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古くてあたらしい、資本主義と出版 「ひろのぶと」株主ミーティングに寄せて

去る8月6日、田中泰延さんの経営する出版社「ひろのぶと」の株主ミーティングが開催された。

登壇予定だったが、諸般の事情で出席がかなわなかった。私自身、とても楽しみにしていたので、とても残念だった。
未練がましくプレゼンまがいの祝辞を送った。
田中さん、代読ありがとうございました。
短時間で書いたので少々粗いが、少しだけ手を入れて残しておく。
では、ごゆるりと。

おカネの教室 in ひろのぶと

皆さま、本日は記念すべき第1回株主ミーティングの開催、まことにおめでとうございます。
急な事情でリアルでのご対面がかなわず、口八丁手八丁でごまかすわけにはいかなくなりましたが、せっかく作ったパワポがもったいない一心で、代読によるご挨拶をお願いすることとしました。
紙芝居と一緒にご覧ください。

では、早速。

初手からタイトル、プログラムと食い違っております(プログラムの題目は『トウシの教室』)。ドンマイでございます。
初めましての皆さま、少々、自己紹介を。

名古屋生まれ・名古屋育ち、ヒルビリーな青春時代を経て、かれこれ四半世紀、経済記者をやっています。『おカネの教室』という本を4年前に出しまして、そこそこ売れています。
まだまだ売れると嬉しいので、未読の方は、ぜひ。

さて、きょうのテーマはこちらです。
ところで皆さん、唐突ですが、「株式」は英語でなんと言うか、ご存じでしょうか。

答えは、こちら。

シェア、です。株主はシェアホルダー、「分け前を持っている人」です。
では、株式とは、株式会社とは、何をシェアする、分かち合うシステムなのでしょうか。

教科書的な答えは、こうです。

利潤、もうけを分け合う。世の中、所詮カネです。
 
支配とは「経営にイッチョカミできる」という意味です。株主総会で一株持っていれば一票を投じられる。
ひとり一票ではありません。たくさんお金を出した人の声が大きい。世の中、所詮カネです。

「物的証券」は、株主は会社の物理的なオーナーでもありますよ、という意味です。縁起でもないですが、会社をたたみましょう、となったとき、残った資産を分け合う。
もっとも、会社が「飛ぶ」と、先に銀行やら借金取りが値打ちのあるものを持ち去ります。世の中、そういう仕組み、所詮、カネなのです。
皆さまに残るのは、泰延さんの脂汗が染み込んだ机や椅子、冷蔵庫の残り物くらいでしょう。
 
このように、株式をもつ、会社をシェアするというのは、資本の論理、つまりカネが世界を支配する資本主義社会へ参画することであります。

さて、こちらは名高い「ピケティの不等式」です。
「r」は株式や不動産に投資した場合のもうけ、「g」は経済成長率を示します。投資家のカネのたまり具合は、世界全体が豊かになるより早いよ、という、身も蓋もない意味です。
「ホンマかいな」と懐疑論もありますが、理屈は通っています。逆に、そうじゃなかったら、誰もわざわざリスクをとって投資しないでしょう。
 
今回、「ひろのぶと」への出資で、はじめて本格的な「投資」に参加された方も少なくないのでは、と拝察します。
デビュー、おめでとうございます。
皆さんは、資本主義の中で「持てる側」にまわる第一歩を踏み出しました。資本家、ブルジョワへの道は開かれました。
 
と、そんなに単純なら、苦労はございません。
投資すればお金持ちになれるなんて、世の中、そんな甘くはありません。
では、ここから、投資の世界の賢者の言葉を借りつつ、このテーマについて考えてみましょう。

「ひろのぶと」に投資するのは、どんな意味があるのか。
まずは、こちら。

ご承知とは思いますが、「ブルジョアへの道」は閉ざされています。

これは資本主義の否定なのでしょうか。ここで賢者の言葉を紹介します。

仮置きした画像の差し替えを忘れました。

世界最高の投資家ウォーレン・バフェットは「株式市場から利益を得ようとしたことはない」と公言しています。株価の上げ下げではなく、投資先が生む価値こそが大事なのだ、と。
この言葉は、市場が閉鎖されて株が売れなくなっても大丈夫と思える企業に投資するという意味です。

こんな言葉もあります。
皆さんが出資された額は「支払ってしまったコスト」です。
重要なのは、その対価として手に入れた価値です。
ここでもバフェットは「いくらで買っていくらで売るか」じゃないと言っている。価値が大事だ、と。

投資でもっとも大事な鉄則のひとつはこれです。
この点では、きょうお集まりの「ひろのぶと」の株主の皆さんは、何の問題もないであろうと確信します。

さて、バフェットの言葉を私なりに言い換えると、こうなります。

「理解して、価値を、長期で共有する。」

そのために「株式」という器がある。

ご存じの通り、株式会社の起源は400年ほど前、大航海時代にさかのぼります。リスクをとって航海に出るための費用を出し合い、利益を分け合うために生まれた仕組みです。

ひとりではできないことに、お金を集めて挑む。

自分でやる時間がない人でも、お金を通じてあるプロジェクトに参加できる。

これが株式と株式会社の本来の姿です。

きょうのテーマはこちらでした。
近年、資本主義は「経済格差助長マシーンである」といった悪評にさらされています。
ピケティの不等式さながらに、投資家・資本家が富を独占して、賃金は上がらない。けしからん、と。
確かにそういう面は否定できない。

一方で、そうした弊害を修正する動きもあります。
そのひとつが、クラウドファンディングなどを通じた資金調達でしょう。「何かやりたい人」と「応援したい人」を直接つなぐ試みです。

このITの発達で可能になった新しいお金の流れは、しかしながら、一歩ひいて見ると、先ほど申し上げた株式や株式会社本来のあり方への先祖がえりのような側面もあります。

今回、皆さんが参加されたのは、まさに「古くてあたらしい資本主義」なのだろうと思うのです。

さて、こちらは「ひとり出版社」である夏葉(なつは)社を創業した島田潤一郎さんの『古くてあたらしい仕事』という本です。
出版ビジネスの先達から泰延さんに「必読のテキストである」と厳しい指導が入っていると仄聞しております。泰延さんは最低10回ほど読み返しておられることでしょう。私は2回、通読しました。
100年前から変わらない「本を作って出版する」という仕事に真摯に向き合う島田さんの言葉が心に染み入る、素晴らしい1冊です。

別の箇所を引用します。

「わたしだったら買わないけれど、お客さんは喜ぶかもしれない」というような商品は、たいてい下らないものだと思う。

『古くてあたらしい仕事』(島田潤一郎)

お気づきでしょう。
つまり「買いたい本を、つくればいい。」と、島田さんはおっしゃっている。別の箇所でも「ぼくが欲しくなるような本をつくる」という自分に課したルールを挙げておられます。

この長い、長い祝辞が読まれるころには、「もうその話はわかったから!」という気分かもしれませんが、野暮を承知で付け加えます。

さきほど、島田さんの志を「買いたい本を、つくればいい。」と言い換えました。
「ひろのぶと」は、「そんなことを、『と』をつけて、みんな一緒にやりましょう」という挑戦です。
この泰延さんの言葉で大事なのは「創り続ける」でしょう。
株式会社という器、株式という「理解して、価値を、長期で共有する」ための仕組みは、何かを「続ける」ためにある。

そのためには何が必要か。
どんなリスクがあるのか。
経済記者として、いかにお祝いの日とはいえ、持ち上げるだけでは役割を果たしたとは言えない。
「ひろのぶと」にも課題はあります。

ソフトバンクグループの有価証券報告書にはこんな記載があります。
これはあるタイプの上場企業では定番の「リスク」です。
創業者やオーナー経営者が引っ張る企業では、トップが「無事これ名馬」であることが極めて重要なのは言うまでもないでしょう。

そこで皆さんの自覚を促したいのです。
株式会社がより良く機能するためには、株主の声が欠かせません。経営にリスクがあると思えば、「物言う」必要があるのです。

だからこそ、かかる言説を責任ある株主は許してはいけません。
「いいね」を8500もつけている場合ではないのです。
「いいね」したままの人、はずしてください。
つまり、「ひろのぶと」に必要なのは、これです。

経営の専門用語では分かりにくいでしょうから画像で。

最近、泰延さんは「10キロ減量」および「さらに10キロ減らす」と宣言しました。
しかし、油断大敵です。いや油は絶つべきです。「普段からの不断の油断」が不可欠です。
早速、きょうの懇親会から任務開始です。
揚げ物と炭水化物の摂取量を株主の厳しい目で監視しましょう。

長い、長いお話もこれで終わりです。

皆さんが参画されたのは、古くてあたらしい資本主義です。
そこから、「読みたいものを、つくればいい。」、古くてあたらしい出版社が生まれること、出版界に変化の波を起こしてくれることを祈願して、私のあいさつとさせていただきます。

黒い背景の田中さんと私の写真は、ワタナベアニさんによるポートレートです。サプライズを仕掛けた「ひろのぶと」の事務所開きの日に参加メンバーみんなを撮ってくださった記念の写真。
アニさん、使用をご快諾いただき、ありがとうございます。

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