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【小説】キヨメの慈雨 第三十話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。






「あ、やっぱり『展膜てんまく』か。じゃあ早く核を見つけないと」

 福富美術館の展示室どうしをつなぐ通路の窓から外の様子を窺った美温が言うのに倣って小春も窓を覗くと、薄い白色をした半透明の膜が美術館の敷地と外部を区切っているのがわかった。

「あれ、あれが展膜······?」

「うん。核を中心として、他のエリアと区切るように張られてるの。白色だからランクが下から二番目に低いやつなんだけど、それでも核を壊さない限りあたし達は外に出られないね」

「て、展膜が他のお客さんを外に出させたってことなの?」

「そう。元々コトナリヌシとの戦いで一般人に被害を出さないようにするためのものだから、普通の人の意識には外に出るよう働きかけて、あたし達コトナリヌシの体には外へ出られないよう作用するの」

 美温がさらりと言ったのを受け、小春は先ほどから感じていた疑問をどきどきしながら向ける。

「み、美温ちゃんは、何でそんなことがわかるの······?と、というか、美温ちゃんはコトナリのことを知ってるの?」

 すると美温は少し目を泳がせた後で曖昧に笑いながら、

「黙っててごめんね、あたしもコトナリヌシなんだ」

「そ、そうだったんだ······気づかなかった」

 ショックを受ける小春にもう一度美温は謝った後で、

「行こう、小春ちゃん。核の位置を割り出すためにまずは展膜の形を知らなきゃだから、とりあえず反対側に行こっか」

「う、うん······」

 歩き出す美温に、小春はついていく。ただでさえ美温は長身なのに、小春は小柄なため常に彼女を見上げる恰好になっているが、今感じている差は単に身長の違いではないような気がしていた。

「み、美温ちゃん、さっき『イブツ』って言ってたけど、それは展膜のことなの······?」

 どこかに敵が潜んでいないかびくびくしながら歩く小春が、背筋を伸ばして堂々と進む美温に尋ねる。

「あーっとね、展膜はイブツの一種なの。イブツっていうのは普通の人がコトナリの力に対抗するために使う道具で、展膜以外にも結構種類があるんだよ」

「じゃ、じゃあ、早苗ちゃんをさらった人の中にはコトナリヌシじゃない人もいるの······?そ、それって、さっき言ってた福富グループなの?」

「うん。繰り返しになっちゃって悪いけど、展膜にはランクがあるの。全部で六段階ね。同じランクのものでも複数作られてるから、展膜は今全部で五十個ぐらいあるんじゃないかな。そのうち半分は福富グループが持ってるはず。福富グループの社員全員がコトナリヌシって訳じゃないだろうけど、コトナリに関わる部署はあるし、コトナリヌシじゃなくても展膜を使うために支援してる社員がいるんだよ」

「な、何のために、福富グループはコトナリに関係ある仕事を······?」

「それがお金になるから、としか今は言えないかな」

「そ、そうなんだ······」

 美温の行くままに小春も二階へ上がり、先ほどの場所から時計回りに壁を沿って反対側へ向かった。美温は点在する採光窓から外を覗きながら歩き、美術館を半周したところで、

「ドーム状に展膜が張られてるみたい。張った人は初心者なのか、それともサボったのかな。上手い人は美術館の敷地に沿ってピタッと張るからね。まあそっちの方が核が見つけやすくて助かるんだけど」

「そ、そうなの······?じゃ、じゃあ、核はどこに?」

「あそこ」

 美温が指差す先にあるのは、美術館の中心の専用スペースに展示されている高さ三メートルほどの彫像だ。神話の神々や歴史の英雄ではなく日常風景を描くことを生涯貫いた芸術家が二十世紀初頭のありふれた市民階級の若い姉妹をモチーフとしたものだ、ということは小春でも知っているが、若い姉妹が全裸で向かい合うなんていう状況は果たして日常なのだろうかと疑問を抱かざるを得ない。

「あ、あれが核?こ、壊しちゃまずいんじゃないの······?」

「いや、正確にはあれの下にあるんだよ。あの彫像の下に蓋があって、それを開けると核があるみたい」

 なぜそんなことがわかるのか訊こうとして美温を見ると、美温は何やらカメラのようなものを顔の前に構えていた。小春が不思議そうな表情をしているのに気づいた美温は、

「ああこれ?赤外線カメラだよ」

「な、何でそんなもの持ってるの?ど、どこから出したの······?」

「あたし、こういうのを作れるんだよね。それより、階段までちょっと遠いな」

 そう言うと美温は屈んで小春の足元に手を伸ばし、すくうようにして抱え上げた。お姫様抱っこである。

「え、ちょっ、み、美温ちゃん······!?」

「よっ、と」

 慌てる小春とは対照的に美温は軽く掛け声を出し、柵を跳び越えた。

「うわあああああっ!?」

 叫ぶ小春に美温は明るく声を立てて笑い、静かに着地する。そのまま彫像の前まで歩いてから小春を優しく降ろした。

「じゃあ、ここからは小春ちゃんにお願いしたいな」

「わ、わかったけど、こ、この下にあるんだよね······?」

 確認した小春がわずかに意識を研ぎ澄ますと、小春の足元に缶詰めのような平べったい円柱形の物体が瞬時に現れた。白色に淡く発光している。これが美温の言う核なのだろう。

「すごい、流石小春ちゃん」

 美温が小さく拍手すると小春はわずかに顔を赤くして、

「そんなすごいものじゃないよ。わたしの良くない部分の象徴······そ、それより、どうやって壊すの?」

「それはあたしに任せてほしいな」

 核から離れるよう伝えるジェスチャーを受けて小春が一歩下がると、今度は美温が核の前に一歩進み出て足を肩幅に開いた。

 そして、一突き。

 美温の手に出現した槍が、核の中心を貫いた。グシャリ、と音を立てて破壊された核は、その光を失ってしまった。

「······こ、これで、展膜は消えたの?」

「うん。あとは意澄ちゃんと合流しよう。意澄ちゃんならきっともう勝ってる頃だろうから」

 小春はうなずき、美温と共に早苗が消えていった扉のある展示室へ走る。

「意澄ちゃん!」

 一度立ち止まってバリアが消滅していることを確認してから、展示室に飛び込んだ。治奈が壁にもたれかかって気を失っている。




 その近くで、御槌意澄が倒れていた。




「え、い、意澄ちゃん、大丈夫!?」

 小春は駆け寄って意澄の肩を揺らすが、美温は全く動じずにゆっくりと歩み寄る。

「み、美温ちゃん、意澄ちゃんが倒れてるのに落ち着きすぎじゃない······?」

「大丈夫だよ、髪が黒いからたぶん合一は解けてるし、バリアもなくなってたから治奈さんのコトナリも食べてるはず」

「そ、そっか······って、こ、答えになってないような」

 そもそも合一というのが何なのかわかっていない小春をよそに、美温は意澄の身体を抱き起こして薄い唇をほんの少しだけ艶かしく尖らせ、その横顔に顔を近づける。

「み、美温ちゃん」

 美温の行動を察した小春が呟いた。

 そして、

「ふぅっ」

「ひにゃあっ!?」

 耳に息を吹きかけられ、意澄は間抜けな声を上げながら身体をびくつかせて目を開けた。

「あはは、寝起きドッキリ成功!おはよう意澄ちゃん」

「美温、小春ちゃん······わたし、何で寝てたんだろ。早く早苗を助けなきゃ」

 そう言って立ち上がり、走りだそうとする意澄の手を美温は掴んだ。

「その前に。意澄ちゃん、治奈さんを倒した後何したか覚えてる?」

「えっと、合一を解いて、チコが治奈さんのコトナリを食べて······その後から意識が無かったみたい」

「そっか、なるほどね。意澄ちゃん、あと小春ちゃんも、知っておいてほしいことがあるんだけど」

 美温は地下通路への扉に近づき浴室錠を外してから、

「コトナリとの相性がいいほど、コトナリとの親和性が高まるほど、合一を解いた後で意識を失いやすくなる。だから合一はあんまり乱発しちゃ駄目だよ」

「······わかった、気をつける」

「ご、合一?ってのは、使いすぎちゃだめなんだね」

「わかってくれたならヨシ。じゃあ、早苗ちゃんを助けに行こっか」

 美温は振り向いて意澄と小春の顔をそれぞれ一度ずつ見た後で、二人がうなずいたのを確認すると勢い良く扉を開けて地下通路へ踏み込んでいく。

「暗くてよく見えないけど、何か結構奥まで続いてるね」

 意澄が言うと美温は手の中に大きな懐中電灯を現出し、スイッチを入れた。黄色がかった光がまっすぐ突き進んでいくがすぐに闇に呑まれてしまい、地下通路の内部を完全に見通すことはできない。

「とりあえず進むしかないね」

 意澄と美温は暗闇の中を臆することなくずんずん切り込んでいき、小春はおっかなびっくりそれに続いた。地下通路といっても大きな作品も運ぶ必要があったせいか、幅・高さともに2メートル以上ある。一分ほど歩いても突き当たりに出ることはなく、暗いためにどれだけの距離を進んだのか把握できない。

「早苗ちゃんをさらった黒い腕、これだけの距離を能力だけで連れてったんなら効果範囲はかなり広いね」

「治奈さんと連携して扉を開けた早苗をさらったっぽいし、待ち構えてたのかも。治奈さんは誰かから連絡を受けてたみたいだし、それに『早苗の犠牲で他のみんなが助かる』みたいなこと言ってた」

「だ、だったら、どこで早苗ちゃんに目をつけたの······?それ、それに、誰が治奈さんに連絡を?ぎ、犠牲ってどういうこと?」

 地下通路をさらに進む三人は、真相を探ろうと口々に言い合った。

「もしかして」

 意澄は自分の推測に確信をもてないまま、それでも口を開いた。

「どうしたの?」

「早苗はもっと前から目をつけられていたのかもしれない。でも、もしそうだったら、早苗の味方のわたし達コトナリヌシが傍にいるとわかっているのにあえてこのタイミングでさらう必要は無い。ってことは、今日事件を起こすっていうのは決まっていたけど、誰をさらうかは決まってなくて、さっきたまたま早苗を見つけたのかも」

「み、見つけたって、いつ?わ、わたし達がコトナリヌシだってことと、早苗ちゃんに抵抗できる能力が無いってことを判断できるチャンスって、あったっけ?」

「······いや、あったよ小春ちゃん。思い出してみて、あたし達がちょっと気分悪くなってるのに早苗ちゃんは平気だったっていうときがあったよね?」

 美温に言われて小春は少し黙考した後で、

「ふ、藤高神社の突刺岩······!」

「そう。そこに案内してくれたのは、一体誰のお兄さんだった?」

 尋ねると、小春も意澄の考えに行き着いたらしく息を呑んだ。意澄は目標を確認するため、敵を見定めるため、あえて声に出して改めて推測を共有する。




「藤高神社の大伴宗治。あの人が、今回の事件に関わってる」




〈つづく〉

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