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【小説】キヨメの慈雨OWL ―セイカの宵祭― その2


前回までのお話

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あらすじ

 御槌みづち意澄いずみ政本まさもと美温みお速見はやみ早苗さなえ若元わかもと小春こはるの四人は三年前に豪雨災害が起きた天領てんりょう市で暮らす高校一年生である。

 この街には不思議な生物・コトナリの力を使って悪事を働く者が潜んでおり、七月十九日の夕方、飛行能力を用いて女子中高生を盗撮していた能力者コトナリヌシが逃亡中に女子高生を人質に取るも、能力を用いた意澄達により撃破された。盗撮犯のコトナリは意澄のコトナリ・チコが補食し、戦闘はよくある喧騒・・・・・・の一つとしてこの街の生活に流されたのだった。

 ある一人の少女を除いて。


執筆理由(飛ばしていただいても何も問題無いです)

 創作大賞2023を言い訳に放置していた小説シリーズ『キヨメの慈雨』の再開に向け、作者自身の作品世界へのリハビリのために書いています。あまりにもブランクがありすぎて本シリーズのキャラの雰囲気とのズレが出ることが目に見えておりますので、別世界線という体で進めていきます。本シリーズではまだゴールデンウィークにすら入っておりません。






本編(5,039文字)

三.


 七月二十日、放課後。意澄達が通う天領第一高校は終業式を翌日に控え、それと同時に意澄達が所属する生活研究部は一年生と二年生による新体制を迎えていた。

 生活研究部は料理や裁縫をするだけでなく、家庭科的な発展学習を頻繁に実施している。三年生達は今月二十二日の土曜日に行われる『全国高校生ホームプロジェクト発表会』に参加するために既に開催地へ出発しており、残された下級生は八月に駅前通り一帯で開催される大規模イベント『天領まつり』での出店に向けて企画会議をしていたところだ。今日の会議で出た案を各自ブラッシュアップして明日もう一度話し合うことになり、意澄達四人は被服室で顔を突き合わせている。

「例年かき氷とかフライドポテトとかやってるっぽいけど······直近五年との被りはナシでいきたいよね」

 美温の言葉に頷いた意澄は先輩から配布された資料に目を落とし、

「去年から新しい順にかき氷、ポテト、焼き鳥、クレープ、りんご飴か。ジャンルはバラバラでいいっぽいけど、どれもお祭りにありそうな感じのメニューで逆に困るなあ······」

 すると小春が恐る恐る口を開き、

「そ、そもそも、お祭りっぽいメニューって何かな。わた、わたし、お祭りとかちっちゃい頃に行ったきりだからよくわかんなくて、役に立てそうにない······」

「じゃあ、みんなで行こうよ」

「え······?」

 尻すぼみになる小春に早苗は優しく笑いかけ、

「土曜宵祭。夏になるとさ、毎週土曜の夕方から夜に商店街で出店があるでしょ?天領まつりほど大規模じゃないけど毎週結構な人が来てるし、参考になると思うんだよね」

「いいね、あたし行きたい。意澄ちゃんは?」

「行くナートン。楽しそうじゃん」

「み、みんなありがとう。で、でも、明日までに考えなきゃいけないのに、明後日宵祭に行くのって······」

「······いいんじゃない?いいことにしようよ」

 美温が言うと意澄は強力に頷き、

「青春しようよ小春ちゃん!高校最初の夏の思い出が『超能力者とバトルして終わりました』じゃわたし絶対嫌なんだけど!」

「そうだよ小春!あたしなんてバトルすら無く空虚な夏を過ごしちゃうんだよ!?ここでスタートダッシュ切っとかなきゃまずいって!」

「そ、そうだよね、行かなきゃだよね······!」

 意澄と早苗の熱に押された小春が応えるが、彼女達は明日出す案を何も決めていないのだった。



四.


星佳せいかちゃん、ちょっといい?」

「うん、どうしたの?」

 SHRが済んだ三年三組の教室で檜皮色をした内巻きミディアムヘアの少女に呼び止められ、高藤たかとう星佳せいかはすぐさま笑顔で応じた。五島ごとう穂波ほなみ。星佳はこの少女のことがあまり好きではない。もっと言えば、この少女を含んだグループが苦手だ。そして、それでも人当たりの良さそうな笑顔を咄嗟に作ってしまう自分が嫌だった。

「模擬店の企画書、家庭科の上島先生に衛生面をチェックしてもらいたいんだけど、あたし今日早く帰んなきゃいけなくて······」

「それなら、わたしが行こうか?」

「いいの?ありがとう!助かる!」

 穂波はわざとらしく眼を輝かせて礼を述べるが、その背中には既にリュックを背負っている。星佳が断る訳が無いと確信しきっているのだろうし、実際星佳は断ることができない。この高校の学園祭では三年生は全員何かしらの役職をもつのだが、星佳は穂波と同じ模擬店係だった。だから穂波が星佳に頼むのは当然だ。しかし、頭ではわかっているのに、どうしても消化できないものが胸の中に残ってしまう。それはやはり穂波に好印象を抱いていないからだろうか、と星佳は誰にも言えない問いを発した。

「······ったく、ナメてんのかあの女?てめえが書くって言った企画書だろうが」

 星佳はその言葉にドキッとして、思わず周囲を確認する。それから自分の隣の席の床山とこやま律子りつこに顔を近づけて、

「やめてよリッコ、誰が聞いてるかわかんないよ?」

「大丈夫。私、高三になって成長したことがあるから」

「······何?」

 すると律子は細い目がさらに薄くなるほどニヤリと笑い、

他者ひとからの評価が気にならなくなった」

「それって成長なのかな······?」

「充分成長よ!だってさ、自分の生き方他人に変えられるなんてバカバカしくない?ムカつくんだよね、私が決めたことにあれこれケチつけられるの」

「······リッコ、それって推薦入試のこと?」

「バレた?星佳に隠し事は無理だね」

 そう言ってまたニヤリと笑った律子は、明後日からの夏休みが明ければすぐに願書を出して入試を受け、早ければ十月前半に合格を決めてしまうらしい。彼女は入学時から取り組んでいた学童保育所でのボランティアや、そこでの体験に基づいた探究活動が県下の高校が集まる発表会で表彰を受けたことを武器に地元の国立大学の教育学部の推薦入試に臨むのだが、『二次試験で高得点を取るための高質な学力を身につける』を謳い文句にしている天領第一高校では、推薦入試自体が教員からも生徒からも白い目で見られているのだ。

「逆にさ」

 律子は握ったシャーペンを一度だけ軽やかに回し、

「星佳は他人を気にしすぎだし、他人にいろいろ隠しすぎ。さっきの押しつけクソ女に神楽かぐらを盗られちゃっていいの?」

「そんなこと言ったって······蒔土まきとくんはそもそもわたしのものじゃないし」

「またそんなこと言って。模擬店係になったのだって、神楽と二人でやるためでしょ?それなのに五島が割り込んできてさ、マジでイラつくよね。小学校から一緒なのにぽっと出のチャラい女達に囲まれてニヤニヤしてる神楽を見て、星佳は何も思わない訳?」

「いや、その、それはちょっと嫌な気持ちになるけど······穂波ちゃん達と蒔土くんがお互いに仲良くしたがってるならそれでいいのかな、なんて」

 言いながら星佳は穂波が置いていった企画書を手に取り、律子は呆れたようにシャーペンを手放した。

「上島先生捜しに行くんでしょ?ついてくよ」

「いや、いいよわざわざ。リッコは志望理由書の添削があるんでしょ?一人で行くから」

「あっそう······じゃあいってら」

 不服そうな表情で再びシャーペンを手に取った律子を見て、星佳は悪いことをした気持ちになった。もしかしたら行き詰まっていて、気分転換に歩きに行きたかったのかもしれない。他者の評価を気にしないとは言いつつも、やりたいことがあってそれに向けての準備をしてきたのに応援されないという状況にいる苦しさは、星佳には分かち合えないものだ。

 星佳には、昔からやりたいことなんて無かった。好きなことも、熱中できるものも無かった。取り柄といえばみんなの雰囲気を壊さないように空気を読み、自分の本心を隠して立ち振る舞うのが得意だということだけだった。そんな少女が、大学受験をする時期に入って勉強のモチベーションに困るのはごく自然なことだった。

 『自分は何がやりたいのかを大事にしなさい』と教師は言う。なるほど、好きな学問で食っていくためにいつまでも学校社会から巣立たない連中の言葉は重みが違う。

 『とりあえず大学を出て、地に足着いた仕事に就いて、やりたいことが後から見つかったときに備えなさい』と両親は言う。なるほど、家業や世間体のせいにしてミュージシャンの夢にいつまでも踏み出せなかったやつらの言葉は説得力がある。

 だが、心の内で大人達の言うことを斜めに受け止めつつも、星佳はそれを表に出すことはなかった。表に出すことなどできなかった。人生の大半を費やせるほど好きなことに出会えた教師達が羨ましいし、両親が有名なミュージシャンになっていたら星佳は生まれていなかっただろう。

 自分にはやりたいことなんて無いのだから、反抗のしようが無い。その事実が星佳の本心をますます他者から見えない奥底へと隠していった。そもそも自分に本心なんてあるのかも疑わしいが、ある少年が穂波のような女達に囲まれているときに突き上げてくる強烈な情動が、もしかしたらそれなのかもしれない。そう考えて廊下を歩く星佳はため息を洩らした。

 神楽かぐら蒔土まきと。ある日星佳の家の向かい側に引っ越してきた少年とは、もう十年以上の付き合いになる。誰の悪口も言わず誰の贔屓もしない彼と一緒にいる時間は、周りに流されがちな星佳にとっていつしかとても大切なものになっていた。どことなく覇気が無くて頼りないところも、夢や目標の無い星佳を急かさないでいてくれるように感じられた。

 だが、三年前の豪雨から、蒔土は変わった。

 誰にでも同じくらい時間を使っていた蒔土は、特定の集団とよく過ごすようになった。何組の誰、ということではなく、ある共通点をもった人達だ。その共通点とは、『未来へのやる気と見通しがある』ことだった。

 豪雨災害の後、蒔土は被災者支援に興味をもち、『自分達がしてもらったように、災害に遭った他の人達を支える仕事がしたい』と星佳に夢を語るようになった。彼はそんなに成績が良くなかったが、猛勉強して地元では進学校と信じられている天領第一高校に入学した。こんなにやる気を出して将来を見据える蒔土に置いていかれるような気がしたが、星佳はまた三年間彼の近くにいられることに安心していたかった。

 しかし、それは叶わなかった。

 星佳の周りにはやる気も見通しもある人達ばかりで、そういう人達が蒔土を囲んでいった。星佳は必死についていこうとしたが、彼女の日常から彼の姿はあっという間に消え去った。やる気も見通しもあるのに斜に構えている律子だけは、手を引っ張ろうとも背中を押そうともせず、そのままの星佳を認めてくれた。だがすぐ傍で律子が頑張っているのを知る度に焦りを感じたし、遠くで蒔土が活き活きとしているのを見る度に寂しさを感じた。

 二年生のクラス替えで、蒔土との接点は完全に消え失せた。それで諦めがついたはずだったのに三年生でまた同じクラスになって、星佳は自らの恋心を痛感した。

 男女混交の、やる気も見通しもあるグループ。彼ら彼女らに囲まれて充実した表情を浮かべる蒔土の眼は、星佳ではなく自分が進みたい道に向けられていた。そうわかっているのにまだ一縷の望みをつなごうとしている自分に気づいたとき、自分が何をしたいのかが本当にわからなくなった。二枠しかない模擬店係に蒔土が手を挙げたとき、星佳も手を挙げた。それでも、掴めなかった。

 力が欲しいと強く願った。精神力、行動力、決断力、判断力、応用力、技術力、知力、学力、筋力、体力、魅力。何でも良かった。自分に足りない力を補えれば、何かが変わるのではないか。自分が知らない力を得れば、やる気も見通しも出てくるのではないか。そう思った。今でも思っている。

「······ちから」

 星佳は口の中で呟き、昨日の出来事を思い返す。自習室にいきなり飛び込んできた男は、外側には何も無い四階の窓から入ってきた。その後星佳を助けてくれた少女達は彼女を一瞬で塾の外に連れ出し、その手にいきなり銃を出現させていた。あれは、間違いなく力だ。星佳には無い力。尋ねる前に曖昧に誤魔化され、そのまま少女達は立ち去ってしまったが、あそこで追いかけていれば何かが変わっていたかもしれない。

(······きっと、あれはチャンスだったんだ。でもわたしは掴みにいかなかった。ただでさえ掴もうとしても掴めないのに、そもそも掴もうとしなかった。わたし、このまま何がやりたいかも見つけられないで、どうしたらいいのかもわからないで、何も掴めないままなのかな)

 一人でいるとロクなことを考えないから、やはり律子を連れてくるべきだった。後悔しながら校内の辺境、被服室へ入ろうとしたとき。

「そ、そうだよね、行かなきゃだよね······!」

 控えめながらも力強い声が聞こえた。それは、昨日のあの訳がわからないチャンスを見逃したときに聞いた少女の声だった。

「あの、すみません!」

 意を決して被服室に入ると、昨日見た四人の少女達の注目を一斉に浴びた。家庭科の上島先生が不在なことは一目でわかった。手にはグシャグシャにならないように丁寧に畳んだ企画書があった。

 星佳が訊くべきことは、決まっていた。




「昨日のこと、詳しく教えてください」




〈つづく〉

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