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#08 冷たく重い手錠

早朝から報道陣に囲まれ、任意同行、取調べ。
一方的に責め立てられ続ける取調室で、私の意識は朦朧もうろうとしていました。

弁護士からの電話が入ったことで、ひとまず危機を脱した私でしたが、
捜査機関が描き、走り出したシナリオは、止まることなく進んでいきました。

■登場人物
私:藤井浩人
Y刑事:愛知県警刑事、任意同行から私を担当。積極的に恫喝。
A刑事:岐阜県警刑事、任意同行から私を担当。同じように恫喝。
神谷弁護士:逮捕一週間前に相談した愛知県の弁護士の先生。

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怒号が飛び交っていた取調室には、静寂が訪れていました。

(市役所には、まだ報道陣もたくさん残っているだろう。まずは説明をしないといけない。でも、何を説明すれば良いのだろうか。説明しなければいけないのは、私ではなく警察の方ではないのか)

美濃加茂市に帰れることが分かった私は、そんなことを考えていました。
間もなくして、1人の男性が取調室に入ってきました。
おそらくY刑事が言っていた、キャップ。

「今すぐ帰ることは可能です。ただ、現在私たちは逮捕状を裁判所に請求しています。今帰っても、逮捕状が出たらまた私たちが藤井さんを迎えにいかなければなりません。そうなると、美濃加茂市も市役所も大騒ぎになるでしょう。逮捕状の請求結果が出るまで、ここでもうしばらく待ってはどうですか」

そう告げられました。

(こんな場所からは、今すぐにでも出ていきたい。何より、あの異常な取調べは御免だ。そもそも、何の事件なのか。私に対して、逮捕状なんて出る訳がない。こんな所で待つ必要は全く無いはずだ)

そんな思いだった私は、即答しました。
「そのような配慮は結構です。このまま帰らせてください」

困った顔をしたキャップは、
「んー、それでも良いですが、一度、弁護士の先生と相談してみてください」

そう言われ、携帯電話を返してもらい、再び神谷弁護士に電話をかけました。
神谷弁護士は、
「逮捕状の請求結果が出るまで待ってもいいと思います。外は大騒ぎになっていますから、一度外に出ると大変ですよ」

(そんなにも大きなニュースになっているのか。きっと、良い報道では無いのだろう)

「分かりました。待ちます。その代わり、これ以上、警察官とは話をしたくありません」

神谷弁護士が警察にその旨を話してくれたようで、
これ以上、取り調べは行われないことになり、取調室でただ時を待つことになりました。

Y刑事とA刑事、2人の顔は見るからに不満そうでした。

放心状態になっていた私でしたが、携帯電話が返ってきたので、市役所の秘書には、
「お疲れ様です。今日中には帰れると思いますが、スケジュールの変更など少しご迷惑をおかけします」
このような趣旨の連絡をしました。
これが、市長から市役所への保釈前の最後の連絡となりました。

「その連絡があって、その時は本当に安心しました。すぐに帰ってくるって聞けたので」
後のことですが、秘書係長だったWさんは、目に涙を溜めて話をしてくれました。

それから、何名かの人に連絡したと思いますが、既に私の意識は朦朧としていて、ただ座っているだけで精一杯でした。

「昼ごはん、何か食べるか」
そんなことも聞かれましたが、食欲は全くありませんでした。

よく冗談で、
「カツ丼は出てこなかったんですか?」
そんなことを聞かれますが、あの場面でカツ丼をガツガツ食べられる人のメンタルは相当に凄いと思います。そして、カツ丼は買ってもらえないので、自分のお金で買わなければなりません。

【逮捕状】
裁判官が捜査機関に対し、逮捕する権限を与える許可状。 裁判官は被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、しかも逃亡のおそれまたは罪証隠滅のおそれがあって、逮捕の必要が認められるときは、検察官または司法警察員の請求により、逮捕状を発付します。

(日本の裁判官が、こんな滅茶苦茶なことで、私に逮捕令状を出すはずがない。それに、警察の上には検察だっているのだから、きっと正しい判断をしてもらえるだろう)

警察に裏切られた私でしたが、まだ、裁判所や検察への希望は捨ててはいませんでした。
しかしその数時間後、私の望みを打ち砕く逮捕状が届いたのでした。

そして、1人の刑事が
私に、両手を前に出すように言いました。

" 手錠 "
・・・それは、冷たくて、重たいものでした。

時間は分かりませんでしたが、窓のない部屋では深夜の出来事のように感じました。
まさか自分に手錠をかけられるような日が来るとは、ここでもまだ、夢であって欲しいと強く願いました。

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