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【小説】キヨメの慈雨 第二十五話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。






「意澄ー!無事じゃなかったろうけど無事で良かったー!」

 四月二十三日、午前九時五三分。御槌みづち意澄いずみが生活研究部の新人歓迎会のために天領第一高校の調理実習室に入ると、速見はやみ早苗さなえが抱きついてきた。

「ホントに大丈夫?痛いとこない?」

「大丈夫だから、ねえ大丈夫って言ってるでしょ。こら、痛いとこを探るフリしてやらしい手つきをするな!」

 腰裏から下をまさぐろうとする早苗を振りほどいてその脳天にチョップを入れ、意澄は健在ぶりをアピールする。

「い、意澄ちゃん、元気そうで良かった······」

 そう言う若元わかもと小春こはるも頭を押さえる早苗も、既にエプロンを着ている。

「あたしも嬉しいよ、意澄ちゃんがすぐに退院できてさ」

 意澄の到来を喜ぶ少女がもう一人。艶のあるダークブラウンの長髪を今日は団子に縛り、三角巾を巻いている背の高い少女だ。そしてその少女は、意澄が入院する原因の一つになった人物でもある。政本まさもと美温みおだ。

 意澄を叩きのめしたうえで、何の曇りも無い笑顔を向けてきた張本人。その美温からの言葉に意澄は、

「うん。ありがとう、美温」

 何の敵意もなく言った。

 才色兼備の、誰からも好かれる優等生。早苗や小春からしたらそう見えるだろうが、意澄はそうではない美温の一面を知っている。だが意澄には、だからといって皆が知っている美温が偽りだとは思えなかった。どちらの面も、本当の政本美温なのだと思った。だったら、友だちとして本当の美温を受け入れれば良い。意澄はそう考えていた。

「それにしてもさ、アイドリングストップで本当に爆発って起こっちゃうんだね」

 早苗が唐突に言うと小春が、

「そ、そうだね。こ、コンビニとかサービスエリアに『エンジンを切ろう』みたいな看板があるのを見るけど、こんなことになるんだから、ちゃんと切らなきゃ駄目だね」

 アイドリングストップ。自動車どころか法的にはもうすぐ免許を取れるのに予算の無さから原付バイクにすら手を出せない高校生には、身近な話ではない。それなのに突然始まった話題についていけず、意澄は思わず尋ねる。

「えっと、二人とも急にどうしたの?何、アイドリングストップって?」

「ち、駐車場でエンジンをかけたまんま停めておくやつだよ」

「ごめんそれはわかるんだけど······何でその話に?」

 すると早苗と小春は顔を見合わせて、

「意澄、ホントに大丈夫?」

「し、ショックで一時的な記憶喪失とか、トラウマになっちゃって封印してるとか······?」

「いや、それはないよ。たぶん。ねえ教えて、アイドリングストップとかトラウマとか、何の話なの?」

 意澄が訊くと、早苗は心配そうに意澄を見つめながら言った。




「意澄は、モルの駐車場でアイドリングストップしてた車の爆発に巻き込まれて気を失ったんだよ?」




「············へ?」

「倒れてるあんたを美温が介助して、救急車も一緒に乗ってくれたんだよ」

「み、美温ちゃんがいてくれて、良かったよ」

「そんなそんな、あたしはできることをしただけだよ」

 美温はさりげなく言ってから、唖然としている意澄の視線に気づくと片目を瞑った。

「そ、それにしても、何台も連鎖的に爆発して、よく意澄ちゃん生きてたね。や、やっぱり、ひ、日頃の行いがいいからかな······」

「······何台も?」

「そうだよ。意澄、危ないとこだったんだから」

 それを受けて意澄が改めて美温を見ると、彼女はまた片目を瞑り、さらに人差し指を薄い唇に当ててかわいらしく笑った。

 美温の能力は何だったか。やけに強固な傘に猟銃に半月刀、そして警棒スタンガン。様々な武器を創出することだ。ならば、爆弾だってお手のものだろう。意澄のダメージの言い訳をするために、停めてあった手頃な車を爆発させたに違いない。そうすれば、自らの別の一面を隠すことができるのだから。何台も爆発させたと言っていたが、倒れていたはずの加稲や米原はどうなってしまったのか。美温は明るく微笑んだまま何も答えない。

「············美温、もっと真面目な子かと思ってた」

「「············??」」

 意澄が呟き、早苗と小春がまたも顔を見合せ、首を傾げた。そんな三人を、美温は目を細めて見つめていた。






 契約書に今回の依頼人の署名があるのを確認し、花村はなむらのぞみは書類を封筒に入れた。真っ赤なジャケットとパンツに真っ白なインナー、何本も編み込まれた茶髪という異質な恰好も、何人たりとも文句を言えないほど彼女に馴染んでいた。しかしそれはファッション雑誌のモデルとしての違和感の無さであり、営業員としてはやはり異質であった。

「では、契約内容をご確認いたします。時間は四月二十八日の金曜日、午前九時〇〇分から終日。場所はここ、白蔵しらくら地区一帯。業務はお客様の警護及びお客様の活動の隠匿。派遣人数は二人。より詳細な契約内容については先ほどご説明しました通りですので、ぜひもう一度お客様の方でも書類をご確認ください」

 上司からは契約内容の確認をしっかり行えと釘を刺されているが、花村は軽く流した。なぜ相手も合意していることを改めて確認しなければならないのか、理解ができないからだ。

「わかりました。当日はよろしくお願いします」

 相手もそれを感じているのか、単にこういったことに不慣れなのか、早めに打ち切ってしまった。むしろ花村にとっては好都合だ。

「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 花村は席を立ち、深々と頭を下げてから退室した。パンプスだと若干歩きづらい石段を下り、早足で白壁の街並みを突っ切る。自動車進入可能区域まで出ると、福富グループのロゴがプリントされた迎えの車を即座に発見し、助手席へ乱暴に乗り込んでフルパワーで閉扉した。

「ああクソッ!クソクソクソクソクソッ!なんで私が毎回こんな面倒なことをしなきゃいけないんだクソ企業が!」

 春の陽気の中では邪魔な上着を脱ぎ去り、溜まっていた不満を吐き捨てる。

「まあまあ、そう言いつつも望さんは毎回よく頑張ってますよー。この役割は望さんにしかできないことじゃないですかー」

 運転席に座る若い女性が、おっとりした口調でなだめる。

「どうして私じゃなきゃいけないんだ、契約ぐらい誰でもできるだろ。私にとってニコニコしながら敬語使って背筋伸ばしとくって、これ以上の苦痛は無いんだが!」

「ですけどー、契約書を交わせるぐらいのオトナの女性は望さんしかいませんよー」

「何で『女性』に限ってるんだ······って思ったけど確かにウチの男達じゃ駄目だな。唐沢からさわはガキだし、雲野うんのは私達とですら会話できないしな。よし更級さらしな、次からはお前が行け」

「ええー、わたしもまだ十九ですし充分ガキですよー。やっぱり望さんしかいませんってー」

 すると花村は舌打ちして、

「事務処理要員ぐらい寄越せないのか、福富グループクソきぎょうは。人手不足という訳でもないだろうに」

「やっぱり、コトナリに関わってるっていうのは普通の社員には知られたくないんじゃないんですかねー。特別企画室わたしたちの存在すら知らない社員だって、たくさんいるでしょうし。市役所の特民室に詰め寄られたときだって、社長はシラを切ったらしいですよー」

「チッ、コトナリの存在など明かしてしまえばいいのに。一族経営にしがみつくアホどもが、いつまでこの街の王族でいるつもりなんだ」

 更級が運転する車の窓の向こうにある、ツタが這う煉瓦造りの豪奢な建物を見て花村は忌々しそうに言った。

 アイビーキャピタル。この街が福富家及び福富グループによって発展してきたことを物語る、天領市への観光客のほぼ全員が訪れる白蔵地区の中でも一二を争う観光スポットだ。かつては紡績工場として稼働し、現在は資料館兼飲食・宿泊施設となっている。花村も学校での地域学習等で、子どものときから何度も訪れている場所だ。そして、今は子どもの頃のような純粋な気持ちで眺めることができない場所でもある。

「望さん」

 花村の心情など関係なく、更級がおっとりした声で呼ぶ。

「今回の仕事、誰がいくんですかー?望さんは確定としてー、依頼人を何から護衛するのかによってメンバー変わりません?」

「いや、護衛といっても今回は誰が狙っているというものじゃなくて、念のため味方のコトナリヌシが欲しいらしい。依頼人のやることを邪魔されないように。依頼人の目的が達成されればたぶん死人が出るが、それもサポートチームが上手く隠してくれるだろう。楽な仕事だから、誰がいっても大差無い」

「じゃあ、わたしがいきますよー。それにしても良かったですねー、コトナリの力による死人が出るんなら、望さんの目的にも近づくじゃないですかー」

「ああ、だといいな。だが······」

 花村はこめかみを指で揉みほぐしながら、

「やはり新たなメンバーが欲しい。それも、コトナリの事情を知っていて尚かつコトナリヌシではないやつが。でなければ、道具が揃ってもやりようがないままだ」

「あと、もう一つ条件がありますよねー?」

「······?」

 花村が不思議に思っていると更級がニヤリと笑って、

「契約にいってくれる人」

「······確かに。それが最優先事項だ。だけど、ちょっと欲張りすぎか」

 言って、花村も笑った。




 


 各学年から一人ずつ出して三人グループを四つ作り、それぞれが作った料理を持ち寄ってテーブルについている。各テーブルで話が弾んでいるようだが、意澄のテーブルは中でもうるさかった。

「そこで俺達四人はッ!伝統ある生活研究部を廃部の危機から救うためにッ!運動部と掛け持ちながら活動する決意をしたのだったッ!!」

 アツく語りきった筋骨隆々の男は源田げんだ千勝せんしょう。野球部で四番バッターを務めながら生活研究部でも活動している。他の三年生も皆男子で、運動部との兼部だ。なぜそうなったかという経緯を流暢に熱弁され、意澄は思わず拍手していた。

「············拍手しなくていいから。長い時間かけて喋ったことをまとめると、『顧問の上島うえしま先生が美人だから入った』ってことだからね?アホでしょホント」

 呆れながら言うのは二年生の鳥羽とば天音あまね。生徒会執行部にも入っている少女で、美温の知り合いらしい。

「は?おい鳥羽ッ、お前さっきの話をどうまとめるとそうなるんだよッ!!いいか、正確にまとめると『俺は中学の頃、四番打者として戦った県大会で準優勝だった。いろんな高校からスカウトが······』」

「それまとめじゃないし!また最初から喋るつもりですか!」

「いや、でもお前の雑なまとめの印象が御槌に残ったらどうするんだよッ!!いかに上島先生が素晴らしいかが伝わらないだろうッ!!」

「結局上島先生に釣られた話だし!」

「······お二人、仲いいんですね」

「「どこがッ!!!」」

 意澄が言うと、源田も鳥羽も強烈に否定した。やっぱり仲良しじゃないか、と意澄は心の中でツッコむ。

「わたし達のことはどうでも良くてさ、意澄ちゃんの話を聞かせてほしいな」

 鳥羽に話を向けられ、意澄は非常に困った。没個性にとってこういう状況は最大の難関だ。コミュニケーションが苦手な人なら相手もそれを察して話を向けないでいてくれるが、没個性はなまじ会話がスムーズな分こういったことに陥りやすい。相手の話に応じることはできても、自分について話すことができないのだ。もっと正確に言えば、話すネタが無い。

「えっと······」

 意澄が言い淀んでいると源田が、

「別に過去のことでなくてもいいッ!近いうちに何か楽しみなこととかはあるか?」

 暑苦しく、それでいて的確に助け舟を出してくれた。

(すごい、先輩の余裕だ!さすが三年生······)

「そうですね······あ、一日校外学習とかですかね」

 感心し、感謝しながら意澄は言った。

「あぁあれね、わたしも去年行った!白蔵地区を回るやつ!」

「住んでいると意外に気づかないことにも気づくことができて、かなり楽しいぞッ!今年の一年はいつ行くんだ?」

 どうにか話を展開できそうなことに意澄はホッとしつつ、答える。




「えっと、二十八日です。次の金曜日」




〈つづく〉


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