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「清々しいほど分からない」のに最高に面白い 『宇宙と宇宙をつなぐ数学』

最初に正直に白状しておこう。

私は本書のテーマ「宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論」を全く、何も理解できていない。おそらく理解度を数字で表せば0.0001%以下、いやそもそも自分の理解度がどの程度か想像もできないほど、分かっていない。

『宇宙と宇宙をつなぐ数学』KADOKAWA 加藤文元/著

世界の数学者がその難解さと新奇性から距離を置いて様子見している新理論が、理解できるはずもない。

だというのに、私はこの本を寝る間も惜しんで一気読みして、すぐさま再読に取り掛かり、2度目も「全然、わからない……」とつぶやきつつ、それでも興奮しながらページをめくった。

それはその昔、ロジャー・ペンローズが量子脳論というトンデモ理論(?)を唱えた『皇帝の新しい心』を読んだときに似た、「分からなすぎて面白い」という奇妙な読書体験だった。

「こんな清々しいほど訳の分からない素晴らしい本が書店で平積みになるなんて、日本も捨てたモンじゃないな」と妙な感慨にふけっていたら、10月になって八重洲ブックセンターの「八重洲本大賞」を受賞したと聞いて、心底驚き、我が事のように嬉しかった。

これだけ「分からない」と断言した以上、京都大学に籍を置く数学者、望月新一教授が唱えるIUT理論について、ここで何か解説めいたものを書く力量も度胸も私にはない。

本書から感じ取れたのは、この理論が整数論の超難題「ABC予想」を解くといったレベルにとどまらず、数学に人類史上屈指の革新をもたらすポテンシャルを秘めているという事実だけだ。

それほど低レベルな私にとって、どうしてこの本がこんなに魅力的なのだろう。

まず挙げておきたいのは、この本が最高の書き手を得た幸運だ。

著者である加藤文元氏は東京工業大学教授の職にある数学者であり、一般向けの数学読み物を何冊か書いている。しかも京大在籍時には、望月氏がIUT理論を熟成させる過程で重要な役割を担ったパートナーでもあった。

巻末の本書が成った経緯によると、川上量生氏はあるイベントをきっかけに、望月氏との親交がそこまで深いとは知らずに加藤氏に執筆を依頼したという。何という奇縁!

この筆力と理論の理解において最良の書き手が、何としても画期的な理論の片鱗を広く共有したいという情熱をもって語り掛けてくる。この熱量と、それをもってしてもぼんやりとしたイメージしかつかめない数学の深遠さが、読む者の心を動かす。

ヒューマンストーリーとしての味もある。

「天才数学者は変人ぞろい」などいうステレオタイプをはめ込みたくはないが、彼らの交流が一種独特の、どこか浮世離れした魅力をもっているのは事実だろう。映画化されたラマヌジャンとハーディーの交流を描いた『無限の天才』や『放浪の天才数学者エルデシュ』はその好例だ。

筆致が淡々としており、上記の例ほどドラマチックではないが、加藤氏が振り返る望月氏との「セミナー」の描写からは、純粋な知の追求に身を捧げる数学者の崇高さを垣間見ることができる。

2人で通ったお気に入りの焼き肉屋が閉店になってショックを受けたという回想にも、数学者的な妙なおかしみがある。

数学の入門書としてみても、IUT理論に接近する道筋で繰り広げられるABC予想の概説や群論の解説は、丁寧に追っていけば文系でも理解できる難易度であり、数学史と絡めた叙述は読みごたえもある。

それにしても、本書が主張するように、IUT理論は既存の枠組みを一新するようなインパクトを数学にもたらすのだろうか。

「その後」の成り行きを検証する続編の刊行を期待したい。おそらく、数学理論の部分は0.0001%も理解できないとは思うが……。

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本稿は光文社のサイト「本がすき。」に1月17日に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。

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