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【小説】キヨメの慈雨 第二十一話(あらすじのリンク付。これまでの話に飛べます)

↑あらすじの記事に第一~三話のリンクがあります。ジャンププラス原作大賞応募作品(四話以降は審査対象外)ですので規約違反になってしまうのではないかとビビっており、マガジンにまとめていません。続きが気になりましたら、お手数ですがスキとフォローをしていただけますと追いかけやすくなると思います。

↑前回の話です。




 咳き込みながらどうにか立ち上がろうとする意澄に、煮えたぎった視線をぶつける男が一人。遠隔で拳を叩き込むコトナリヌシ、加稲かいなまさるだ。

「············米原まいばら鎮賀しずかっていうんだよ、そいつ」

 加稲が言った。溢れだしそうな何かを、必死に押さえつけるように力んだ声だった。

「あんたにとっては敵キャラその1かもしれねえけど、俺にとってはよく知ってるやつなんだ」

 加稲は、意澄と戦って敗北した女性を見つめていた。意澄は加稲が何かを仕掛けてくる前に立ち上がって呼吸を整える。先ほど戦った様子だと、加稲の能力は意澄がいる位置までは届かないだろう。

 しかし。

「米原から離れろよ」

 加稲が拳を振り抜き、肉を打つ音が炸裂した。意澄はさらに後方へ飛ばされ、硬い駐車場を転がる。

「······なああんた、そいつを倒したならわかんだろ?米原の能力は、直接戦うのには向いてねえ」

(さっきより射程が広くなってる!?)

 驚愕する意澄に、加稲はさらに遠隔の拳を放つ。意澄はすぐに後ろへ跳び退いて何とか回避した。

「米原は、ホントは安全な所からサポートするのが得意なやつなんだよ。ただぶん殴るだけの俺みてえなやつとは違って、器用なことができるんだよ」

 言いながら加稲は気を失っている米原の横を通りすぎ、そして立ちはだかった。

 まるで、意澄から米原を守るように。

「なのに、こんなことになっちまった。本来戦わなくていい米原がぶん殴られて、コトナリも食われちまった」

 加稲は意澄を睨みつけていた。

「俺を助けようとして、米原はこんなことになっちまった」

 加稲は歯を食い縛っていた。

「不慣れな殴り合いをしようとしてまで俺を助けようと飛び出せるやつが、こんなことになっちまった」

 加稲は拳を握り締めていた。

「············俺のせいだ」

 固く、固く。

「俺がヘマしたばっかりに、米原は負けるどころか、『協会』で働く道すら奪われた。あんたはダチを守ろうとした、ただそれだけだ。当然のことだよ。だけどあんた、米原が『協会』に来る前にどんなことをしてきたか知らねえだろ」

 加稲は拳を振るった。瞬間、意澄の顔面を激しい衝撃と痛みが襲う。

(実際の動きと攻撃の間のタイムラグも無くなってる······!?)

「知られてたまるかよ。米原の道を潰したヤツなんかに」

 加稲が再び拳を放つ。その動きと同時に襲来した攻撃は、意澄の意識を根っこから揺さぶった。

「あんたは悪くねえ。悪いのは俺だ。でも」

 加稲は単調に言った。冷静なのではない。込み上げる激情を抑えているのだ。

「ここであんたを見逃したら、米原が負けたことが無意味になっちまう。ここで戦わないようなヤツに価値なんかねえ。そうしたら、俺を助けるために懸けられたあいつの人生が、無価値になっちまう。だから」

 加稲の拳は、震えていた。




「行かせるかよ。米原がなくしたもんを、俺があんたに払わせてやる」




 理屈も理論も理性も無かった。そこにあるのは、絶対に譲れない強い想いだけだった。

 だからこそ。

「わたしにだって、なくしたくないものがあるから」

 御槌意澄は、一歩も引かなかった。残り少ない力を、水の拳に込め直した。

 それを見て加稲は好戦的な笑みを浮かべる。

 一気に駆け出そうとした瞬間、加稲の攻撃が意澄をさらに後方へ飛ばした。靴底で勢いを殺して踏み留まり、意澄はもう一度駆け出す。加稲まで全速力であと十二、三歩というところまできて、再び殴り飛ばされた。意澄は水塊を現出して射ち出すが、加稲に破壊される前に勢いを失ってしまった。意澄の能力の射程外のようだ。

「これじゃ近づけないし攻撃できない······!」

 意澄が歯噛みすると、足元に煙が立つようにチコが現れた。

「どうやら敵は激情によって精神力が高まり、それによって能力も向上したらしいな」

「じゃあこっちはどうすれば!?」

 言う間にも加稲は近づいてくる。全力疾走する余力は無いのだろう、一歩一歩踏みしめるように前進していた。

「意澄」

 チコは少し間を置いてから、

「一つ、取り戻した力がある。『合一ごういつ』だ」

「合一······?」

「ああ。これを行えば、一時的ではあるが私とお前は一つになる。身体能力は上がり、能力は強まり、消耗は減り、さらなる力を引き出せるようになる」

「······すごいじゃん、やろうよ!」

「ただし」

 チコは改まった口調で、

「合一するには私とお前の心を合わせなければいけない」

「······なんだ、そんなことか。きっと、いや、絶対!今のわたし達ならできるよ」

「············まったく、めでたいやつだな」

 呆れたように言って、チコは目を閉じた。意澄も目を閉じて、意識を集中させる。敵が迫ってきているのに、なぜだか少しもためらいは無かった。

(感じる······すぐ傍にチコがいる。ううん、本当はいつもわたしの中にいるんだよね。今、それを再確認してるだけ)

 チコと呼吸がぴたりと合っている。目や耳で確かめた訳ではないが、意澄はそう確信した。




「「合一」」




 合わせたのではなく、自然と重なった。

 二人が唱えた瞬間、チコが光に包まれ、霧状の粒子に変化する。そのまま意澄の頭上に舞い上がって人型となり、流星のようにめざましく、日食のように美しくオーバーラップした。

 意澄の髪色が、チコの肌と同じ青色に染まる。先ほどまで鉛のようだった体に力が漲る。そして、生成するのにも体力を使っていた水塊が、意澄の周囲に次から次へと現れる。

「······!?」

 加稲が驚くが、それでも彼の足は止まらない。少しずつ、しかし確実に敵を殴り倒しに向かっていた。

 意澄は紙飛行機を飛ばすように、そっと手を動かした。直後、意澄の周りに湧き立つ水塊のうちの数個が、加稲の元へ猛烈な速度で飛んでいった。今までは直線的な軌道しか描けず加稲に届かなかった水塊が、右から、左から、上から、下から。空対空ミサイルのように様々な方向から加稲という標的を捉え、時間差をつけて収束していく。

 加稲は強化された遠隔の拳でそのうちのいくつかを撃墜した。残余は全身で受け止め、呻き声を上げながらも前へ進む。

 だが、破壊された水塊は散ることはあっても落ちることはなかった。空中に留まった両拳で捌ききれないほどの水滴が、それぞれ再び加稲へ猛進する。全身を打ち抜かれた加稲の体は浮き上がり、2メートルほど飛ばされてからさらに転がった。

『意澄、一気に決めろ』

 チコの声がした。どこにも姿が見えないが、どこから聞こえたのかはわかっている。今の意澄は、チコと一つになっているのだから。

 意澄は目を閉じて息を深く吸い、イメージを練り上げる。無意識に頭に浮かんできたのは、大蛇だった。

(ヘビ······?チコがヘビだからか。水の神の使いだって話はお父さんから聞いたことがあるけど、今はそれどころじゃないね。集中集中)

 頭の中で大蛇がとぐろを巻く。尻尾の先から形成されていって、どこまでも長く続く太い体を見上げると、美しい顔がこちらを見下ろしていた。




(······なんか、懐かしい)




 意澄は一気に目を開く。長い時間をかけていた気がしたが、まだ加稲が立ち上がったばかりだった。湧き立つ水塊は一つにつながり、意澄のイメージ通りの力強い大蛇に変化する。

「いこう、チコ!」

 叫んで、意澄は大蛇を突撃させた。水の大蛇は加稲を打ちのめすべく一直線に突き進んでいく。

 それに対して、加稲は拳を振りかぶるだけで良かった。自分のもてる最大の武器を握り、雄叫びを上げる!

「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 加稲の渾身の一撃が炸裂した。拳が大きく開かれた大蛇の口にめり込み、その全身を衝撃が突き抜ける。

 ミシリ。

 力強く波打っていた大蛇の頭から尻尾まで、一本の亀裂が駆けた。それでも大蛇は巨体を横に振り、加稲を叩きのめそうとする。

「させねえよ」

 迫り来る強烈な横薙ぎを、加稲は裏拳で弾き飛ばした。大蛇の体の後ろ半分にさらに亀裂が入り、加稲がもう一発叩き込むとボロボロと崩れてただの水溜まりと化した。

 大蛇が体を震わせて加稲の拳から口を離した。今度は斜方に体を伸ばしてから一気に下降し、その圧力と質量をもって加稲の意識を押し潰そうとする。

 加稲は何も躊躇しなかった。ありったけの力で腕を振り抜き、拳をぶつけた。

 ミシミシミシッ!

 全身に瞬時に亀裂が広がり、水の大蛇はその巨体を維持できなくなった。尻尾があった方から、サイズの合わない服のボタンのように体が弾け飛んだ。いくつもの水の塊が降っているが、どれもただの水のようだった。それまでの攻撃が嘘のように、勢いよく、それでいて優しく降り注いでいた。立ち尽くす加稲に向かって一マスずつ駒を進めるように、水の塊は連続で力を失っていった。

 水の大蛇の残骸は、加稲の目前まで迫っていた。留まることのできない水が音を立てて、加稲の足元を濡らしていた。

 加稲は勝利を確信した。

 残骸が加稲の鼻先を掠めて崩れて落ちてきた。だが、それは無音で着地した。それは水っぽいにおいではなく、わずかに鼻腔をくすぐる匂いがした。

 それは、青い髪色の少女だった。

 それは、加稲が戦っていた少女だった。

 それは、肉体を水に変化させて大蛇に紛れていた御槌意澄だった。

 決着は、自らの手で。意澄はそう決めていた。この一撃で決められる確信があった。だから、こうして加稲の懐に潜り込んだ。

 意澄は加稲の頭上、大蛇の頭だった水塊を落下させ、後退して回避しようとする加稲を足止めした。




 そして、一撃。




 加稲の体は宙を舞い、何の抵抗も無く硬い駐車場に打ちつけられた。

 なくしたくない。意澄はその思いを、自らの手で叶えた。




〈つづく〉

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