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稀有な書き手による、生涯に一冊だけ書ける本 『ウナギが故郷に帰るとき』

どんな人でも、ある程度の年齢になれば、一冊は本が書ける。自伝だ。
退屈な自分語りに終わるか、興味深い本になるかは、その人の歩みによるだろう。
『ウナギが故郷に帰るとき』は後者のなかでも、極めてユニークな傑作だ。

『ウナギが故郷に帰るとき』新潮社
パトリック・スヴェンソン/著 大沢章子/翻訳

謎に満ちたウナギという生物を追う人類の歴史と、著者の子ども時代のウナギ釣りの思い出が交互に差しはさまれる構成に、読者は最初戸惑うだろう。

地理としては大西洋から欧州大陸全域、時間軸はアリストテレスから現代まで広がる壮大なウナギの謎と、父を中心とした家族の回想記。
スケールの落差だけでなく、科学物のドライな筆致と随想のウエットな文体が入り混じり、「どう読めばいいのか」と迷子になりそうになる。

しかし、いったんリズムに乗れば、本書は極上の読み物になる。

魅力のひとつがウナギの謎を巡るエピソードなのは確かだ。
次から次へと人に話したくなるようなトリビアやヒューマンストーリーが飛び出す。

だが、本作を傑作たらしめているのは、著者の骨がらみの家族の物語だ。

ネタバレは避けるが、ウナギ釣りを通じた父との深い関係、最終盤に浮かんでくる家族の秘密に、ぐいぐいと引き込まれる。

これは、この著者にしか書けない、この著者にとっても生涯に一冊しか書けないたぐいの本だろう。

「故郷に帰るとき」という邦題に拍手を送りたい。原題のThe Gospel Of Eelsに劣らず、本書の特質をダブルミーニング的にとらえた素晴らしいタイトルだ。

地味な本かもしれないが、個人的にはここ何年かで屈指の収穫だった。
読後には、邦題の妙を含め、私の評価に多くの方に同意してもられると自信をもってお勧めする。

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本稿は光文社のサイト「本がすき。」に寄稿したレビューです。編集部のご厚意でnoteにも転載しています。

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