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準備はいいか? ポストIDFA時代のモバイルアプリマーケティング戦略 〜2021年のアプリマーケティング考察〜 ※2021/04/10追記※

■ はじめに
こんにちは!Repro Growth Marketerの稲田宙人(@HirotoInada)です。

世界中のアプリパブリッシャーに激震を与えたIDFA取得オプトイン強制の発表がされたのが2020年7月のWWDC2020でした。
それから2度の適用延期を経て、いよいよiOS14.5のリリースと同時に適用がされる予定です。

今回は、間近に迫るIDFA取得オプトイン強制の適用に際し、改めてMartech目線でどのようなモバイルマーケティング戦略・戦術が今後、ポストIDFA時代に必要になるのかを考察していきます。

尚、本noteの内容は、Repro伊藤直樹さんと僕稲田でやっているポッドキャスト番組「Mobile Update // モバイルアップデート」のエピソード#63「ポストIDFA時代のアプリマーケティング戦略とは?〜IDFA問題概要から想定されるインパクトまで目前に迫るiOS14.5リリース前におさらい〜」の内容を拡張したものになります。
ポッドキャストもお聞き頂くとより理解が深まるかと思いますのでぜひ。

※Disclaimer
本noteではMartech目線でアプリ事業者の方がどのようなマーケティング戦略・戦術の考え方が必要かの解説を行います。
広告効果計測周りの細かい仕様変更などは、α正田さんを始めとして素晴らしい解説記事がAdtech業界の方々から挙がっていますので是非そちらをご覧ください。

また、状況は刻一刻と変わっています。
本noteの内容は2021/03/24段階での情報に基づいており、特にガイドラインや規約関係は最新の一次情報にあたってください。
本noteの情報を元にして実行した施策によるリジェクトなどに一切筆者は責任を負いません。

1. IDFA問題概要

まずは、改めてIDFA問題の概要をおさらいします。

1-1. IDFAとは?IDFAを用いてできることは(=できなくなること)?
このnoteをご覧の方からすれば釈迦に説法かもですが、簡単にIDFAの基礎知識をおさらいします。

IDFAは正式名称を「Identifier for Advertisers」と言い、日本語では広告主識別子と呼ばれています。

IDFAIdentifier for Advertisers

広告識別子の中でも、Appleが提供する広告識別子を「IDFA」と呼び、Androidが提供する広告識別子は「GAID」や「ADID」と呼ばれており、今回の取得オプトイン強制の対象になっているのは、iOS端末の識別子である「IDFA」になります。

では、なぜIDFAが取得できなくなることが、ここまでモバイルマーケティング業界全体に激震を与えているのでしょうか?これはIDFAを用いてできることを考えると分かりやすいです。

■ IDFAを用いてできること(= 今後できなくなること)
①正確な広告対象のターゲティング
②正確なインストールの発生有無の計測(インストールアトリビューション)
③正確なアプリ内行動と収益の計測(イベントアトリビューション)

広告識別子と呼ばれる通り、IDFAは各ユーザーに対してユニークに振り分けられる識別子であるため、どのユーザーがどのような広告を閲覧しアプリをインストールしたのかどうか・インストール後にどのような行動をしたかを正確に測定(アトリビューション)することができるわけです。

裏を返せば、今後IDFAを取得できなくなると上記で挙げたようなこともできなくなるので、特に広告業界には大きなインパクトを与えているわけです。


1-2. なぜAppleはIDFAを抹殺しようとしているのか?

なぜこのタイミングでAppleは自ら作り出したIDFAを抹殺しようとしているのでしょうか?

GDPR施行を筆頭に欧州を中心としたプライバシー保護への懸念は年々高まっており、Appleもその公式声明の中でプライバシー保護を目的としたIDFAの取得制限と説明しています。


しかし、これはあくまでも建前に過ぎないというのが大方の見立てです。
僕もこの見立てには賛同しており、以下のような本音があると考えています。

■ AppleがIDFAを抹殺する理由
①AppStoreのアプリ視認性のコントロール権限の奪還
②自身独自の計測基準への強制統一による効果計測権限の強化
③自身独自の広告ネットワーク(=Apple Search Ads)の強化

それぞれ詳しく解説します。

①AppStoreのアプリ視認性のコントロール権限の奪還
近年のアプリストアでの視認性(=ユーザーに見つけてもらえる可能性)は、主に広告出稿量に大きく依存しています。
特にゲームアプリではその傾向が顕著で、以下の画像のようにBrowse(ランキング経由)とAppReferral(アプリ内広告経由)の流入割合が年々増加しているのが見てとれます。

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Source:Nearly 60% of Global App Store Downloads Now Come from Search

この出稿量増加の恩恵を貪っていたのがFacebookを中心とするSNS広告のプラットフォームです。

近年は、Facebookを中心とした広告によるプロモーションがユーザーにリーチする上での最も効率的な手段となっており、Apple自身がユーザーに提供するコンテンツをコントロールすることが難しくなっていったため、今回のIDFA取得制限を行うことで、Appleは自身が表示するコンテンツのコントロール権力の復権を図っているのではないのでしょうか。

これは、昨年11月末に元RobinhoodVPoPがAppleに参画して、今後はユーザーがアプリを発見することができるように力を入れていくと発表している点からも窺えます。

今後は、2015年当時のフィーチャーがアプリのインストールに非常に大きな力をもつ時代、すなわちAppleEditorialチームが表示するコンテンツの絶対的な統括権限をもつ時代に回帰する可能性もあるかと思います。

②自身独自の計測基準への強制統一による効果計測権限の強化
今回のIDFA取得制限の背景にあるのが、ATT(App Tracking Transparency)の適用ですが、効果計測環境も大きく変わります。

旧来は、Adjust・Appsflyerのような各MMP(Mobile Measurement Partner)がIDFAを識別子として広告効果の計測を行なっていました。
しかし、ATT適用後はAppleが独自に開発・提供するSKAdnetworkと呼ばれる効果計測ツールを介してのみ、各媒体の効果計測ができるように仕様変更がされます。

また、SKAdnetworkで厄介なのが、旧来取れていたような指標が取れなくなったり、粒度が粗くなったり、効果計測までのタイムラグが発生するなど、効果計測が非常に不明瞭になる点です。

SKAdnetworkの詳細についてはAdtech業界の方の解説を参考にして頂きたいのですが、ここで重要なのが獲得広告やリタゲ広告など広告施策にとって最も重要になる効果計測の領域をプラットフォーマーであるApple自身が保持するようになる点です。

③自身独自の広告ネットワーク(=Apple Search Ads)の強化
②で触れた通り、今後各媒体の広告成果は非常に不明瞭になります。
そんな中、Appleは自身の独自の広告面であるAppleSearchAdsを強く押し出していくでしょう。

これはなかなかに闇が深い話ではあるのですが、AppleSearchAdsでは前述のATT適用後もユーザーを識別しターゲティングした広告を出稿することが可能になっています。

Appleのユーザーに対してのオプトイン設定の導線や文言にも、IDFAオプトインダイアログと比較すると、明確な違いがあるのが分かるかと思います。

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↑パブリッシャーが表示するATTダイアログ↑

「Track」を筆頭に非常に禍々しい文言になっており、ユーザーにとっての便益も伝わらない文言なのが分かります。基本的にアプリ起動直後に表示されるため、尚更怖い印象を与えるでしょう。

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Source:“Allow this app to personalize advertising for you?”

↑Appleの広告制御設定画面↑

一方で、Apple自身の広告ターゲティングの設定画面では、「Personalized Ads」とユーザーに便益が伝わる内容になっており、文言も非常に柔らかく安心感を与えようとしているのが分かります。更に、この設定はプライバシー設定の更に奥深くに設置されており、デフォルトで「Personalized Ads」が有効になっているのも特徴です。

このAppleがAppleSearchAdsを強化していくという見立てには根拠があり、最近AppleはAppStoreやその他Appleの保持するサービス内で、新しい広告表示枠を作成する動きを見せています。

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今後も、Apple自社はユーザーを識別・ターゲティングし、デバイスを押さえたプラットフォーマーとして、独自の広告ネットワークを強化していくという方向は間違いなく強化されるかと思います。


1-3. いつから適用されるのか?

気になるのがいつからATTが適用されるかですが、依然(2021/03/23段階)正式な日程は発表がされていません。

※2021/04/10追記※
AppleCEOであるTimCookが2021年4月5日のNewYorkTimesのポッドキャストにて、当初のリリース予定より数週間遅れている点は認めた上で4月中にiOS14.5をリリースすると遂に明言しました。

>However, Apple CEO Tim Cook finally revealed to technology reporter Kara Swisher on the New York Times’ Sway podcast on Monday, that the much-awaited update would arrive this month.
Source:Tim Cook finally reveals iOS 14.5 update will arrive this month

Appleのニュースルームによると、「今春」とのみ記載されており正確な日程は判明していませんが、バージョンとしては iOS14.5 であることは明確になっています。
先日iOS14.5のbeta版4が開発者向けにリリースされたこともあり、いよいよ正式リリースなのではないかと囁かれています。

スクリーンショット 2021-03-23 13.24.26

Source:Appleにおけるデータプライバシーデー

9to5macの予測では、3月22日(月)もしくは、ハードウェア製品発表と紐づいてリリースされる場合は3月23日の製品発表会ではないかと予測されていましたが、依然発表・正式リリースはされていません。

製品発表会も4月に延期されるとの噂もあるので、いつ来ても良いように準備をしておう必要があるかと思います。(昨年のiOS14の発表からリリースまで2日しか猶予がなかったことを考えると尚更ですね)

尚、海外の一部の識者の間では、3度目のATT適用延期説が囁かれています。
詳細は後ほど触れますが、現状のパブリッシャーのSKAdnetwork対応状況では、iOSエコシステムの広告ビジネスの破壊は免れないのが理由です。
ただ、もし延期される場合でも、今度は1ヶ月の追加猶予になるのではないかというのが見立てとして有力です。


1-4. IDFAオプトイン化による各業界へのインパクト

IDFAが取得できなくなると、具体的にどのようなインパクトが各業界にあるのかを簡単に整理したのが以下の表です。
ここでは、「アドテク」・「アプリ事業者」・「代理店・その他」の3つの業界区分でみていきます。

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アドテク:
広告識別子の消失ということもあり、最もネガティブな影響を受けるのはアドテク業界で間違い無いでしょう。

DSP/SSP:
- IDFAを元にしたターゲティングと効果計測が要となっていたため、大打撃を受ける
- インストール効果計測のリアルタイム性・インプレッションベースの欠如は死活問題

MMP:
- IDFAを元にしたインストール前後の効果計測を行っているため大打撃を受ける

セルフアトリビュートネットワーク:
- Facebook・Google・Twitterのような自社でユーザーをターゲティングしているネットワークにとってはターゲティングは問題ではない
- 一方で、ビディングで勝者を決める上で必要になる、自社のシステム以外から取り込むインストール後行動データが同定できなくなるため影響は一定度存在する

アドネットワーク:
- IDFAを使用した仕様ではない為、影響は小さい

アプリ事業者:
アプリ事業者の中でも影響を最も酷に受けるのが、広告収益に依存したゲーム・メディアアプリです。

高ARPPUのアプリ内課金ゲーム:
- 主にミッドコア〜ハードコアゲームが中心になり、ユーザーとしてニッチな部類になる
- 故に、ターゲティング精度が落ちることは特にリタゲを多用するゲームにとっては厳しい状況になる

中ARPPUのアプリ内課金ゲーム:
- パズル・シミュレーションなどカジュアルゲームは概してそのゲームジャンル特性上、精緻なターゲティングがそこまで重要にならない為、影響としてはそこまでないだろう

広告マネタイズゲーム:
- ターゲティング精度が落ちる為、結果としてeCPMが低下して収益低下

アプリ内課金のユーティリティアプリ:
- ターゲティング精度は落ちるものの、性質上、利用ユーザーの属性が明確である為、IDFAによる影響はそこまで受けないのではないか

サブスクリプションアプリ:
- 収益が基本的にIDFAに依存しない為影響は小さい

代理店・その他:
上記2業界以外では、DMPが大きなネガティブな影響を受ける一方で、広告代理店への影響は中程度と考えます。
IDFAが喪失するとは言え、広告を完全に出稿停止する事業者は稀かと思うので、あくまでも不透明な効果計測環境の中で運用自体は継続できるのでは無いでしょうか。
一方で、旧来のMMP効果計測環境と新しいSKAdnetwork環境での効果計測の照らし合わせを求めるクライアントは一程度存在すると考えれる為、計測基準・指標が違う中でキャンペーンを突合しマッピングする煩雑な作業が求められる可能性はあるかと思います。

DMP:
- ユーザーを正確に同定できなくなる場合、DMPとしての価値は大激減する可能性がある

代理店:
- 直接的には影響はないものの、そもそもの発注者側の広告効果計測とパフォーマンスの低下は、結果として代理店の収益低下を生み出すことになる


1-5. 想定されるIDFAの取得率
では、具体的にIDFAはどのくらい取得が不可能になるのでしょうか?
いくつか事前調査の結果を踏まえて考察してみます。

以下は昨年ATTが発表された直後の6月29日に行われたIDFAダイアログのオプトイン意向の調査結果です。ご覧頂くと分かる通り、僅か14%のみがオプトインをする意向となっており、非常に悲観的な数字ですね。

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Source:How might IDFA deprecation have minimal impact?

同様の調査を他のソースからも引用し、数値感をより明確にしていきます。

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Source:A new identity challenge for marketers: Apple’s mobile ad ID becomes opt-in

上記は2020年11月に行われたアプリマーケターへのIDFA取得割合見込みに関する調査結果ですが、取得割合が半分以上が減少する見立てが53%を占め、最低でも25%は減少をするも含めると全体の89%となっています。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

同様の調査をSKAdnetworkにいち早く対応したSingularも2021年3月に実施しており、やはり取得割合は半分を下回るのは有力と考えて問題なさそうです。

Singularでは同様の調査を年齢別・性別でも結果を公表しており、それが以下の2つの図です。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

性別での許諾意向
- 性別女性の67%が取得拒否をする意向なのに対して、男性は55%と12ptの差分

年齢別での許諾意向
- 最若年層とミドル後半・シニア世代はトラッキングへの反対意向が高い
- 16〜17歳に関しては約80%が拒否意向
- 一方で、ヤング後半〜ミドル前半層は概して拒否意向が低い
- 35〜44歳層では40%前半の拒否意向

年齢・性別でも取得傾向が大きく変わる為、対象となるアプリによってその取得率は変わるかとは思いますが、ここで言いたのは、取得可能なIDFA割合の細かい数値はどうでもよく、今後はIDFAを取れない前提でのアプリマーケティングへの思考の転換が必要ということです。

※2021/04/10追記※
Appsflyerが先行してATTを適用しているアプリを対象にしたIDFA取得率に関する調査を出していたので追記します

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Source:Initial data indicates ATT opt-in rates are much higher than anticipated — at least 41%

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Source:Initial data indicates ATT opt-in rates are much higher than anticipated — at least 41%

単純平均で28%・加重平均で41%の取得率と当初の予想よりは若干数値が高いが、本数値にはLATが考慮されていないので、実際はもう少し低く出る点に注意。
ゲーム・非ゲームだと非ゲームの方が取得率は高くなり、ゲームの中でもミッドコア・ハードコアと比較してカジュアルゲームの方が取得率は低くなる見立て。

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Source:Initial data indicates ATT opt-in rates are much higher than anticipated — at least 41%

対象アプリ別の取得率の分布で見ても最大値では80%・最小値で5%以下もあることから、IDFA取得においてはブランドの認知度・信頼度に加えてダイアログの出し方などにも工夫が必要になると考えられる。

このポストIDFA時代のアプリマーケティング戦略・戦術に関しては第3章で詳述します。

2. 各方面の対応状況

第1章ではIDFA問題のおさらいをしましたが、本章では具体的に各業界がどのような対応をしているのかの状況を述べます。

2-1. パブリッシャーのSKAdnetworkへの対応状況
まずはパブリッシャー(アプリ提供者)のSKAdnetworkへの対応状況から。

KAYZENが提供するデータによると、2021年1月時点でSKAdnetworkに対応済みのパブリッシャーは僅か35%だそうです。

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Source:KAYZEN iOS14 & LAT Stats

SKAdnetworkの仕様上、広告主・配信面の両方がSKAdnetworkに対応をしていないと効果計測ができない為、実際にATTに準備が完了している収益面というのは更に割合として下がると考えられます。

重要なのはIDFA取得率は広告主・配信面どちらかだけ取得できる・高い割合で取得できるのでは意味がないということです。
IDFA取得率が広告主で10%・配信面で10%の場合、掛け合わせで識別可能なユーザー割合は、理論上は最大値10%・最小値は1%となりますが、もしそれぞれのユーザー母数の比率が大きく異なる場合は、全く突合できず0%となる可能性もあります。

2-2. エンドユーザーの動き
パブリッシャーの対応状況は前述の通り依然十分に進んでいない状況です。
では、一方のエンドユーザーはiOS14リリース前後、及び現状はどのような反応をしているのでしょうか?

以下は、Appsflyerが発表しているIDFAが取得できない端末の割合の推移グラフです。

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Source:The untold story about zeroed IDFAs on iOS 14 devices

元々デバイス単位で広告追跡を制限する選択(LATON)自体は2016年のiOS10から可能だった為、実際iOS14リリース前段階でも、世界平均でLATONのユーザー割合は24%で、特に米国は30%・EUでは18.3%と高い数値を記録していました。
この数値は、2020年9月16日のiOS14リリース後に大きく上昇し、昨年10月時点では既に35%まで上昇、iOS14搭載端末に絞った場合は実に45%まで上昇をしています。

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Source:https://developer.apple.com/support/app-store/

iOS14の浸透率が低かった昨年10月時点で半分近くの端末がIDFAを取得できなくなっており、2021年2月24日段階ではiOS14端末割合が86%を超えており、取得可能割合は更に下がることが予想されます。

※2021/04/10追記※
Mixpanelが最新のiOSバージョン別の浸透率の調査を出していたので追記します。あくまでもMixpanelの導入デバイスを対象にした数値にはなりますが、Appleの2月末公表数値である86%よりも高い90%超えを記録しており、ほとんど全ての端末がiOS14以上を搭載しているという状況は揺るぎなさそうです。

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Source:Mixpanel Trend

また、旧来のデフォルト設定画面でLATONにするのではなく、アプリ単位でアプリ起動直後にオプトインを選択する今後のATTの仕様では、この取得割合は更に下がることが容易に想像できるでしょう。

前述のパブリッシャー側の対応状況を加味すると、圧倒的にパブリッシャーの対応がユーザーの反応に追いついておらず、iOSエコシステム内の広告ビジネスへのインパクトがいかに大きいかが分かるかと思います。

実際、先日のアプリマーケティングカンファレンス2021では、UNICORNの山田さんから「現状、10~15%でしか、SKAdNetworkの計測ができていない」とお話があり、アドテク・パブリッシャーへのインパクトは計り知れないです。

2-3. 効果計測手法はどうするのか?
では、こうした状況を踏まえてパブリッシャーはどのような効果計測を行っているのか。いくつかの会社さんとお話させて頂いた内容と、海外の調査会社のレポートを元に考えてみます。

■ 効果計測の所感
・現実問題、いきなりの計測環境の完全入れ替えは想定外
・当分は既存のMMPとSKAdnetworkの2つを見比べる想定
・精緻な比較をするのではなく、あくまでも見比べて参考として見るに留めるだろう
・そもそもSKAとMMPの計測方法が全く別物なので乖離を比べられない(比べても意味がない)

複数の事業者さんとお話をしても、やはり当面は旧来のMMP計測と新しいSKAdnetworkでの計測を並行して行っていく方向の方が多いようです。
切り替えのタイミングも、1〜2ヶ月の短期スパンではなく、約半年などの中長期的スパンで検討されている方が多いです。

ATT適用後もしばらくは新旧の計測環境を併用し、精緻な照合はできない前提での効果計測と意思決定が求められるのは間違い無いでしょう。


各媒体でのSKAdnetwork適用による効果計測の変化に関しては、スペインのデジタルエージェンシーのAdmiralが以下で詳細をまとめているのでそちらをご覧下さい。

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Source:The SKAdnetwork map – All iOS14 questions answered

2-4. アドテク業界・ゲームスタジオの動向
昨年のATT発表以降活発になっているのがアドテク業界の再編成・ゲームスタジオの統合です。本項では具体的な動向を踏まえつつ、彼らがどのような意図で再編成・統合を今もなお推進しているのかを考察します。

■ アドテク再編成・ゲームスタジオ統合
①アドプラットフォームによる計測ツールの買収:ApplovinによるAdjustの買収

今年2月にモバイルマーケティング業界に衝撃を与えたのがアドプラットフォームを提供するApplovinによるAdjustの買収です。
今回のIDFA騒動で大きくネガティブな影響を受けるMMPであるAdjustを何故Applovinは買収したのでしょうか?以下3つの理由があると考えます。

■ 何故ApplovinはAdjustを買収したのか?
1:独自アプリエコシステムの構築
- Applovinは広告ネットワークを提供すると同時に、ゲームスタジオを保持している
- 自社のゲームポートフォリオで広告ネットワーク・アトリビューション両方を自由に使える点では有用
- また、IDFAが取れなくなる今後は、ベンダー単位で割り振られるIDFVでのクロスプロモーションが伸びる可能性がある
- →その場合、ゲームポートフォリオ内での自社ユーザーの同定をスムーズに行い効果計測を行う上でAdjustのようなMMPの自社への取り込みは効果的と考えられる

2:Adjustの企業成長性を買っている
- 純粋に顧客ベースと収益を狙った可能性
- Adjustの長期契約の顧客基盤と、Android側の効果計測基盤として依然AdjustのようなMMPの価値を感じている可能性

3:競合ゲームアプリのデータの把握
- Adjustは買収後もApplovinからの独立は保つ形で運営がされる予定
- Adjustのような契約スウィッチングがコストになるMMPでは、今後も急な事業者の契約切り替えは起きずらいため、その間にAKAdnetworkに統一されたパブリッシャーの数値をApplovinが間接的に保持することになる
- →Applovinは自社のゲーム広告キャンペーンに活かす算段ではないか?

特にApplovinは先日のS1で、旧来中心であったゲームセクターだけでなく、今後はEC・エンタメ・健康・フィットネス領域にも展開を狙っていくと述べており、その点でもAdjustの世界中の多種多様な異業種のデータを利活用できる点は、Applovinの国外・非ゲーム業種の事業推進において大きなメリットと言えるでしょう。

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Source:Applovin Corporation FORM S-1 REGISTRATION STATEMENT

ApplovinによるAdjustの買収ほどのビッグディールは今後そうそう無いにしても、アドプラットフォームによる分析ツール・計測ツールの買収の動きは今後も一定存在すると考えられます。

②アドプラットフォームによる市場分析ツールの買収:VungleによるGameRefineryの買収
2021年3月にはアドプラットフォームを提供するVungleが、ゲームアプリを中心とした市場データを提供するGameRefineryを買収しました。

GameRefineryは高度なクリエイティブ認識技術や自動タグ付け機能などのコンテキストデータを保持しており、VungleとしてはIDFA取得制限によるターゲティング精度の低下を、GameRefineryのユーザー属性データやクリエイティブ分析データで補完する為と考えられます。

Vungleは2020年10月にも機械学習によるレコメンド技術を強みとするAlgoiftを買収しており、アドプラットフォームがターゲティング精度の低下を外部技術を取り入れることで補完しようとする動きは今後も暫くは続くと考えられます。

③ビッグゲームスタジオによるスモールスタジオの買収:Zyngaによるスモールゲームスタジオの買収
ゲームスタジオの統合も昨年秋から急速に加速しています。
特にZyngaはモバイルゲームを提供するスモールスタジオだけなく、コンソールゲームを提供するスタジオの買収まで行っており、そのDAUポートフォリオの急速な拡大を図っています。

彼らゲームスタジオがDAU基盤を拡大する背景には、Appleの規約上そのエコシステム内(同一企業内)にいる限りはデータ共有が可能になるからです。自社DAUポートフォリオ内でのクロスプロモーションの拡大の為に統合が加速していると言えます。

Zyngaではこの発想を更に拡大推進しており、CEO自身がZynga独自のアドネットワーク構築の構想を認めたこともあり、カジュアルゲームを中心に、スモールスタジオのビッグスタジオへの統合は今後も続くでしょう。

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Source:https://www.fool.com/earnings/call-transcripts/2021/02/10/zynga-znga-q4-2020-earnings-call-transcript/

■ アドテク企業はゲーム会社になるのか?
旧来もゲーム会社が独自の広告ネットワークなどの広告技術の開発を進めたが、頓挫するか、あまり実りのあるものではありませんでした。
前項でも触れた、Facebookのゲームで一時期一世を風靡したZyngaも、当初から独自の広告ネットワーク構築をする考えを表明していましたが、結局今に至るまで実現には至っていないです。

これは、アドテクにはゲーム開発とは全く別の技術が必要になり、大抵のケースで広告エコシステムの開発コストを過小評価しているケースが多いからだと考えます。

一方で、逆の動き、即ちアドテク企業のゲームスタジオ化は今後加速していくと考えます。その理由は以下の通りです。

■ アドテク企業がゲーム会社になる理由
①:小規模なアドテク会社よりもゲームスタジオの方が圧倒的に数が多い
- 実務に耐えうるアドテクを保有する会社よりも、小規模ながらもユーザーの様々なニーズに応えた完成されたゲームを保有するスタジオの方が圧倒的に多く、拡張性にも富む

②:リソース配分がしやすい
- ゲーム会社における広告技術開発は、本業のゲーム開発と比較してリソース配分が優先されにくい
- 一方で、アドテク会社においては、ゲーム事業は収益化の柱になる可能性が高く、リソースとしても優先されやすい

上記流れの筆頭且つ先駆けが先ほども取り上げたApplovinだと思います。
Applovinといえばアドプラットフォームのイメージが強いですが、自社ゲームスタジオ「Lions Studio」を保持しているだけでなく、昨年5月には大手ゲームスタジオ「Machine Zone」を買収しています。

今やAppLovinは自らを「アドテク企業」ではなく「モバイルゲーム会社」と称しており、アドテク企業がゲーム会社になるという流れは加速していくのではないでしょうか。
特にApplovinの場合は前述のS1でも触れた通り、ゲームセクター以外への進出も積極的に行っていくということで、「モバイルゲーム会社」に止まらず「モバイルアプリ会社」へと進化していく未来もであると思います。

Applovinに関して詳しくはSmartly.ioのTatsuoさんがまとめられている以下の記事が分かりやすかったので是非ご覧ください。

Applovinに限らず、モバイルグロースプラットフォームを提供するIronSourceによる、ゲームスタジオSupersonicの事業提携・広告ベースのゲーム制作に焦点をあてたSuperSonicGamesスタジオの設立などの事例も存在し、アドテク企業が「モバイルゲーム会社」へと再編成・統合されていく動きも今後は多くあるのではないでしょうか。

2-5. 中国テックジャイアント「CAID」によるATT回避の動向
AppleによるATT適用が間近に迫ると噂される中、中国がまたすごいものをぶち込んできました。

TikTokのBytedanceを始めとする中国のテックジャイアントを中心として、中国独自の広告識別子として「CAID」の導入を推進しているというのです。

CAIDの目的としては、AppleのIDFA取得制限であるATTを回避するものになっており、中国政府も開発の後援をしているとされています。
中国側はAppleの担当者と密に連絡をとっていると主張していますが、そのf後Appleは「ATTは世界中のデベロッパーに例外なく適用される」と明言しており、再び米中のデータ取得・利用に関する争いが起きそうです。

具体的な我々日本への目立った影響は今のところはなさそうですが、中国国内では一定のインパクトがあると考えられます。
中国の場合は既にGoogle識別子に代わる「OAID」(Open Anonymous Device Identifier)の普及が進んでおり、CAIDが正式提供される場合の移行もそこまで大変ではないと考えられるからです。
一方で、世界全体での話で言うと、もし仮にCAIDが正式に提供された場合でも、メインのアトリビューション方法に全方面が対応する必要があることから、急速な総入れ替えなどは起こり得なそうというのが所感ではあります。

※2021/4/10追記※
iOS14.5リリースに伴うATT適用が直前に迫る中、中国のATT回避策「CAID」の開発推進に欧米企業も加担を始めたとのこと。
あのP&Gやデロイト・PwC・ニールセンなど名だたる企業が開発検証に関わっていると認めた。
Appleは全世界の全てのデベロッパーにATTを適用すると明言しているが、このCAID開発と実装の動きはどうなるかは今後も注視が必要か。

>The company has joined forces with dozens of Chinese trade groups and tech firms working with the state-backed China Advertising Association to develop the new technique, which would use technology called device fingerprinting, the people said. Dubbed CAID, the advertising method is being tested through apps and gathers iPhone user data to serve up targeted ads.
Source:WSJ: P&G among companies testing China-backed way to skirt App Tracking Transparency rules

3. ポストIDFA時代に求められるモバイルマーケティング戦略・戦術

さて、ここまでIDFA問題のおさらいから、各業界の動向に関してまとめてきました。
最後の本章では、ポストIDFA時代に求められるモバイルマーケティング戦略・戦術に関して以下の3つの観点から述べます。

■ ポストIDFA時代に求められるモバイルマーケティング戦略
戦略①:新規ユーザー獲得
獲得精度が下がる今後どのようにして効率を担保するか?

戦略②:アプリ内マーケティング
離脱後のアプローチが難しくなる今後、いかに継続的にユーザーにアプリを使ってもらうか?

戦略③:マーケティング全体
個人を識別することができなくなり成果が不明瞭になる今後、どのような思考でサービスを提供していくか?

3-1 . 戦略①:新規ユーザー獲得
■ 戦術①:AppleSearchAdsの強化
今後IDFAが取得できなくなる中で、IDFAを利用せずにターゲティングが可能なAppStoreの検索広告であるAppleSearchAdsの出稿量が強化される流れは間違いなくあると思います。

スクリーンショット 2021-03-24 19.37.26

Source:Appsflyer Performance Index XI

既にGlobalのアドプラットフォームランキング(iOSのみ)でも昨年2位に上り詰めていますが、ATTの適用外として旧来と変わらずターゲティングができる点は事業者にとっては魅力的かと思います。

特に、旧来はAppleSearchAdsの管理画面とMMPの管理画面上で、その計測手法の違いから効果が低く見えがちでしたが、今後はLATONユーザーの数値もMMP側に送信されるようになる為、より正確にASAの媒体としての価値を測定できるようになるのもあり、今後出稿ボリュームが増えていく可能性は大いにあると思います。

■ 戦術②:ASO(アプリストア最適化)の強化
IDFA取得割合が減少し、広告のターゲティング精度が下がる今後は、ストアに流入したユーザーの転換効率を向上させる取り組みが非常に重要になります。

広告の部分最適をしていると忘れがちですが、全てのユーザーはアプリをダウンロードする際に最終的にはAppStoreの詳細ページにたどり着きます。
つまり、いくらその手前の広告でCTRが高くても、その後の詳細ページでの転換率が低ければ、全体として見た際の獲得効率は低くなります。

その点で、ASOは単にストアのオーガニック検索経由ユーザー対策だけでなく、獲得の最終ステップの要を担う施策としての認識が重要になります。
以下は、ASO対策の有無による効果を、ストア流入ユーザー数とその後のCVRでシミュレーションしたものですが、ASOによるCVR向上は広告も含めたブレンドCPIの低下に繋がっており、全体としての獲得効率が改善しているのが分かります。

スクリーンショット 2021-03-24 23.40.33

では、具体的にどのような施策をASOでは特に注力するべきか?
ここでは以下3つの施策を挙げます。

■ ASOで特に注力するべき施策
①:クリエイティブの継続的な検証と改善
②:レビュー・評価の改善
③:AppleSearchAdsとの連携運用

まず①の「クリエイティブの継続的な検証と改善」ですが、画面キャプチャをそのまま使ったり、リリース時のスクリーンショットからずっと変えていない方もいるんじゃないでしょうか?
ユーザーがDLを決定する最終局面でアピールをしないのは勿体なさすぎるので、クリエイティブ要素は継続的に検証・改善をしたいところです。

クリエイティブ要素の中でも、まず手をつけるべきなのがスクリーンショットの1枚目です。以下の画像はユーザーが何枚目までスクリーンショットを見ているかの割合を示したものですが、1枚目以降はほとんど見られていないことが分かります。
まずは、スクリーンショットの1枚目を徹底的にブラッシュアップしていくことが優先度としては非常に高いかと思います。

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Source:App Store Screenshots ASO Strategy

加えて重要になるのが、「②:レビュー・評価の改善」です。
Apptentiveの調査によると、アプリをダウンロードする前に最低でもレビュー・評価を1つチェックするユーザーは59%に上り、平均評価が星3から星4に上がることによるCV改善幅は89%にもなります。

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レビュー・評価を改善する施策としては、以下の様な手法が存在しますが、各手法の詳細は本noteでは割愛させて頂きます。(別途noteでまとめようと思います。)

■ レビュー・評価を改善する施策
・最重要!:良いプロダクトを作り続ける
・レビューに真摯に対応・返信する
・Appleの公式レビュー依頼ダイアログのタイミング制御・ユーザーセグメントのブラッシュアップ

間違ってもブラックハット手法(レビューを買ったり・サクラレビューを投稿する・競合アプリに低評価をつける)は選択しないでください。
詳細は以下のnoteで解説しているのですが、アプリがBANされる危険性があったり、効果は瞬間風速的だったりと百害あって一利なしです。

特に近年、両OSともにブラックハット手法に対する検知能力の向上や、処罰の厳罰化が進められているので、絶対に手を出さないでください。


最後の「③:AppleSearchAdsとの連携運用」に関しては、今後iOSの新規獲得施策として特に重要になると思います。旧来はASOはASO、ASAはASAと効果を分離して施策を行っていた方も多いかと思いますが、今後は相互にデータを共有し、同時に運用を行っていく必要があります。

具体的には、以下の図のようにAppleSearchAdsのCPAデータとASO施策による上位表示難易度でキーワードをプロットして、このキーワードはASO・このキーワードはASAで対策するという風に運用することが考えられます。

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また、AppleSearchAdsの管理画面上では、各キーワードのCTR・CVRを取得することができる為、その数値をアプリとキーワードの親和性と捉えて、数値が高いキーワードをASOのキーワードに設定したり、スクリーンショットに記載するなどの連動した施策も考えられるでしょう。

■ 戦術③:広告出稿予算のアロケーション
前述のAppleSearchAdsの強化のような広告予算のアロケーションも一定進むと考えられます。あり得るアロケーション先としては以下が挙げられます。

■ アロケーション先候補
①:iOS予算をAndroid出稿に寄せる
②:Snap・TikTokなど急伸ネットワークへの切り替え
③:別獲得手法への切り替え(リファラルマーケティング・インフルエンサーマーケティング)

①に関しては書いておいてあれですが、iOS端末が約65%を占める日本では大規模に進むものではなさそうです。ただ、Android比率が大きくなる海外に展開されている方は一考の余地はあるかと思います。

②に関しては、今回のIDFA問題により、一定Facebook・Googleによる広告市場寡占の牙城は崩される可能性があります。この機会に、急伸中のSnap・Tiktokなどの新しい広告プラットフォームにトライするのもあり得るかと思います。

③に関しては、IDFAに頼らない獲得手法に予算を転換させるという考え方になります。特にD2Cブランドの広告はFacebookの類似ターゲティングに大きく依存している場合が概して多いので、今回のIDFA騒動を契機として別の手法に転換するのは多くなるかと思います。

以上が広告予算のアロケーション案ですが、重要なのはIDFAが取れなくなることでユーザーは識別できなくなる一方で、ユーザーが消滅するわけではないということです。
これからの獲得戦略では、ユーザーを識別できない前提での、大局を捉えたマーケティング手法と意思決定が重要になるのは間違い無いかと思います

■ 戦術④:Web2App導線の設計
自社のWebサービス・サイトからアプリ利用に転換させる施策である「Web2App」施策の重要性も今後は上がるでしょう。

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Source:The Virus Changed the Way We Internet

特に昨年から続くコロナ禍の自宅時間が増えたことで、ユーザーのデバイス利用行動に変化が顕著に起こっており、スマートフォンからPCへのトラフィック移行が一定進んでいます。(特にエンタメ系サービス)

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Source:5 reasons web-to-app should be on your radar

実際、ウェブを中間タッチポイントとしてアプリインストールが発生した割合は昨年1月の約6%から11月には10%弱まで上昇しており、今後も上記のトレンドが続くのであれば成長余地は非常に大きいと考えます。

Web2App施策を強化するべき理由は以下の4つです。

■ Web2App施策を強化するべき理由
1. 広告よりも獲得コストが低い
2. 測定の正確度が高い
3. 定着率が高い:特に旅行・EC・飲食ではWebサイトで価値を感じた後にアプリに入ってくる
4. Webサイトをオンボーディングに利用できる:特にサブスクの課金ではWebサイトで有料転換させることで転換率をあげつつユーザーも安い値段でサービスを享受できる

■ 戦術⑤:クロスプロモーションの強化
新規ユーザー獲得戦術の最後は、自社のアプリ・サービス間でのユーザーの送客を行う「クロスプロモーション施策」です。

第2章でも触れた通り、Appleは自社のサービスデータであれば、IDFVやサービス固有IDを利用してユーザーを識別はできると述べています。
ApplovinやZyngaなどが買収を繰り返してDAUポートフォリオを拡充させているのは正に上記の背景があるからなわけですが、この手法はゲーム以外でも有効です。

例えば、漫画サービスとSVODサービスを保持している事業者の場合であれば、以下のようにサービス利用データを連携させることで、サービス間の相互送客が可能になります。

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ここで重要になるのが、ただ闇雲に相互送客を行うのでは意味がないということです。
DAUポートフォリオを拡充するためには、新規獲得も重要ですがユーザーを維持することがもっと重要です。
維持するためには、サービスの利用傾向や属性データ・行動データから相性のよいサービス・コンテンツを特定し、ユーザーごとに最適化した施策を行うのが重要になります。


3-2 . 戦略②:アプリ内マーケティング
IDFAが取得できなくなる今後は獲得効率の低下だけでなく、離脱したユーザーをリターゲティング広告で復帰させるのも難しくなるのは前述の通りです。
故に、今後はよりアプリ内マーケティングに注力し、そもそもユーザーを眠らせないような施策が非常に重要になります。

■ 戦術①:IDFAのソフトオプトイン
結論、グレー要素も多分にありますが、IDFA取得の許諾ダイアログを出す前に取得理由を説明するポップアップを出したり、スプラッシュを挟むソフトオプトイン手法は存在します。

既に実施されていた方もいましたが、リジェクトリスクはやはり一定存在するのが現状ではあります。

ただ、ガイドラインをしっかり読み込むと、ユーザーに対して許諾を強制することは禁止されていますが、許諾して欲しい理由をユーザーに対して説明すること自体は認められている為、言い回しに気をつければ実施自体はできると僕は思います。

5. Legal>5.1 Privacy>5.1.1 Data Collection and Storage (iv) Access:
Apps must respect the user’s permission settings and not attempt to manipulate, trick, or force people to consent to unnecessary data access.

Source:App Store Review Guidelines

スクリーンショット 2021-03-24 21.25.19

Source:User Privacy and Data Use

ちなみに、ユーザーに対してなぜIDFAの取得が必要かを事前に明示・説明するのは重要だと僕は思います。
以下はSingularがユーザーに対して、IDFA取得がどんな意味をもつかに関して調査した結果ですが、なんと約7割のユーザーが「自分のオンライン上の全ての行動が筒抜けになる」と考えているのです。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

これは実態には即しておらず、エンドユーザー側は漠然とIDFAに対して恐怖を持っていると考えられ、この恐怖をできる限り解きほぐしてあげるのは有効だと考えます。

同じく、Singularが実施したどのような理由でユーザーがIDFAを提供するかの調査ですが、1位に「サービス提供会社をよく認知しており信頼しているかどうか」が59%と挙がっている一方で、次いで2位に「なぜ取得が必要なのかが分かれば」が49%と高く数値として出ています。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

ここからも、IDFA取得許諾のダイアログを出す前に、「なぜこのサービスはIDFAを取得したいのか・それによってどのような便益がユーザーにあるのか」をユーザーに明示・説明するソフトオプトイン施策は一定有効であると考えられるでしょう。

また、意外と知られていないのですがATTのデフォルトのIDFAオプトインダイアログにも可変要素が存在します。
Apple標準の太字の文言の下の細字の箇所は、デベロッパーが任意に設定ができるセクションになっており、この箇所で何故IDFAを取得したいのか、それがどのようなメリットをユーザーにもたらすのかなどを説明できるようになっています。

説明を丁寧に長くしたところでユーザーが反射的にボタンを押す可能性も否定できませんが、検証をできるポイントかとは思います。

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Source:Initial data indicates ATT opt-in rates are much higher than anticipated — at least 41%

ただ、いくら気をつけても結局のところ、Appleのレビュー担当者の匙加減による部分は多分にあるので、実施される場合は自己責任でお願いします。

■ 戦術②:プッシュ許諾率向上の重要性
ユーザーに継続的にサービスを使用してもらう上でプッシュ通知が有効であるのは分かりやすいですが、見落とされがちなのがプッシュ通知の許諾率です。

プッシュ通知の許諾ダイアログをアプリ起動直後に表示するアプリはまだまだありますが、許諾率はプッシュ通知でリーチ可能なユーザー母数を決定する重要な要素であり、改善施策が重要になります。

プッシュ通知の許諾のソフトオプトイン手法に関しては、以下の参考資料が分かりやすいです。


個人的には、以下のようなフレームワークを用いて許諾ダイアログを出すタイミングを決定することを推奨します。

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横軸にユーザーの行動フローをとり、縦軸に対象母数(各行動の実行ユーザー数 = ダイアログ表示可能ユーザー数)をとり、それぞれイベントをプロットしていきます。
上記ではマッチングアプリを例にとっていますが、ユーザーがプッシュ通知を必要(お知らせして欲しい)と感じるイベント、即ちいいね送信後(マッチングした場合にお知らせして欲しい)・メッセージ送信後(返信がきた場合にお知らせして欲しい)の直後に出すのがポイントになります。

上記2軸に加えて、以下のRCAフレームワークを用いると、より確度の高い許諾率向上施策が行えるので、是非参考にしてみてください。

■ RCAフレームワーク
Reach:リーチ可能なユーザー母数の大小
・ダイアログを出すのがユーザージャーニーの奥深くすぎないか?

Conversion:許諾をしてくれる可能性
・ユーザーにとってメリットに繋がるタイミング・内容か?

Annoyance:許諾ダイアログが表示される時のユーザーが感じるウザさ
・ユーザーの一連の行動の途中で妨げていないか?


■ 戦術③:プッシュ通知 ≠ 休眠復帰

プッシュ通知を送る対象と内容に関しても精査が必要です。
プッシュ通知は休眠したユーザーを呼び戻す為の施策だと思っていませんか?

確かに、休眠したユーザーを起こす施策として活用もできるのですが、改善インパクトとしては非常に小さいです。
本来プッシュ通知は、ユーザーの次の行動ステップに繋げるコミュニケーション手段・眠ってしまいそうなユーザー(休眠予備軍)を繋ぎ止める為の施策です。

上記前提を踏まえて、プッシュ通知を送るべき対象とその内容を整理したのが以下の図です。

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全てのユーザーに対して同一の施策を実施するのではなく、それぞれのユーザーの状況・属性・行動履歴に合わせて、プッシュ通知の内容・頻度を最適化していくのが重要です。

まだまだエンドユーザーから見てウザいと思われるプッシュ通知は世の中に溢れているので、「プッシュ通知の企画から運用」をまとめたnoteは別途執筆します。


3-3 . 戦略③:マーケティング全体
最後の本項では、獲得前後などの段階を取っ払い、サービスのマーケティング全体としてどのような考え方・施策が必要になるかを考察します。

■ ビジネスモデルの転換は考えられるか?
第1章でも述べた通り、今回のATT適用により大打撃を受けるのは、広告収益をベースにしたサービス(特にメディア・カジュアルF2Pゲーム)です。
こういった事業者の方は、低下する広告収益に対しての打ち手が必要になりますが、ビジネスモデルの転換・変更は一考の余地があるかと思います。

こちらもSingularの調査結果を引用しますが、ユーザーに対して無料でプライバシーが保証されないのと、お金を払ってプライバシー保護を強化したいのとどちらが良いかを聞いた結果、約3/4のユーザーが後者を選択しています。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

一方で、実際にFacebook・Googleといった旧来無料であったサービスに対して課金ができるかの質問に対しては、「払いたくない」が50%を超える結果になっており、払う意思のあるユーザーに関しても年間25$までが全体の約40%を占めており、到底サブスクリプションの一般的な平均年単価には及ばないです。

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Source:IDFA survey: 62% of consumers will not allow app tracking in iOS 14

上記の結果を踏まえると、サブスクリプションモデルのみへのドラスティックな転換は考えずらいとしても、広告収益の低下に対してはアプリ内課金の導入によるハイブリッド収益モデルへの転換は検討の余地があるのではないかと考えられます。

今まで無料で使えていたものが実際に有料になると使わなくなるのは往々にしてある為、それだけペニーギャップの壁は大きいことを念頭に置いてビジネスモデルの転換などを検討するのが重要かと思います。

■ AppStoreでフィーチャーされるようなサービス設計・活動
ATT適用の背景の考察でも述べた通り、AppleはAppStoreのアプリの視認性コントロール復権を狙っていると考えられます。
そんな中で今後重要になるのは、いかにAppleに良いアプリと認識してもらい、フィーチャーしてもらえるかです。

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当然、良いアプリをユーザーに提供するというのは前提にあるのですが、Appleにフィーチャーされやすくなる為の細かい工夫や取り組みが無数にあるので、それらを地道に行いアピールしていくのも非常に重要です。
以下にいくつか取り組みの例をあげておきますが、詳細は拙著「DL数150%アップ!? AppStoreのアプリのフィーチャーとは?」で述べておりますのでよければご覧下さい。

■ フィーチャーに有利な具体的な条件
①:Appleの最新技術を取り入れていること
②:アップデート頻度が高いこと
⑤:アプリ詳細ページは最適化されているか
⑦: Apple製品をスクリーンショット内などで見せる などなど

■ 非デジタル領域の磨き込みの重要性
IDFA問題はモバイルマーケティングに激震をもたらしている一方で、大局を捉えると、「獲得・リテンション施策の1手法が消滅した」と考えこともできます。

特に、オフラインの体験が重要になるようなサービスの場合は、デジタルを顧客接点のあくまでも1つと捉えて、アナログ/デジタル横断・ユーザーステップ横断でのユーザー体験の整合性の担保・向上に取り組むのが重要な思考かと思います。

事業者側ではユーザージャーニーにおける各ステップと関係者を分断して改善施策に取り組みがちですが、本質的なユーザー体験の磨き上げでは、ユーザーのペインベースでの改善施策を横断的に実施していくことが非常に重要である点を強く認識するのが重要です。

今回のIDFA問題はあくまでも一部の手法が潰れただけと捉えて、新規ユーザー獲得段階のみ・アプリ内のみに閉じた施策の改善だけではなく、ユーザー体験ファネルを俯瞰してサービス改善をしていくのが今後重要になる考え方なのでは無いでしょうか?

■ ユーザーステップ横断のデータ利活用の重要性
旧来獲得領域・リテンション領域と分断されていた組織・データの統合も視野に入れるべきだと考えます。

上述のユーザー体験の整合性にも関連しますが、各領域の部分最適は概してユーザー体験全体の整合性には繋がりません。
全てのタッチポイントのデータを相互にフィードバック・利活用して、顧客体験全体の期待値の一致・体験の整合性の担保が重要です。

以下は、各領域のデータをどのように別領域に横断して適用できるかを簡単に図式化したものですが、是非参考にして施策に落とし込んでもらえると筆者冥利に尽きるというものです。

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最後に

以上2万字を超えて長々と書いてきましたが、今回のIDFA問題を受けてモバイルマーケターが考えるべき戦略・戦術をまとめると以下のようになります。

スクリーンショット 2021-03-24 22.01.16

IDFAの消失問題をどのレベル感で捉えるかは人それぞれだとは思いますが、今回の騒動がきっかけとなり、刈り取り型マーケティングからエンゲージメントマーケティングにドラスティックにモバイルマーケティング業界が転換すると、事業者・エンドユーザーみんなハッピーになれて良いなと思います。

各ユーザータッチポイントごとの部分最適施策は今後は長期的関係性の構築には繋がらずパイは小さくなっていきます。
今後大事になるのは、ユーザー体験を時間軸として捉え、ユーザーを「管理」するのではなく、1人1人の興味・嗜好・行動を考慮した状況に合わせたコミュニケーションを行うことです。

認知・獲得から定着・収益化まで一貫した顧客体験を提供することで、ユーザーエンゲージメントは向上し、それがアプリ全体の成長の好循環エンジンとなる。

この点を強くご認識頂ければ幸いです。

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また、今回のnoteの内容は、Repro伊藤直樹さん(@n_11o)と2人でやっているポッドキャスト「Mobile Update」でも解説しているのでそちらも併せてご視聴ください!
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