【小説】キヨメの慈雨 第十六話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)
↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。
↑前回の話です。
簡単。日下部幹也は今回の仕事をそう評価していた。別に自分の腕前を過信しているのではないし、自分の能力を誇っているのでもない。日下部の能力は事前に仕掛けた複数のビーコンに囲まれた区域に入った人間の体の動きを操作することだが、仕掛けたビーコンが少なければ効果は落ちるし、区域が広ければ操作は難しくなる。そのため彼は仕事を命じられると毎回、入念な現場調査と丹念な下準備を行うのだ。だが今回の仕事への評価は、そうした取り組みに裏打ちされたものでもない。
今回の仕事は、戦闘ではなく拉致。その対象は、素人の女子高生。しかも、その少女の通学路と帰宅時間までわかっている。日下部のやることは、通学路の中で最も人目につかない場所を探りそこに誰にも気づかれないようビーコンを設置していくことと、体の自由を奪った少女を素早く拘束して連れ去ることだけだ。
(この辺りは夕方になると暗くなってくれるのが好都合だな。さっさと終わらせて、加稲達と飯でも行くか)
日下部は少女の到来を待ちながらそう考えていた。組織からの報酬は危険な仕事ほど高くなるが、今回の仕事は難易度のわりに高額だった。その金で同じ組織の一員である加稲達と焼肉に行くつもりだったが、最近彼は付き合いが悪いことが気がかりだった。
(金欠なのかな、あいつ。いや、もしかして女か······!?誰だ、米原か、塩野木か?いや、でも米原はあいつにそんな気はなさそうだし、塩野木は加稲みたいなバカっぽいやつ興味無さそうだしな······というかあり得ないだろ、おれより先に加稲に彼女ができるとか)
路上駐車した車の運転席で、日下部は一人顔を強張らせる。日下部はいかにも免許取り立てという年齢に見えるが、彼が乗る車は初心者向きではない大型車で、外側から中の様子がわからない特殊なガラスが窓に使われていた。
(お、来たか)
道の向こうに、今回の対象が現れた。日本人の女子高生にしては背が高く、身長は170センチほどある髪の長い少女だ。少女は日下部が仕掛けたビーコンが潜んでいることなど知らずに、彼の術中に近づいてくる。
(悪く思わないでくれよ······えーっと、何とかさん。名前、なんだっけ)
日下部はこれまで仕事をする上で倒したり殺したりする相手の名前は把握するように心がけてきた。それが相手への礼儀であり、もし自分が敗北した際にも名前すら知らない者の手で散るという空しいことを避けられるからだ。だが今回はいまひとつ命を懸けた仕事であるという認識に欠けている。しかし、いくら簡単でも拉致される側からしたら一大事であることに変わりは無いため、日下部はどうにか記憶を手繰って対象の少女の名前を引き出した。
(そうだそうだ。悪く思わないでくれ、政本美温さん)
四月二十二日、午前九時五分。ベッドから出るどころか目を覚ます気配すら無い御槌意澄を見て、彼女に取り憑いたコトナリであるチコはため息を洩らした。
(こいつ、やはり疲れているのか······?)
今日は学校が休みだからいいものの、意澄は連日遅刻ギリギリで登校している。気まぐれで早く家を出た日もあったが、それもたった一日だけだった。つまり、意澄は毎朝ギリギリまで寝ているのだ。
(単に昔から朝が弱いやつだったのかもしれんが、そうとは考えにくいな。以前から母親が夜勤をしているのだから、自分で起きるはずだ。それに、寝つくのも早い。よほど疲れているらしいが······)
そこまで考えて、チコは意澄の顔を見つめ直した。どんな夢を見ているのか、何やらにやついている。心配するのがバカバカしくなるが、それでもチコは考えずにはいられなかった。
(私のせい、だろうな)
コトナリヌシは、通常の人間よりもかなり多くの体力を消耗する。それは当然意澄も例外ではない。チコは自分が取り憑いてからの意澄しか知らないが、意澄の母親が『あんた最近よく食べるね~』などと言っていたことから、彼女の状態が以前とは異なることを察していた。
『弱い』
十日ほど前の炎熱系最上級のコトナリヌシの言葉が、頭の中からこびりついて離れない。
『上級とはいえ、ヌシの体を強化し操ることができるというだけではないか。ヌシへ大きな負担を強いている』
そんなことは、言われなくても自分が一番よくわかっていた。ただでさえ記憶喪失なのに、意澄にまで負担を強いていることが、チコの心の中で大きな違和感を生じさせていた。
『わたしはあなたを助けたい。あなたはわたしを使って傷を治したい。だったら何も問題ないじゃない』
意澄が出会ったばかりの異形の生物に向けた言葉を思い出す。
『チコを、バカにしないで』
意澄が圧倒的な戦力差のある相手に毅然と言い放った言葉を思い出す。
(こいつ······なぜこんなに私を信頼しているんだ?突然転がり込んできた私に、どうして強い仲間意識があるんだ?そして、戦闘時にやけに冷静だったり他者のために情熱的になったり、こいつの根幹にあるものは一体何だ······?)
「意澄······お前は何なんだ?」
思わず問いを洩らしていた。それが眠りから揺り起こしたらしく、意澄はようやくうっすらと目を開けた。
「ん。おはようチコ、今何時?」
「······さあな、カーテンを開けて自分の目で確かめろ」
言いつつ、チコは意澄から目を逸らした。意澄はベッドから腕だけ出してカーテンを捲り、そこから射し込んだ陽光で枕元の置時計を見やる。
「············え、もうこんな時間!嘘でしょ!やばいんだけど!」
「どうした、今日は学校が休みなんじゃないのか?」
「いや、今日は美温とか早苗とか小春ちゃんとモルに行く約束なの!十時集合で!」
跳ね起きた意澄は慌ただしくカーテンを開けてクローゼットを漁り、着替えを引っ張り出しながら言った。
「モル······?ああ、あのショッピングセンターか。そういえば、明日の新入部員歓迎会で作る料理の材料を買うとか言っていたな」
「そう。ってか知ってたなら起こしてよ!」
「知るか。私はお前の保護者ではない」
言い捨ててから、チコは再び違和感が生じたのを自覚した。
(何だ、この違和感は······)
「······チコ、どうしたの?」
黙り込むチコの顔を、着替える手を止めて意澄が覗き込む。チコはきまりの悪さを押し隠すためにあえて素っ気ない口調で、
「何でもない。私に構っている暇があったら急いだらどうだ。ギリギリだが遅刻しないというのがお前のウリなんだろう?」
「別に狙ってギリギリな訳じゃないからね!」
ズボンに脚を通した意澄の言葉に、チコの心臓は飛び跳ねた。意澄にそんなつもりは微塵も無いとわかっているからこそ、チコは胸がつかえるような感覚を覚えた。
「······ねえチコ、ホントにどうしたの?」
「何でもないと言っているだろう。それより、朝食は摂るんだろうな?お前が遅刻しようが、食事はしっかりしてくれよ?」
心配する意澄を、チコはいつも以上に尊大にあしらった。その胸の内にある違和感の正体を、チコは明確に判別できなかった。
「おはよう意澄ちゃん」
意澄がモルの駐輪場に到着すると、既に美温と早苗と小春が揃っていた。
「待たせてごめん!」
「いやいやいいよ、時間ぴったりだから遅刻じゃないし」
「は、早く来たところで、専門店街は十時オープンだから、なか、中に入れなかったし、大丈夫だよ」
「ありがとう。みんな優しいなー、イブン・シーナー」
「······ねえ意澄、前から思ってたけどそれ何なの?」
「ツッコまないで早苗!没個性なりにいろいろキャラ付けを模索してる意澄さんの涙ぐましい努力なんだからそっとしといて!」
「え、つ、ツッコミ待ちなのかと思ってた。せっかくのと、特徴なのに、ふ、触れないともったいないかなって」
「小春ちゃん?まあそれはそうなんだけどいざ触れられると恥ずかしいっていうかさ」
「えー?意澄ちゃんのどこが没個性なの?意澄ちゃんは魅力の塊だよ」
「美温、やっぱりすごくいい子!というか、むしろわたしの魅力って何?」
「それはね······内緒。でも、あたしはちゃんと見抜いてるからね。他の人は気づいてない意澄ちゃんの魅力」
「え、何それ!」
「お、何、意澄と美温どういう関係?」
「い、いつの間にそんな進んでたの······?」
「違うからね!ちょっと美温、変なこと言わないでよ!」
やいのやいの言い合いながら四人はモルの中に入る。モルの食料品売場は九時から開いているが、今回意澄達が向かったのは専門店街にある輸入食品店だ。
「えっと、何ミリだっけ?」
「1.4ミリ。何袋ぐらいいるかな?」
意澄達が探しているのはスパゲッティの乾麺だ。四人が新歓で作るのはミートソーススパゲッティ。生活研究部の各学年四人ずつに顧問も合わせた計十三人分の材料を一人で買って持っていくことは難しいため、トマト缶を意澄と早苗が、挽肉を美温が、スパイスを小春が、そしてスパゲッティをみんなでそれぞれ分担して買うことにしたのだ。今日はこの後早苗の家で試作をすることになっているから、実際に買うのはもう少し多いが。
「小春ちゃんは裁縫得意って言ってたし、美温は何でもできそうだからわかるけど、早苗はどうして生活研究部に入ったの?テニスとかかと思ってた」
意澄が尋ねると早苗はあっけらかんと、
「あんた達が入るからだよ。どうせだったら、友達がいるところの方がいいでしょ」
「······そっか」
意澄は少し照れくさかったが、決して口には出さなかった。
その女は、そんな四人の少女達をレンズに収めたスマホのカメラのシャッターを切った。すぐに長いダークブラウンの髪をした長身の美少女だけを拡大した画像を作成し、保存する。
(······簡単な仕事なのに、どうして日下部は失敗したのかしら)
画像に指で文字を書き込めることを確かめてから、女は視線を楽しそうな少女達に、いや、長身の美少女に戻す。
(早く終わらせる。周りの子が邪魔だから、標的が一人になったときが良さそうね)
そう算段をつけて、女はスマホから電話をかけた。
〈つづく〉
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?