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【小説】キヨメの慈雨 第二十六話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。







 四月二十八日、午前九時三分。天領第一高校の一年生は学校から徒歩十五分の距離にある白蔵しらくら地区を訪れていた。天領市の歴史に触れてそこから学んだことをスライドにまとめて発表を行うという、一日校外学習だ。教師達は頑なに『学習活動』であることを強調しているが、生徒達は皆遠足気分であった。それもそのはず、特定のルートが決まっている訳ではなく、どこを訪れて何を調べるかも班で決め、その班のメンバーも自分達で自由に決めるというものだからだ。意澄は美温、早苗、小春と四人班を組み、最初の目的地である藤高ふじたか神社を目指している。

「ねえ、お昼ごはんどうしよっか?」

 先頭を行く早苗がくるりと振り向いて尋ねた。

「さ、早苗ちゃん、まだ、まだ九時過ぎたとこだよ······?」

 お手製の大きなトートバッグを肩にかけた小春が言うと早苗は声を立てて笑いながら、

「いやあ、おなか空いちゃってさ。今から考えとこうよ、白蔵地区はいっぱい食べるところあるんだし」

 すると歩きながらパンフレットに目を通していた美温が、

「確かに選べないぐらいいっぱいあるね。あ、でも、懐石料理のお店とかは流石にパスかな。それを抜きにしたって、パスタおかわり無料のイタリアン、1000円でボリューム満点の中華料理、市内で獲れた新鮮な魚介のお店、白蔵地区で120年続く洋食レストラン、日替わり定食が人気の和食屋さん······天領に住んでるとわかんないけど、改めて見るとすごいラインナップだね」

「でしょでしょ!決められないよね!」

 後ろ歩きのままはしゃぐ早苗は、向こうからやって来た車にクラクションを鳴らされてすごすごと道の端に移動した。大人しそうなサラリーマン風の男が運転する福富グループのロゴが貼られた車は、白壁に囲まれた狭い石畳の道を徐行していった。

「今日は買い食いもオッケーなんだし、焦って決めなくてもいいんじゃない?」

 踊り出しそうな早苗の背中に、意澄はのんびりした口調で投げかける。

「確かに!買い食いもしたいけど、十時過ぎないとお店開かないよね······?」

 残念そうに言う早苗は、食べることが大好きなのだろう。意澄も美温も小春もコトナリヌシであるため普通の人よりも空腹になりやすいのだが、彼女達以上に早苗は食事を楽しみにしている。毎日二時間目が終わると軽食を取っているが、そのときも楽しそうだ。

(もしかして早苗も······)

 意澄の頭を疑念がよぎるが、

「お、こっからいよいよ自動車進入禁止区域!マジの白蔵地区って感じだね!」

(············それはないか)

 幼子のようにはしゃぐ早苗を見て、意澄は疑念を振り払った。

「遊ぶ前に、まずはちゃんと学習活動ミッションをやらなきゃだね」

 美温が言い、一同は角を曲がる。

 そこには、白壁の蔵屋敷が建ち並ぶ、歴史を感じさせる街並みが広がっていた。街の真ん中を天領川の支流である真金まかね川が貫き、その両岸には見事に咲き誇ったフジの花がどこまでも続いている。多くの蔵は中が改装されており、軽食や雑貨やアクセサリー、床屋に花屋に畳屋など、多種多様な店が軒を連ねていた。意澄達の横を人力車が通りすぎ、川では渡し舟の接近にも動じない白鳥の親子が悠然と泳いでいた。

「『天領市を代表する観光名所・白蔵地区』」

 美温がすぐ傍にあった立て看板を読み上げる。

「『古代より、天領市一帯は海運・陸運両路の要所であり、旧国名の“真金”が示す通り製鉄も盛んでした。そのため江戸時代、幕府は貿易と貯蔵、さらには有事のための武器の製造もできるこの地域を直轄地としました。幕府直轄地は“天領”と呼ばれ、それが市名の由来になったのです。幕府の役人だけでなく商人も集ったこの地には、年貢米等の保管のための蔵がいくつも建ち並び、東西4㎞南北3㎞に広がる、白壁が映える美しい街並みを造りあげました』······ごめん、読んでるとキリがないね。でもこれスライドに使えるから写真撮っとこうか」

 そう言って、美温はスマホで立て看板を写真に収めた。

 意澄達が目指している藤高神社は、藤高山という白蔵地区の北東に位置する、標高100メートルにも満たない背の低い山の頂上にある。藤高山はその名の通りフジの花に包まれた山で、原因は不明だが三年前の豪雨の後から一年中花が咲くようになり、復興のシンボルとしても知られている。

「お、鳥居だ」

 言いながらくぐろうとする早苗を、小春が呼び止める。

「さ、早苗ちゃん、まずは境内に入る前に一礼だよ······」

「あれ、そっか」

 四人は横に並んで、息を合わせてお辞儀をした。それから、鳥居の真ん中を通って本殿まで続く石段に踏み出した。

「······真ん中通っていいんだっけ?」

「え、マジで?意澄、そういうの先言ってよ」

「確かに言われてみれば何か真ん中って偉そうな感じするね。どうなの小春ちゃん?」

「ご、ごめん、わたしもテレビで知ったにわか知識だから······へ、変なこと言ってごめん」

「いいよいいよ、わたしもよく知らないし。まあ、その程度で怒るほど神様の器は小さくないって信じようよ」

 意澄が言うと、他の三人もまあいっか、と呟いて石段を遠慮なく上り始めた。日本の高校生の宗教観は、そんなものだった。

 そして三分後。

「み······みんな············ま、待って··················」

「あはは、小春ちゃん、もうちょっとだよ!」

 息も絶え絶えの小春を、一足先に上りきった美温が明るく励ました。意澄と早苗は小春が追いつくのを待ち、意澄が手を取って前から引っ張り、早苗が腰に手を当て後ろから押し上げる。

「も······もう············無理··················」

「お疲れ小春ちゃん。もう着いたから大丈夫だよ」

 上りきるや否や小春は手を膝につき、肩で息をする。大したことのない階段だと思っていたが、意澄も一発目からやけに疲れてしまった。しかもこの神社は藤高山の山頂付近が平たい地形をしているため、歴史的な史跡を全て見て回るにはかなり広い。

「小春ちゃん、大丈夫?こっからまたちょっと歩くけど」

「の······上りじゃなければ大丈夫······な、何でこんな山の上に神社を······?」

 小春が思わず愚痴ったとき、三十歳を少し過ぎたぐらいの神職の男性がちょうど通りかかってこちらに目を向けた。

「す、すみません、悪く言うつもりは······」

 小春が謝ると神職の男性は穏やかな顔で、

「いえいえ、構いませんよ。山の上にあるのは事実ですし。それより君達、第一高校の生徒ですよね?この時期になると毎年お参りしてくれるからわかるんですが、一か所目にここを選ぶとは通ですね」

「あはは、何も考えてないだけです」

 美温がはにかむと神職の男性は微笑んで、

「いえいえ、朝早いと参拝客の方も少なく時間があるので、この神社にある史跡の説明をする時間ができるんですよ」

「史跡の説明······?」

 意澄が言うと神職の男性は、

「はい。私は大伴おおとも宗治そうじといいます。どうでしょう、もしよろしければ、お喋りな私の話に付き合っていただけませんか?」

「はい、ぜひよろしくお願いします。みんな、いいよね?」

 美温の質問に、皆うなずいた。それを受けて大伴は語り始める。

「まず、なぜこの山の上に神社があるのかですが、それは2300年前に遡ります」

「············へ?そんな昔?」

「ええ、これを聞くと皆さん驚きますが、藤高神社にはそう伝わっています。真金大学や天領文化財センターの学者さん達はまた違った意見をもっているようですが、これからお話しすることはあくまで神社の言い伝えであって学術的な説ではないことを踏まえてお聞きください」

 不意に真金大学の名前が出て、意澄の心臓は跳ねた。真金大学の古代史学者といえば、意澄の父である御槌和矢だろう。和矢は仕事のことをあまり家庭にもち込まない父親であったが、今になってもっと話を聞いておけば良かったと意澄は後悔している。

「今からおよそ2300年前、真金国まかねのくにには恐ろしい妖術と凄まじい怪力をもった鬼の兄弟が住んでいて、暴虐の限りを尽くして人々を苦しめていました。真金の人々はヤマト皇権に助けを求め、それに応じて皇権から藤高命フジタカノミコトという勇猛な皇子が派遣されました。藤高命は改心した鬼の弟であるオウニと協力して鬼と戦いました。鬼は虎に変化して命に襲いかかりますが、命は使い手に力を与える神々しい槍を用いて鬼を一刺しにしました。鬼は今度は鳥に変化して逃げようとしますが、命は放てば必ず当たる不思議な弓矢で鬼を射止めました。それが現在正月三が日にこの神社で行われる『矢立やたての神事』のルーツですね」

 大伴に案内され、意澄達は大きな鳥の形をした的の前を通る。この的に矢を放ち、当たった場所によってその年の吉凶を占うのだ。

「川に落下した鬼は今度は亀に変化して逃げようとしますが、命はどこまでも伸びる特別な銛で突いて捕らえました。この特別な銛とされるものは現在天領文化財センターに所蔵されていますので、ぜひ見に行ってみてください。そして鬼は蛇に変化して銛から逃れ、妖術を使って反撃しますが、藤高命は妖術を断ち切る聖なる刀を用いて鬼を追い詰め、ついに真っ二つに斬ってしまいます。ところが、鬼が刀に付着した血から自らの分身をつくり出そうとしたため、命は刀を岩に突き刺して鬼を封じ込めました。それがこの『突刺岩つきさしいわ』ですね」

 五人の前には、その名の通り刀が突き刺さった意澄の胸元ぐらいの高さがある大きな岩があった。2メートル手前から注連縄で囲まれていて近づけないようになっている岩は光沢のあるプラチナ色で、とても刀が入るとは思えない。そして、この岩の前に立ってから、意澄は背筋が凍るような悪寒を覚え、息が詰まるような胸苦しさを感じていた。

(何か······嫌な感じがする。それに、光沢のあるプラチナ色の岩······?)

 意澄が不思議に思っていると早苗が、

「でもこれ、岩っていうより金属に見えるんですけど」

「ええ、私もそう思います。ですが、これに触れると鬼が目覚めてしまうという言い伝えがあるため、長い間調査が行われていないんです。一度調べてみようという話になったんですが、三年前の豪雨でうやむやになってしまいました」

「そうだったんですか······それで、言い伝えはどうなるんですか?」

「ええ、その岩からうなり声が止まずに真金の人々は困っていたんですが、ある日藤高命の夢に鬼が現れ、『妻が不自由なく暮らせるようにしてほしい。そうしてくれればお前にこの地を譲ろう』と言いました。そこで命がアソという鬼の妻をヤマトに招いて城を与えると、うなり声は止んだそうです。その後藤高命はこの山に居館を構え、勇猛で誠実な命を真金の人々は慕い、命の死後居館の跡地にこの神社を建立したということです」

「へえ······暴虐な鬼でも愛妻家だったって、何か素敵。ってか途中から弟どこいったんですか?」

 早苗が気軽にツッコむと大伴は苦笑いして、

「全くその通りなんですが、そこは言い伝えですから、時間が経つうちに脱落した部分もあると思いますよ」

 と穏やかに言った。気がつけば美温も小春も黙っていた。話に集中しているのもあるだろうが、どこか苦しそうな表情だ。

(『妖術を断ち切る聖なる刀』······妖術ね。それに鬼には怪力もあるって。そしてわたしだけじゃなく、美温も小春も苦しそう。これってもしかして······)

 意澄が考え込んでいるのをよそに早苗が、

「藤高命とかオウニとかアソとか名前があるのに、鬼は『鬼』なんですか?」

「鬼に関しては、藤高神社の言い伝えには人名らしい名前があったという話はありません。学者さんの間では人名があったとも言われていますが······藤高神社には、人名らしくはないんですが、このような呼び名が伝わっています」

 小春がおもむろに後ろへ下がり、突刺岩から離れた。美温がそれに気づき、意澄を見やる。二人もやはり嫌な感覚をもっていたのだろう。

 そして、大伴が言った。




「『コトナリヌシ』······というものです」




〈つづく〉

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