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【小説】キヨメの慈雨 第二十四話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。





(··················わたし、生きてる?)

 意識を取り戻した御槌みづち意澄いずみが真っ先に思ったのは、そのことだった。政本まさもと美温みおとの戦闘からどれだけの時間が経ったのだろうか、窓の外は既に暗い。

(窓······?)

 そこで意澄は、自分が立体駐車場からどこかの部屋に移されていたことに気がついた。少しだけ消毒のにおいがする。手の感触からして、柔らかい布団に寝かされているようだった。身を起こすと、どうやら病院の個室にいるらしいことがわかった。時計に目を向けても暗くてよく見えないが、短針が11を指していることはわかる。

「意澄······!」

 声がする方を見やると、看護服を着た母の御槌みづち凪沙なぎさが安堵の表情を浮かべていた。ここは凪沙が勤める天領市民病院のようだ。

「良かった、ホントに良かった······お母さん、心配だったんだよ。意澄が目を覚まさないんじゃないかって」

 凪沙は意澄を抱き寄せ、声を震わせた。もう背を追い抜いているのに、凪沙の体はどこまでも大きく感じられた。母親を泣かせているのに、どこまでも深い安心感に包まれていた。

「お母さん」

 申し訳なく思いながら、意澄は言葉を紡ぐ。

「わたし、お母さんを放ったらかしにして目を覚まさないとか、そんなことしないから。だって、わたしの家族はお母さんしかいないんだよ」

「······意澄」

「お母さんには、親もきょうだいもまだいる。だけど、わたしにとっての家族はもうお母さんしかいない。だから、お母さんを放って先に死ぬとか、そんなことはしない。あのとき・・・・、そう約束したでしょ」

「············そうだったね。さすが意澄、孝行娘だ」

 優しく微笑んで、凪沙は意澄からそっと離れる。目元を拭ってからやけに猫なで声で、

「御槌さーん、検査にいきますよー。頭と体に異常が無いか、チェックしましょうねー」

「······何それ、お母さん仕事中いつもそんな感じなの?」

「そんなって言うなそんなって!優しい声で患者さんの警戒感をなくすのは看護師の必須スキルだからね!」

「そんなこと言うんだったら、患者に怒鳴るなよ······」

「うるさい、これは親としての教育的指導」

「ええ······」

 困惑しながら意澄は凪沙のあとについていき、病室を出る。

 初めて歩く深夜の病院は、見知らぬ街のようだった。きっと、仕事場にいる母を見慣れていないせいだろう。

「とりあえず頭から調べよっか。普通に歩けてるみたいだし」

 そう言って凪沙はエレベーターのボタンを押す。意澄がいるのは三階で、検査室は六階にあるようだ。十階に停まっているエレベーターが降りてくるまで、二人はしばし無言だった。

 凪沙は意澄に何があったのかを尋ねなかった。何も訊かないでいてくれたのは不思議ではあったが、ありがたかった。それでも何となく落ち着かなくて、逆に意澄から尋ねてしまう。

「わたし、どうやって運ばれたの?いやまあ、それは救急車なんだろうけどさ、そうじゃなくって誰が通報してくれたの?」

 すると凪沙はたしなめるような声色で、

「意澄、友だちに感謝しなさい。通報したあんたの友だちがすぐに応急措置してくれたおかげで、大事にならずに済んだんだから」

「そうだったんだ······」

「名前、なんだったけな。後でちゃんとお礼言っときなさいね」

「うん······誰?早苗?小春ちゃん?」

「いや、違う。えーっと······ああそうだ、思い出した」

 ポーン、と間延びした音がして、エレベーターの扉が開く。

 そして凪沙は言った。




「美温ちゃん。政本美温ちゃんだよ」






 諸々の検査を終えてナースステーションで凪沙と別れた意澄が個室に戻ると、既に日付が変わっていた。四月二十三日、午前〇時十二分。検査の結果どこにも異常はなく、明日の朝には退院できるらしい。さっきまで気を失っていたが、それと睡魔とは別だ。意澄はベッドに入り、目を閉じる。

(······そういえば、チコと出会ってからよく眠れるな)

 そう思って、意澄の胸に悲しさが込み上げる。

(わたしは、美温に負けた。コトナリヌシが、コトナリヌシに負けた。そうしたら相手のコトナリに自分のコトナリは食べられる。合一した状態でわたしは意識を失ったからどうなったのかはわからないけど、わたしの髪は元に戻ってた。たぶんチコは、美温のコトナリに······)

 チコと共に過ごした時間は、意澄のたった十六年にも満たないこれまでの人生の中でも、さらに短いものでしかない。それでも、意澄の中でもはやチコはいて当たり前の存在になっていた。チコを失った事実に、一人きりの意澄は押し潰しされそうだった。

(······なんか、こんな感覚、久しぶり。お父さんが死んだときも、こんな感じだった)

 意澄のこめかみを、一筋の涙が伝った。一滴しか、涙は出なかった。

「·································チコ」

「どうした?」

「··················へ?」

 ポツリと呟いたら、返事があった。それも、かなり鬱陶しそうな声で。

「······何で、チコがいるの?」

「何でも何も、お前が私を呼んだのだろうが。別におかしなことはあるまい」

「······ホントにチコ?これ、夢とか幻覚じゃなくて?」

「どうしたお前、まさか私が美温のコトナリに食われたとでも思っていたのか?」

「············うん」

 するとチコはため息をついて、

「鈍いぞ。コトナリヌシなら自分のコトナリの所在ぐらい感じ取れ」

「······言ってること無茶苦茶じゃない?」

「そうか?用がないならもう寝るぞ。お前も寝ろ」

 そう言ってチコは湯気のように消えていきそうになる。それを見て意澄は慌てて、

「待って!」

「何だ?夜中なんだから大声を出すな」

「あぁごめん。それで、その······どうして美温はチコを見逃したの?というか、どうしてわたしは生きてるの?」

「それはね」

 開かれた扉から、明るい声が聞こえた。

「美温······!」

 扉が閉まる。政本美温と、同じ部屋にいる。

 意澄の心身に一気に緊張が走った。対照的に美温はゆるりとした動作でベッドの傍らに置いてある丸椅子に腰掛け、

「意澄ちゃん、するなって言う方が無理だろうけど、緊張しないでね。あたしもTPOは弁えてるから」

「······でも」

 意澄が尚も身構えていると美温は勢いよく立ち上がり、首裏を掴んで唇が触れ合いそうなほど近くまで意澄を引き寄せた。洩れる吐息と揺れる長髪から放たれる甘美な匂いが、意澄に全身の痛みを思い出させる。

「意澄ちゃんがその気なら、あたしはいいけどね」

「··················!」

 何も言えなかった。ただ、唾を飲み込むことしかできなかった。それを見て美温は明るく笑い、意澄の首を放した。

「なんてね、冗談ジョーダン。昼間はつい我慢できなくなっちゃったけど、本当はまだ意澄ちゃんと戦う気はないから」

 美温は丸椅子に座り直し、枕の脇にある小さな明かりを点けた。暗闇の中に美温の顔が浮かび上がる。その頬には痣や擦り傷があった。意澄と戦ったことでできたのだろうか。行儀良さからか長い脚を組むことはせず、ぴたりと揃えて太ももの上に手を乗せていた。

「我慢できなくなった······?どういうこと?」

「それはね······ちょっと変な話なんだけど」

 美温は照れたようにはにかみながら、

「あたし、精進みたいなことしてるって話、前にしたよね?戦うことだってその一環。でも、それが楽しくなっちゃってさ。あの豪雨の原因になったコトナリを倒すために必要なことをしてると、すごくドキドキするの」

「······うん」

「あれ、ドン引きしてる?」

「してないよ」

「ホント?まあ、意澄ちゃんがあたしのこと嫌いになっても、あたしは意澄ちゃんが好きだからいいけどさ。それでね、何か気づいちゃったの。あたし、戦うのが好きなんだなって。でも戦うことと精進全体って、わりと相反してるんだよね。だから、戦うのは我慢してた。ときどきコトナリヌシが悪さしてるっていう情報を掴んだら、そいつらをぶっ飛ばして発散してたの。でも縄のやつは意澄ちゃんに譲っちゃったし、その意澄ちゃんが何か最初から強いくせにまさかの合一までできるようになっちゃったから、我慢できなくなっちゃって。何か日下部とかいう人と戦ってみたけど、あんまり強くなかったから余計だね」

「······そうなんだ。じゃあなんで、わたしやチコを見逃したの?」

 すると美温はキョトンとした表情で、

「だって、意澄ちゃんを殺したりチコちゃんを食べたりしたら、あたしと戦ってくれる人がいなくなっちゃうじゃん」

「······それだけ?」

「それだけって言ったら変な感じだけど······言ったでしょ、意澄ちゃんが好きだって。意澄ちゃんが死んじゃったら嫌なの。自分の手で殺すなんてもっての外だよ」

「はあ······」

 曖昧に応じながらも、意澄は一番確かめたいことを率直にぶつける。

「美温、あなたは今後、わたしの周りの人達を危ないことに巻き込む気があるの?」

「それはないよ」

 美温は、はっきりと断言した。だがすぐに表情を崩して、

「意澄ちゃん、そこは普通『わたしを危険に巻き込むな』とか言うところだよ」

「······えっと、そこはあんまり大事じゃないかな。美温がわたしの経験値のためにわたしの周りの人達を巻き込まなければ、それでいい」

「······じゃあ、意澄ちゃん自身は危ないことになってもいいの?」

「いいよ」

 今度は意澄が断言した。美温はわずかに目を丸くして、

「なんで?」

「だって、美温の目的にはわたしが必要なんでしょ?だったら、わたしが美温から離れたら美温が目的を叶えられない。だから、美温のためにわたしが危ないことになるのは、まあいいかな。それに······」

 意澄は美温をまっすぐ見つめて、

「わたしは、そのコトナリが、そのコトナリヌシがどうして豪雨を起こしたのかを知りたい。わたしのお父さんも含めた、たくさんの天領市の人達をどうして殺したのかを知りたい。倒す倒さないは別にして、それをそいつに問い質したい。だから······」

 意澄は美温の手を取った。

「わたしと美温の目的が一致するなら、美温に協力するよ。現状、手がかりはあなたしかいない。頼れるのは美温しかいない」

 そのとき。

 美温は、本当に嬉しそうに笑った。意澄と戦っているときよりも、さらに明るく、さらに大きく。

「······意澄ちゃん、やっぱおかしい。でもそこが最高」

「そうかな。美温がそう言うんなら、そうかも」

 眼を合わせて、二人の少女は笑い合った。

「ふぁ~、何か眠い。そういえば美温、おうち帰らなくていいの?」

「あれ、意澄ちゃんそういうこと言っちゃう?ひとの地雷を的確に踏み抜いていくんだね」

「え、マジで?ごめん」

「あはは、いいのいいの。意澄ちゃん、気にしないでね。早く寝ちゃいなよ、あたしもちょっとしたら帰るからさ」

「うん、そうする。じゃあおやすみ、美温」

「おやすみ、意澄ちゃん」

 意澄は目を閉じ、すぐに眠りに落ちた。寝息を立てる穏やかな横顔を、美温は愛おしそうに眺める。

 そして、




「で、黙っておいた訳だけど」




 美温が言うと、ベッドの隅にチコが現れる。その表情は堅い。

「これで良かったんだよね、チコちゃん?チコちゃんが意澄ちゃんの意識と体を乗っ取ってあたしの半月刀を受け止めたこととか、その後であたしと戦って痛み分けにもち込んだってことは、意澄ちゃんには知られたくなかったんでしょ?」

「黙っていたのは好都合だが······何が目的だ?お前の真の目的は何だ?」

 チコが顔を強張らせて尋ねると、美温は楽しそうに小さな笑い声を出しながら立ち上がり、

「ちょっとサービスしようかな」

 衣服の裾に両手を掛けた。

「繰り返しになって悪いんだけど、あの豪雨の原因のコトナリを倒すためだよ。それ以外の目的はない。意澄ちゃんの成長だって、その手段に過ぎないから」

 言いきった後で、美温は服を一気に捲り上げて脱ぎ去った。古代地中海彫刻アートを彷彿とさせる美しさと現代日本娯楽サブカルを体現したような艶かしさを併せもった身体が、夜闇の中で輝く。だが、その光に濁りが生じている箇所がいくつもあった。

 例えば、その均整の取れた長い腕。例えば、その豊かな双丘を擁する目映い胸元。例えば、芸術的なくびれを描く引き締まったウエスト。それらのあちこちに黒い痣が、赤い腫れが、鋭い切り傷が。浮き上がり、広がり、刻まれている。一時的に意澄を乗っ取ったチコとの戦いによるものだ。

「それに、意澄ちゃんだけじゃなくてチコちゃんも含めてボーナスキャラだから」

 告げて、美温は妖しく微笑んだ。

 直後。

 美温の全身の痣が、腫れが、傷が、消えた。絵の具で下地を塗り潰すように、スムーズに消えていった。

「············!?」

 驚愕するチコを見て美温は満足げにうなずき、服を着る。それから枕元の明かりを消して、

「またねチコちゃん、意澄ちゃんをよろしく」

 静かに扉を開け、病室から遠ざかっていった。

(何だあれは、意澄と戦ったときはおろか、私とやり合ったときにも見せていない能力だぞ!単に武器を生成する能力ではないのか!?)

 チコは混乱する頭で必死に考えを巡らせる。

(あいつの能力、武装型であることは間違いないだろうが、系統は何だ?岩鋼系か、電光系か?あいつは最上級のヌシだと言っていたが、最上級とは特定の系統を極めたコトナリのことであって型によるものではない。それに、あいつが創り出す武器は一つの系統に絞れるものではなかった。あれは一体······?)

 チコはさらに頭を動かす。

(それに、傷を消すのと武器には何か関係があるのか?傷を治す武器······?だがそんなようなものが現出した様子は無かった。まさか······)

 チコは先ほどまで美温が座っていた丸椅子を見つめ、一つの結論に行き着く。

(『重憑じゅうひょう』······複数のコトナリを取り憑かせているのか!?)

 そして眠りにつくとにやける癖でもあるらしい意澄の間抜けな寝顔に目を向け、ため息をついた。

(こいつも得体が知れないが······私は、得体の知れない者どうしの関係に突っ込まれてしまったらしいな)

 チコは沈む気分を上げるために、無理矢理目線をもち上げた。窓の外は暗く、夜の街の光がやけに遠く見えた。




〈つづく〉





【注意】
 何かまともぶっていますがチコもわりと得体が知れません。騙されないでください。

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