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【小説】キヨメの慈雨 第十七話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。





「バスロビ寄ろうよ、バスロビ」

 輸入食品店での買い物を終えた後、早苗が切り出した。

「アイス食べるの?これからスパゲッティ作るのに?」

 意澄が言うと早苗は、

「えーいいじゃん、アイスはアイス、スパゲッティはスパゲッティでさ」

「わ、わたしはバスロビ行きたい······」

「お、いいねえ小春。美温はどうする?」

「二人が行くならあたしも行こうかな」

「よっしゃ、これで三対一。ね、意澄も行こうよバスロビ」

「別にバスロビが嫌な訳じゃないんだよ、ただちょっと金欠で······」

 意澄が困った顔をすると早苗がスマホを取り出して、

「あたしバスロビのアプリ入れてるからさ、クーポンあるんだよね。結構ポイント貯めてるから15%引きになるやつあるよ。四人まで使えたと思うんだけど」

「ホントに?じゃあ行く」

 安いものに引き寄せられる貧乏学生な意澄なのだった。

 土曜日とはいえまだ十時半を少し過ぎたばかりなので、モルの中は空いていた。当然バスロビにも客がおらず、意澄達は待つことなく注文することができた。クーポンはシングルではなくダブルで頼まないと使えないらしく、昼食前だというのに四人は二つずつアイスを持っている。意澄が頼んだのは一番人気のチョコミントと二番目に人気のラブポジションバスロビだ。他の面々が攻めたフレーバーを注文しているのを見た意澄は、こんなことだから没個性なのだと実感した。

「うちのクラスってさ、三十九人しかいないじゃん」

 四人掛けの席でアイスをすくいながら、早苗が口を開いた。

「······確かにそうだけど、どうしたの?」

「他のクラスがちゃんと四十人いるのに、うちのクラスは三十九人。でも入試のときには定員割れはしてなかった。それで、ウチのクラスは女子二十人の男子十九人。おかしいと思わない?」

「言われてみればそうだね」

「でしょでしょ!それであたし考えたんだけどさ」

 早苗がもったいぶると、他の三人は早苗に顔を近づける。それを見て早苗は満足そうに口の端をもち上げて、



「転校生フラグだと思う」



「「「··················」」」

「えーっ!ちょっと何そのビミョーな反応!だってそうでしょ、というかそっちの方が盛り上がるじゃん!」

「さ、早苗ちゃん、判断基準は面白いかどうかなの······?」

「転校生ってそれはないんじゃない?だってウチ、県立高校だよ?」

「まあでも、あたしはとりあえず早苗ちゃんの考察を聞きたいな」

「よくぞ言ってくれました美温!他二人も見習って!」

「はいはい。早苗センセー、お願いします」

「ふっふっふ、よかろう。これは考察というか実体験なんだけどね、入試の面接のときあたしと同じ部屋だった男子が、どうも学区外受験っぽかったんだよ。しかも、帰国子女っぽいの」

「うんうん、それで?」

「それで、帰国子女といってもまだ日本には来られなくって、夏休み明けから転校してくるんじゃないかなって思ってるの。外国の年度替わりって大体九月だし、夏休みが長いでしょ?だから、日本に戻ってきたらスムーズに高校に通えるように、予め受験しといたんじゃないかって。ウチのクラスに一人分空きがあるのはその人が来るからなんだよ。ウチの高校、自称進だからグローバル化が何とかっていうの大好きでしょ?帰国子女の一人ぐらい受け入れられると思うんだよね」

「······っていう、さ、早苗ちゃんの願望?」

「願望じゃなくて主観的考察ね」

「どう違うのかあたしにはわかんないけど、早苗ちゃんが楽しそうで良かったよ」

「ちょっと美温?さっきの優しさはどこいったの!ねえ、意澄はどう思う?」

 意澄は熱で少し溶け始めたアイスをすくい取りながら、

「えっと、もし帰国子女の転校生が来るんだったら結構嬉しいかな。可能性は低いと思うけど」

「高いからね!絶対来るから」

 その後も来るかわからない転校生についてあれこれ言い合いながらアイスを食べた。一番最初に完食した美温が席を立ち、

「ごめん、ちょっとお手洗い行ってくるね」

「うん、ここで待ってるから」

 美温を待つ間に、三人はアイスを食べ終えた。しかし、五分経っても十分経っても美温は戻ってこない。

「······長いね」

「さ、早苗ちゃん、そこふ、触れちゃいけないんじゃ」

「いや、でも何か気になる。わたし、見てくるから早苗と小春ちゃんはここにいて」

 妙に胸騒ぎがして、意澄も席を立った。バスロビの店内から出て、トイレに向かう。

 女子トイレに入ろうとしたところで、出てきた清掃員とぶつかりそうになった。

(······男の人?まあ別にいい······いやちょっと嫌かも)

 清掃員はかなりがっしりした体格の若い男だった。中には様々な道具が入っているのだろう、人間一人が入れそうなほど大きな荷車を押している。男は意澄に軽く頭を下げた後、大股で歩き去ってしまった。

「美温、大丈夫?」

 意澄が女子トイレに入って呼び掛けても、返事が無い。それどころか、トイレは全て空いていた。

(入れ違いになっちゃったかな?)

 引き返そうとしたとき、ふと個室の中のトイレットペーパーが目に留まった。トイレットペーパーは残り少なく、その横の予備枠は空になっている。

(掃除したばっかりなのに······?)

 そこで意澄は、先ほどの清掃員を思い出した。あの男は、おそらく掃除などしていない。それならばあの大きな荷車には、何が入っていたのだろうか。もし、本当に人が入っていたら。それでもあの筋肉質な男なら、運ぶことが可能なのではないか。

(まさか美温、あの中に)

 考えすぎかもしれない。だが一度芽生えた不安を無かったことにすることはできない。意澄はすぐさまトイレから飛び出し、周囲を見回す。あの清掃員が意澄が来た方向とは反対の角を曲がるところだった。意澄は人目も気にせず走りだしながら、スマホを取り出して美温に電話をかける。しかし応答は無い。続いて小春に電話をかけると、コール二回ですぐに応答があった。

『も、もしもし、意澄ちゃん、どうしたの?』

「小春ちゃん、ちょっと美温が困ったことになってるかもなの」

『え、そ、それって大変じゃん、わた、わたしと早苗ちゃんも行った方がいいよね······?』

「いや、そこにいて。早苗と一緒にいてほしいの」

『ちょっと意澄?どういうこと?』

「あーっと早苗も聞いてたか。えっと······」

 早苗には事件や戦いには踏み込まないでほしい。意澄は少し表現を選んで、

「小春ちゃん、わたしは美温のことを何とかするから、そこで待っててね。小春ちゃんの力・・・・・・・が必要かもしれないから、何かあったら早苗を助けてあげて」

『······わ、わかった。わたしの力が必要になったら、が、頑張るね。意澄ちゃんも頑張って、き、気をつけてね』

 そう言って小春は通話を切った。

(······たぶん、伝わったよね)

 意澄はそう信じて、男を追いかける。男は清掃員の恰好をしていながらバックヤードへの入口には目もくれずに立体駐車場へとつながるエレベーターに乗り込んでいた。あの男が美温を連れ去っているという確証は無い。だが、あの男以上の手がかりも無い。

(何か最近追いかけっこが多いな、それも美温関連で!)

 思いながら意澄はスピードを上げ、エレベーターに滑り込もうとする。しかしそれに気づいた男がボタンを連打し、ドアを閉めてしまった。意澄はエレベーターの横の階段に目を向けるが、その場で立ち止まった。

「どうした意澄?」

 頭の上に現れたチコが尋ねた。

「いや、エレベーターがどこで止まるかを確かめたくて」

「······まさかお前、目立つことはするなよ」

「あれ、バレた?まあそれを言うならチコが頭に乗っかってる時点で目立つんだけどね」

 言う間に、エレベーターは一度も止まることなく屋上へ突き進んでいた。それを確かめた意澄はモルの外へ駆け出して、そびえ立つ五階建ての立体駐車場をその足元から見上げる。それから周りに人がいないことを確認して、

「じゃあやってみようか」

 靴底から高圧水流を一気に噴射した。

 フライボードと呼ばれるマリンアクティビティがある。それは肩幅より少し大きいサイズのボードに乗り、ボードの下から噴射される水圧で水上を飛ぶというものだ。 ボードはホースを通じて水上バイクと繋がっていて、水上バイクから送られる水圧で上昇する。意澄はそんな楽しそうなことをやったことはないが、テレビで観た様子を真似て、自ら発生させた高圧水流に押し上げられて屋上まで辿り着いた。バランスを取るのが難しそうであったが、そこはチコがサポートしてくれたようだ。急激な能力の使用によりぎりぎりと脇腹が痛むが、無視する。

 屋上に着地しようすると、目の前に車が停まっていた。ちょうど持ち主がドアを開けて後部座席に何かを乗せているところで、すぐ傍には大きな荷車があった。車の持ち主は、清掃員の服装をした筋肉質な男。後部座席に乗せられているのは、ぐったりとした様子の美温。

 意澄は何の躊躇もしなかった。上昇した勢いのまま突っ込み、脚を畳んでから男の側頭部を目掛けて即座に展伸する。ゴドッ!と激突音がして、男は力なく倒れ込んだ。

 着地した意澄は真っ先に後部座席に乗り込み、美温を抱き抱えて車から離れる。長身の美温を運ぶのはかなり難しかったが、それでも車から10メートルほど離れた店舗連絡口まで進んだ。美温を抱える腕には柔らかい感触だけでなく、病的なまでの熱さが伝わってくる。

「ごめん、こんなところに降ろして」

 忍びなかったが連絡口の外壁にもたれさせるように美温を降ろし、意澄は先ほど感じた熱の原因に気づいた。『高熱』の二文字が、珠の汗が浮かぶ美温の額に黒色で現れている。スカートから伸びる長い脚を見ると、同じように『脱力』と記されていた。おそらく、コトナリの力によるものだろう。

「美温、わかる?わたしだよ」

 意澄が呼び掛けると美温はうっすらと目を開けて、

「い······ずみ、ちゃん······」

 息を絶え絶えにしながらも安心したように、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に安心したのは、嬉しかったのは、むしろ意澄の方だった。それと同時に、美温を連れ去った男に怒りが湧いた。

「美温、ごめんね。ちょっと待ってて」

 意澄は美温の元をそっと離れ、先ほど蹴りつけた男へと向かう。側頭部に強烈な一撃を加えたため気絶したものと思っていたが、清掃帽が外れた、染めたことが一目でわかる茶色い髪の筋肉質な男は立ち上がっていた。かなり頑丈なのか、あるいは上級のコトナリヌシなのか。どちらにせよ意澄はもう一度気絶させるつもりだった。

 しかし。

 意澄と男との距離は十歩ほどあり、到底拳が届く間合いではない。それにも関わらず、男は拳を突き出した。直後、ドンッ!と肉を打つ音が生じ、意澄は後方へ吹き飛んでいた。腹に鈍い激痛が走り、2メートルほど転がってから意澄は立ち上がる。

(攻撃された!でもどうやって!?)

 男の正体は何なのか。なぜ美温を狙ったのか。どうやって攻撃してきたのか。わからないことが多いが、意澄は一つだけ理解していた。そして、それさえ理解していれば充分だった。

 戦いは既に、始まっている。



〈つづく〉

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