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「神がかり!」第10話前編
第話10「過去も、現在も無い世界」前編
――繁華街、裏通り
「てめぇが俺の相手だと?ふざけんな!ガキじゃねぇか!」
Bar”SEPIA”店舗の裏口に乱雑に並べられた酒類のコンテナとゴミ箱……
店舗内の華やかさとは真逆の暗黒街で男が威勢良く吠えた。
「お客様、私どもは別に事を荒立てるつもりはありません。正規の料金さえ支払って頂ければ……」
怒鳴り声と執拗なガンつけで威嚇してくる人相の悪い男を相手に、マニュアル通り対応する青年、折山 朔太郎……俺だ。
――
森永という、光沢パープルのサテン生地スーツを着こなす中々に悪趣味な小太りサングラス男の指示に従って裏口から外に出た俺は、一人のやさぐれた男と対峙していた。
「舐めてんのかぁ?ガキ!!なにが正規の料金だ!ボリやがって!ちょっと飲んだだけで十五万だと!誰が払うか!!」
興奮して俺に掴みかかる寸前の男に俺は……
「っ?!」
至って冷静に、相手を制するようにスッと右手を差し出していた。
そう、別段敵対行動を取ったわけでは無い。
ただ普通に、詰め寄る男の顔前に、右手の平を上に向けて差し出しただけ。
――唯、それだけの行為だ
「は?なんのつもりだ!」
だが男は面食らった表情をした後で、警戒した面持ちで此方を覗っている。
――ピリつくなよ、たく……面倒臭い
「えっと、俺も忙しいんで……お客さん、払った方が良いとおもうけどなぁ」
平和裏に問題を解決しようとする無害な俺に対して、無用な警戒と敵対心を向けてくる相手に俺は面倒くさ……友好的だと示すために一転して砕けた言葉使いで支払いを促してみる。
「このガキが!俺が誰だか分かってんのか?俺は元日本ライト級チャ……」
「あんたさぁ、こんなトコにいるのに何でそんな熱くなってんの?」
俺は相手の言葉を遮っていた。
無意識だった、もう付き合いきれない。
――俺のクソッタレな時間でも一応限りは有るんだよ!
ウダウダ付き合ってられるか、くだらねぇ……
「はぁ?ガキ、なに言ってんだ、コラァッ!」
――頭悪いなこいつ……
俺はこれ見よがしに溜息を吐きながら差し出した手を降ろしていた。
「だから?失敗したんだろ、あんたの人生。で、こんな”闇”に居る分際で、なんで人並みに不平を言ってるのかって聞いたんだよ」
――タイムリミットだ、サービスタイム終了
「て、てめえっ!!俺が人並みじゃ無いとでもいうのかっ!」
「違うって……あぁ、いや、あんま違わないか?」
そんなことを考えながらも、すこぶる”状況分析能力皆無の”相手に俺は困ったように頭を掻くが……両手の拳には既に力を通わせていた。
――この男は気づいてないのか?
――”なにか”失敗して、”なにか”に裏切られて、”なにか”に……
まぁ、なんでもいいや。
――とにかく
自分で望んだかそうじゃないかは関係ない。嫌になって逃げ込んだ底辺の世界で生きる同種の人間。
――案外、居心地良いかもしれない世界だよなぁ?
底辺に居れば何も考えなくて良い。
借金に追われて日々の生活を過ごすのが精一杯。
過去になにがあったとか、未来になにがあるかとか関係ない。
「……」
――ここにはそれが無い
あるのは生きることだけに執着する”現在”だけ。
――いや、ちょっと違うか?
その”現在”だってスカスカだ。
――日々の生活を過ごすのが精一杯
――生きることだけに執着する”現在”は……
――未来の糧にならない”現在”は……
無いのと同じだ。
「……」
だから賤陋な折山 朔太郎は考察する。
――過去の恨みも、現在の不満も無い世界……
この男は自分が其処に居ることを、
そんな人間は其処にしか居場所が無いって事を解っていないのだろうか……
――と、
「なに呆けてんだよっ!ガキがっ!」
ボクサースタイルで拳を構えた男は怒りに真っ赤に顔を染め、既に襲い掛かって来ていた。
バキッ
ドカッ
――
――で、結果発表!
実際、戦闘はほんの数秒で終了していた。
「ああ、月が蒼いな……」
少しだけ熱くなった自身を正気に戻すように、軽く左右に首を振る。
そうして俺は、拳の力を解いて足下に倒れた男を見下ろしていた。
「……」
――あの女は……
――守居 蛍という女は、"なんで”あっち側に留まっているんだろう?
――この男も、俺も、あの女も……同じなのに
――抑も、なんで西島 馨は俺をあっちの世界に……
そうして、だらしなく意識を失った――
嘗て栄光と喝采の中心にいたであろう英雄の間抜け面を見下ろし、俺はお決まりを呟いていた。
「くだらねぇ……」
第10話「過去も、現在も無い世界」前編 END
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