を隠せないようだった。体格は大きいが存外ビビりなところがあるようだから、当然といえば当然だ。例え武蔵野が勇傑であったとしても、訳のわからないものに戸惑うのは自然なことだ。だから意澄は諦めなければいけなかった。自分が気味悪がられてでも、この窮地を切り抜けて敵を倒し早苗を助け出さなければいけなかった。

(ごめん武蔵野くん、せめてみんなには内緒にしといてほしい!)

 平穏な学校生活を手放したくはないが、それでも意を決して能力をさらけ出そうとした瞬間。

 武蔵野と眼が合った。

 武蔵野の眼が、変わった。

「おおおおおおらあぁぁっ!!」

 武蔵野は叫びながら逞しい腕を思い切り振り下ろし、意澄の首を絞めている黒い腕を二本とも叩き折った。黒い腕は霧散し、意澄は激しく咳き込みながら必死に空気を取り込む。

「大丈夫か御槌!?」

「がほっ、がほっ、がほっ······!あ、ありがとう武蔵野くん」

「無事か、良かった」

 武蔵野は安堵の息を洩らした後すぐに声を強ばらせて、

「おい何だよあれ、ここの仕掛けって訳じゃなさそうだけど」

「え?武蔵野くん、あれが何かわからずにいきなりぶっ叩いたの?」

「は?お前が危ないとこだったんだから当たり前だろ。それより、お前は知ってんのか?あれが何なのかを」

「えっと······いきなりすぎてよくわかんないだろうけど、世の中には不思議な力を使う『コトナリヌシ』っていう人達もいるの。そのうちの誰かが早苗をさらって、早苗を追いかけてるわたしを攻撃してきてる。だからとりあえず早苗を探して、敵を倒す······伝わってる?ごめんね説明下手で」

「いや、とにかくやばい状況だってのはわかった。正直いまいちよくわかんねえけど、現に見ちまったもんは受け入れるしかねえし、何よりお前がこの状況で嘘をつくとも思えない。で、俺は何をすればいいんだ?」

「そうだな······じゃあ、一緒にいてほしい」

「························わかった」

 武蔵野の声がわずかに上ずっていたことに意澄は気づかない。

「行こう、武蔵野くん。まずは敵を倒さないと」

 意澄が言って、二人は迷路の中を進みだす。角を曲がった瞬間、黒い手が突き出て意澄の顔を思い切り殴り抜いた。意澄は勢いを殺せずに壁に叩きつけられる。

「御槌!」

「痛っ!というか一度壊れても復活できるとかチートなんだけど!」

 ただでさえ薄暗いことに素早さも相まって黒い腕が繰り出す攻撃を見切ることは難しい。周囲を見回して警戒する二人の背後から、黒い腕が再び迫っていた。



〈つづく〉

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