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「神がかり!」第25話

第25話「刃の天敵」

 「うん、そうだね」

 守居かみい てるは少しだけ元気を取り戻したような笑顔を見せる。

 そんな彼女を見て何故だかホッとしている自分に俺は気づく。

 「ねえ、朔太郎さくたろうくんはやさしいね」

 てるの笑顔に俺は少し対応に戸惑った。

 「やさしい朔太郎さくたろうくんのおかげで、帰り道はいじめられなくて済んだよ」

 明るく言って彼女はペコリと元気よく頭を下げてから去って行った。

 ――取りあえず大丈夫そうだな

 「……」

 そう、俺は、俺の渡したスポーツジムの回数券を握りしめて去って行く彼女の状態を確認した後で……五人ほどの同業者をアスファルトに這いつくばらせてからここに来た。

 ――時間にして一時間ほどか?

 いや、”ゴロつき”との戦闘自体は五分もかからなかった。

 しかし、その後……

 此所ここに向かう間にちょっとした寄り道があったからだ。

 ――
 ―

 街中に潜んで虎視眈々と守居 蛍かのじょを見張っていた極道者どうぎょうしゃ達……

 俺は目についた其奴そいつらを片っ端から地面に転がしてからジムへと急いでいた。

 「あら、さくくん。どうしたの?そんなに急いで」

 「っ!」

 汗まみれで先を急ぐ俺を呼び止めたのは――

 運転手付きの黒塗り高級車に乗った”ふくよかな”中年の女性。

 少し年齢が経っているのと、表面積がやや広いのが玉に瑕だが……なかなかの美女だ。

 「槙子まきこさま」

 振り向いた俺の顔と拳……

 いや、体の至る所に返り血と埃が付着いていただろう。

 「ふふ、また随分と”やんちゃ”してるみたいね」

 高級車の後部座席、半分くらいまで開いた窓から優しげな笑みを見せる中年女性。

 この見るからにセレブな女性は、大田原おおたわら 槙子まきこ

 地元の代議士夫人で、自身も会社を三つ経営している女傑だ。

 そして、この状況の俺を見て眉一つ動かさない彼女は改めて流石といえた。

 「……」

 「そう警戒しないで、さくくんにそんな顔されると悲しくなるわ……まぁ、そんなワイルド系のさくくんもかわいくて素敵だけど」

 普段通りの態度で彼女は笑うと、そっと窓から高級そうな包装紙に包まれた”ある物”を差し出してくる。

 「これは?」

 「ふふふ、以前まえさくくんに頼まれていた物よ。ちょうど良かったわ、全く同じ商品はちょっと無かったけど……今年の流行色だし、コレはコレで彼女に喜ばれるんじゃないかしら?」

 そう言って車の窓から紙包みを差し出す彼女。

 「”彼女”じゃ……ないですよ」

 受け取りながらそう答える俺に、槙子まきこは愉しそうに笑った。

 「あらそうなの?さくくんモテるでしょうに。まぁ、私は時々、さくくんがお相手してくれれば満足よ」

 紙包みを渡しつつ、彼女の濃いめのアイシャドウを引いた瞳が妖艶に光った。

 「ありがとうございます、槙子まきこさま。代価は今持ち合わせがないので次回でも……」

 礼を言う俺の手をそのまま彼女は握る。

 「そうね、利息はお店でサービスしてもらうわ。今日はさくくん、なんだかとっても忙しそうだから」

 彼女は冗談めかしてそう言うと俺に別れを告げる。

 「そうそう、なにか困った事があったら何でも言ってね。私はどんなことがあってもさくくんの味方よ」

 そうして――

 去り際、大田原おおたわら 槙子まきこはウィンクを一つして、ノイズが足下まで響く重厚なエンジン音と共に去って行った。

 ――と、まぁ、そんなことがありつつの……

 ようやく其所そこに辿り着いた俺の視界に入った景色はまた別の厄介ごとであった。

 「多分ね、六神道ろくしんどうに捕まった方がマシだよ?得体の知れない極道ヤクザなんかより」

 見慣れた顔の男と、その後ろに控える”手に手に長物を携えた”数人の黒スーツ男達。

 俺がバイトするスポーツジムの入り口前の駐車場で、そんな男達に囲まれて佇んでいたのは、少し湿った栗色のショートボブが愛らしい少女だった。

 「……」

 「警戒するのは解るけどね。六神道ろくしんどうでも俺……波紫野はしのに保護されるのが一番マシなんじゃないかなぁ?」

 「波紫野はしの けん……くん?」

 「そうだよ、一年前クラスメイトだった。憶えていてくれて光栄だなぁ」

 状況的に場違いな笑顔を見せる、俺のクラスメイトで、前席の男。

 ――手回しの良いことだ

 俺はここまで走って来たために、ジワリと汗ばんで素肌に張り付いたワイシャツになんとも言えぬ不快感を感じながらも……

 「ちっ!」

 二人が会話する場所まで再び走った。

 「一応ね……ほたるちゃんの身の安全は長老達に交渉してみるよ。確約はできないけど……お?ぉぉっ!!」

 ――ヒュォンッ!

 詰め寄る俺を察知して、慌てて抜刀された振り向きざまの一閃!

 波紫野はしの けんという男は本身を抜くことに一切の躊躇がない。

 「っ!」

 背後から駆け寄っていた俺は、咄嗟にそのまま前に踏み出した右足の踵に体重を移動し、かかとを起点に縦軸に回転する!

 そして――

 グルリッ!

 相手の振り向きざまの一閃を、駒のように回転して躱した俺は、

 振り抜かれた白刃に沿って背中を滑らせ、敵の懐から右の裏拳うらけんをお見舞いする!

 ガシィィ!

 「ひゅぅ!」

 抜き身を振り抜いた体勢のまま、刀の柄を握った右手の肘で裏拳それをブロックした優男は感嘆の口笛を鳴らす。

 「……」

 「怖いねぇ、さくちゃん。けど……退さがって避けていたら身体からだの上下が永遠に離れていたよ?」

 俺の裏拳を受けたままニヤリと笑う男に、俺も相手の刀身を背中で押さえたまま睨み返す。

 ――なるほど。しかし、それを言うなら此方こちらも同じような感想である。

 波紫野はしのがもし、刀を放して避けていたら……豪快に蹴り飛ばしていたところだ。

 「……」

 それで俺の現在いまの体勢は……

 背中越しに相手の抜き身の刀を押さえ込みながらも、右の裏拳を相手の肘ブロックにあてがい制止した状況だ。

 「本身の刀身に躊躇無く踏み込むなんて、常人の神経じゃないね……ほんとっ!」

 「っ!」

 呆れたように笑った男は、瞬間で硬直した筋肉を緩め、

 小気味良い緊張感で釣り合っていた二人のバランスを崩す!

 ――ズシュッ!

 そして一気に引き抜いた刀身を再び手元に引き戻して、再び俺に……

 ガスッ!

 「くっ!」

 波紫野はしの けんは刀を構えたまま後方に飛び退いていた。

 「……」

 無言で俺を睨む波紫野はしの……

 表情にはさっきの様な笑みはない。

 「……」

 俺は左手に握った小石を握り直し、再び親指ではじき出す構えを造っていた。

 ――

 波紫野はしの けんの肘辺りには服の上から数センチの砂埃の後と……

 両手で刀を握りながらも、やや下げられた左袖口からツツゥーと手首に沿ってあかい鮮血が伝い落ちる。

 「”石礫いしつぶて”って……何時いつの時代の人間だよ、忍者かい?さくちゃん」

 だが俺にしても――

 離れ際に俺を斬り伏せようとした”侍擬さむらいもどき”にそれを言われる筋合いはない。

 「べつに……俺は”お弾きおはじき”が得意なだけだ」

 俺はそれを軽く曲げた左手の人差し指のカタパルトに装填したまま、親指に力を込める。

 「……」

 「……」

 ――

 「ちょ、ちょっと!朔太郎さくたろうくん、どうなってるのっ!?それに波紫野はしのくんも……」

 険悪な表情でお見合いする俺達二人の間に入る、栗色のショートボブが愛らしい少女。

 「いや、争いに来たんじゃないんだ。ちょっと色々あってね……ほたるちゃんに少しばかり聞きたいことがあるんだよ」

 「え?え?わたしに?」

 「その割には殺気が垂れ流しだけどな」

 一転してフレンドリーに話す男に俺はツッコんでいた。

 ――いや、殺す気満々だっただろう

 少なくとも俺に対しては……

 「実はね、本当のところを言うと……俺は今ね、永伏ながふしさんとは別件で動いてる。けど、事と次第によってはほたるちゃんを斬るよ、勿論、邪魔するようならさくちゃんもね」

 ――ゾクリッ!

 今度は言葉通り、有無を言わせぬ殺気だ。

 周りの温度が数度下がったような感覚……

 「え……ええ……と」

 多分、経験したことが無いであろう非日常的な状況に、てるはすっかり固まってしまっていた。

 ――まぁ、無理もないだろう

 こればっかりは経験がものを言うからな。

 「やってみろよ?六神道ろくしんどう

 なら……

 もう二、三度ほど俺が温度を下げてやるさ……

 これが真夏なら冷房要らずだ。

 「……」

 「……」

 俺には馴染みのある空気の中で、

 俺は左手の小石を捨て、両手で拳を握っていた。

 ――!?

 途端にざわめく周囲……

 俺がわざと漏らした殺気で、波紫野はしの けんの瞳に緊張が走り、奴の後ろの男達がそれに反応してビクリと身を震わせる!

 ザザッ!

 あからさまな圧力プレッシャーに過剰反応したのは黒スーツの男共だ。

 「う、うわぁぁ!」

 「おおおっ!」

 男達は長物を抜いて、冷静さを欠いた状態で俺とてるを囲んだ!

 ――ちっ、ちょっと虐めすぎたか?

 ギラギラと輝く銀色の凶器達に囲まれた俺の顔は……

 「……」

 きっとわらっていただろう。

 「さ、さくちゃ……それ……」

 波紫野はしの けんは俺に”なに”を見たのか?

 「や、やめろ!この程度の数で押しても被害が増えるだけだっ!!」

 青ざめた表情で叫んでいた。

 ――ちっ!

 ――

 結局、すっかり波紫野はしの けんが”いきり立った”男達を制してから、奴はスッと前に出て来た。

 「……」

 「……」

 再び対峙する俺と波紫野はしの けん

 「……殺るのか、殺らないのか?」

 しびれを切らした俺の問いかけに、俺の前席の男はフッと表情を崩した。

 「負けだよ、今回は俺の負け……だからさくちゃん、協力して欲しい」

 「……」

 手のひらを返して急にフレンドリーに話しかけてくる男に俺は警戒心を解かない。

 カシンッ!

 そして――

 氷のように冷たい殺気を放っていた刃を、実に無駄の無い所作で鞘に収める男。

 「嬰美えいみちゃんがね、ちょっと最近様子がおかしかったんだけど……」

 もう和解したとばかりに、自分勝手に話し出す男はまるでが学校の教室と言わんばかりの普通さだ。

 「ここ二日ほど行方不明なんだよ。どうも真理奈まりなちゃんの言ってた”女生徒失踪事件”に関連してるっぽい」

 ――東外とが 真理奈まりなの?

 「…………俺に関係あることとは思えない」

 一応聞いては見たものの、俺はいつも通り素っ気ない返事を返す。

 「頼むよ」

 しかし、この波紫野 剣おとこは引き下がらないようだ。

 「この後、バイトがある」

 「勿論もちろん、待つよ」

 あからさまに邪険に応える俺に、波紫野はしのは実に屈託無く笑った。

 「………………………………ちっ」

 そして俺はまたも舌打つのだった。

第25話「刃の天敵」END

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