「神がかり！」第23話
第23話「大体こんなかんじだ」
カラーーン！カラーーン！
天都原学園に放課後を知らせるベルが鳴り響き――
「ねえ、今日は寄ってこうよ？」
「えー！私、見たいテレビがあるんだけど」
放課後となった学園正門前は行き交う生徒達で活気に満ちていた。
――
学業から解放された生徒達の生き生きとした表情を尻目に、高い壁の校門にもたれ掛かって”ぶっきらぼう”な視線で誰かを探す挙動不審な男、折山 朔太郎……つまり俺だ。
「……」
俺の立つ正門前を多くの生徒がすれ違い去って行く。
――！
その中で俺はやっと目的の相手を見つけたのだった。
”とぼとぼ”と言う擬音が実際に出ているようなショボい歩き方。
俯き加減な顔は表情を読み取れないまでも、その雰囲気が全てを物語っている。
「よぉ…………っ！？」
珍しく、というか、俺から声をかけるのは入学式の日以来だと思うが、ともかく俺が彼女に声を掛けかけたとき――
その異変に気づき、一瞬躊躇してしまう俺。
「……」
栗色の髪の毛先をカールさせた可愛らしいショートボブの少女。
俺の記憶の中では固定化した守居 蛍という愛想の良い可愛らしい美少女は……
それとは全く真逆とも言える雰囲気で下を向き……
――いや、そんなことより！
ジャージ姿？
可愛らしいショートボブの髪もしっとりと水気を帯びて白い肌に張り付いてた。
――なるほどね……
”噂が流れた日”からクラスメイト達に解りやすく対応されているって訳か。
――ふん
人間ってのはある意味、悪意の塊みたいなモノだ。
集団になると特に……
個人では躊躇するようなことも遠慮無く出来てしまう。
と、彼女の今の環境を察した俺であるが……
――まぁ……どうと言うことは無い
他人それぞれだ。
ただ単に俺は俺の気にかかることを処理するためにここに居るだけで、別に彼女の環境をどうこうしようとは思ってもいない。
「よう、今帰りか？」
俺は自身の感情をそう整理して、当初の目的通り声をかけて近づいた。
「さくたろう……くん」
栗色の髪の毛先をカールさせた可愛らしいショートボブの少女。
間近で見る守居 蛍の表情は、病み上がりと仏滅と十三日の金曜日が一緒に葬式を出しているような不景気な顔だった。
「ごめんね、ちょっと調子悪くって……最近、行けなかったんだ」
力なくそう言う彼女は、少し前に休憩時間に交わした会話のことを言っているのだろう。
「そうか」
短くそれだけ応えて俺は蛍の鞄を強引に手に取る。
「あ……」
戸惑う少女の横に許可無く並ぶと俺は一緒に歩き出そうとした。
「さ、朔太郎くん、バイトあるでしょ？」
怖ず怖ずとそう問いかける蛍。
「あるけど、今日は夜からだ」
「じゃあ勉強する予定でしょ？それとも休養とか……」
「どっちもＹＥＳだが、どっちにしても俺も帰るしな」
「……」
蛍は他にも何か言いたそうではあるが、俺が彼女の鞄を持ったまま歩き出したのでその会話を最後に二人は無言で歩き始めていた。
――
しばらく歩いた後、蛍はピタリと足を止める。
「ここまででいいよ、ありがとう気を遣ってくれたんだよね」
力ない瞳で優しく笑いかけてくる。
――気を遣った？俺が？この女に？
――確かに……いや、しかし俺が？
彼女の言葉で、俺は初めて自身の行動の意味を自問自答する。
「えっと、朔太郎くん？」
なんだか急に変な顔をして黙り込む俺を蛍は不思議そうに見上げていた。
「あ、ああ、ここから近いのか？なら……」
「ううん、ここまでで良いよ。なんて言うかウチ古いからあまり……ね？」
「そうか……」
今度も短く応えて俺は鞄を返しかけたが……
――俺は蛍に何の感情も持っていない
恨みも、怒りも……それはもう過去のことのはずだ。
――はず……
――否や！抑も現在の俺には過去も未来も無いのと同じだから……
多分、こいつも見た感じ限界だろうし、学校にはもう……
なら、蛍ともこれで関わる事は無い。
「……」
蛍の鞄を持ったまま俺は少しの間だけ逡巡していたが……
――直ぐにある結論に達する
「おまえ……家古いって、ちゃんと風呂とか付いてるのか？」
「……」
俺の問いかけに黙り込む少女。
何を言っているのかと思うかもしれないが、早くから両親から捨てられボロアパートで生計を立てる俺には風呂付きの部屋などに住むご立派な人権は無い。
蛍も両親を犯罪で失い、保護施設に預けられ……
今は”そこ”が嫌で自活していると聞いた。
とはいえ、色々な事情から働くのも困難な彼女は施設から僅かばかりの援助を受ける身で……多分、俺と大差の無い生活環境だろう。
「おまえ、そんな濡れた状態じゃ風邪引くぞ」
答えにくそうに下を向いたままの白い顔を出来るだけ見ないように俺はそう言った。
「…………あははっ、なんでもお見通しなんだね、朔太郎くんは」
「……」
「普段はね、知り合いの……っていうか、施設のっていうか、そこのお風呂だけ借りて……るんだ……よ」
そう答える彼女の言葉は歯切れが悪い。
――普段は……
つまり今日は借りられない。
いや、多分、借りようと思えば出来るだろうが、この姿でそうすれば”いらぬ詮索”を受けることになるだろう。
心配した施設の人間とやらに追求され、場合によっては転校……
いや、強制的に施設に戻されるかもしれない。
「……」
俯く蛍の表情を見ていると俺の中には沸々とある種の感情が増大してくる。
――親切心……同情……良識人としての義務
正義が一方向しか向いていない者たちはそれを善行だと信じて疑わない。
自分にとっての善は他人にも善だとこれ見よがしに、自分より弱者と見極めた相手に押しつける……
しかし、俺に言わせればそれは欺瞞だ。
少なくとも俺にはそうだったし、彼女の……蛍のこの反応を見れば……
それはただの――
”くそったれ”だ！
「ちっ」
そんな事を考えていた俺は――
――っ！
彼女の後方……人の往来が結構ある通りの横道に、
――わかりやすい違和感を感じた！
「朔太郎……くん？」
「俺のバイト先の一つはスポーツジムでな……」
「？」
俺は心中を隠して、なんと言うことも無い体で話を続ける。
「これが中々良い感じの風呂やサウナまで揃ったアメニティ充実の中々の……」
「朔太郎くんっ！」
「どうせ今日は夜からそこでバイトだしな……」
流石に不審な目を向ける蛍に構わず俺は続ける。
「ちょうど前にバイトの先輩から貰った回数券もあるから」
「だ、駄目だよ……それに帰るって……」
俺の挙動不審さは扨て置き、蛍は俺の言いたいことを察して慌てて遠慮を口にするも、
「早めに行っても問題ないだろ？それに俺が持っていても無駄になる消費期限付き物件だ」
「でも……」
まだ納得いっていない少女に俺は鞄を返しながら促す。
「それとも俺の家に来るか？」
「！？」
冗談めいた言葉に彼女は思わず顔を上げた。
「…………朔太郎くんは……強引だね」
そう言いながら鞄を受け取った蛍の表情を覗き見る。
「ふふ……」
――まただ、また俺は蛍に踏み込んで……
――
「あぁ、そうだ、蛍」
しかし俺の自己不信とは裏腹に口は勝手に言葉を付け足す。
「俺のアパートもボロさなら引けを取らないぞ！多分、天都原市でも三本の指に入る年期の世界遺産候補だ！」
「ふ、古さに重みが……足りないよぉ」
「そうか？ちなみに風呂は付いていないから、あれは全くの冗談だ」
「…………あっ」
ぱちくりと瞳をさせる蛍。
「そうそう、それとその回数券だけどな、オマケで屋上にある展望露天温泉の無料券も付いているんだが、そっちはサービス期間がちょっとわからないから、カウンターで使えるかどうか確認してくれ」
「う、うん……ありがと。でも、朔太郎くんは？一緒に……早めに行くんじゃ……」
さっきまでと若干ニュアンスの変わった俺の言い方に、目聡く気づいた少女が遠慮がちに問いかけようとするが……
「ちょっとな、バイトの前に"野暮用”が出来た」
かぶせるように答えた俺は、僅かに視線を彼女の頭越しの背後にチラリとやる。
「？」
――蛍にはわからなかったろう
俺の視線の移動は一瞬だったし、この気配は……素人には……
「とにかく、少し遅れるが俺も行く……いや、俺はバイトだから会うことは無いだろうけど、お前は温まってから家に帰れよ」
「う……ん……ありがと」
――
その後も何度か礼を言ってきた少女は、やがて”ひらひら”と手を振って去って行った。
「……」
そして、そこに残った俺は……
「そこに居るのはわかってる、同業者か？」
俺の立っている場所から少し向こう……
路地裏から覗う者たちに声をかけた。
「……ちっ！」
「……ふん！」
一呼吸置いて、そこから五人ほど"わらわら”と見るからに柄の悪い男達が現れた。
「テメエ、西島んとこにいるガキか……たしか」
「俺のことはどうでもいい。あんたらも守居 蛍目当てか?」
凄んでくる男に俺はシンプルに聞いた。
「だったらどうだってんだぁ、あっ？てめえ……”六神道”直々の依頼だ。こんなおいしいシノギ、見す見す”一世会”になんざもくれてやれるかよっ！」
ザザザッ！
声を荒げ、五人は手に手に物騒な得物を持って俺を囲んでいた。
「わかりやすいな……ほんと」
俺は呟きながらもゆっくり拳を構える。
――わっ！
――け、喧嘩だぁ！
――きゃーー！！
街の往来で木刀やらドスをギラつかせたヤクザ者とそれに囲まれた学生一人。
騒ぎが大きくなるのも無理も無いが……
「……」
――警察沙汰になって退学なんてのは困るんだが……
一瞬、そんな考えが頭を過るが、直ぐに俺の口元は自暴自棄に緩んでいた。
――あぁ、そうだ
――俺は何時も大体こんなだったな、ははっ……ほんと、くだらねぇ！
第23話「大体こんなかんじだ」
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