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手を振って、"いってらっしゃい"と言った ~SL人吉乗車記~
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「58654」
この数字、なんだと思いますか?
これ、機関車の名前なんです。
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愛称は「ハチロク」
可愛らしい名前ですが、なんと大正生まれの機関車です。
年齢は100歳を超えているにもかかわらず、その車体は大正時代からそのまま走ってきたかのようにピッカピカ!
球磨川の清流に沿って走るその姿は
他の現役車両に負けず劣らず、
雄々しく華々しく、
そして、力強かった。
2024年3月24日。
SL人吉として親しまれた「ハチロク」が、引退を迎えます。
私がハチロクと最初で最後の出会いを果たしたのは、今から6年前。
SL人吉が球磨川に沿って走っていた頃でした。
ファンタジーが現実に
ハチロクを知ったきっかけは『まいてつ』というゲームでした。
(『まいてつ』ストーリー)
"癒しの鉄道復興物語"
本作品は御一夜市を舞台に、大廃線による事故で家族を失った右田双鉄という名の少年が、成長した後に旧帝鉄8620形蒸気機関車の専用レイルロオドであるハチロクと出会い、手を取り合いながら奮闘と努力を繰り広げる物語です。
https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000019629.html
架空の日本を舞台にしたサウンドノベルで、確かな筆致で描かれた風景描写がとにかく美しく、テキストから景色がぶわっと広がっていくような物語に惹きこまれ、すっかりハマってしまいました。
物語の舞台のモデルは、熊本県人吉市。
そしてメインヒロインの名は「ハチロク」
当然プレイ後には人吉についても調べ、やがてヒロインのモチーフとなった機関車が実在し、SL人吉としてその地を走っていることを知ったのは当然の成り行きといえました。
ゲームで描写されたような風景が本当に広がっているのか、いつか確かめてみたい――
そして2018年秋。
鹿児島に行く予定ができたのですが、スケジュール的に人吉にも寄れることに!
これはまたとないチャンスです!
SL人吉の席を予約した後、私は九州新幹線に乗って関西を経ちました。
肥薩線に乗って、人吉へ
2018年10月。
鹿児島巡りを先に終えた私は、鹿児島から肥薩線に乗って北上し、人吉へと向かいました。
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築120年以上の駅舎、日本三大車窓の絶景、旅情漂わせる素敵な列車での旅。
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そんな肥薩線の旅は、昨年夏コミで発行したこちらのZINEで紹介していますので、今回は省略させてもらいます。とにかく素敵な時間でした!
鹿児島駅からの長い長い旅を終え、人吉駅へと到着しました。
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ホームに降りると、遠くにSLが見えました。
あれが今から乗るSL人吉の牽引機関車「ハチロク」です。
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まだSL人吉の発車まで時間あるし、ちょっと駅前を散策しようかなーとのんびり考えていた私ですが、
「もうまもなくハチロクを転車台で動かしますよ」
え!
それは見逃せない!
観光案内所で教えてもらった情報に驚いた私は、慌てて機関庫のほうへ走りました。
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ハチロクが待機している機関庫のそばには見学スペースが整備されていて、親子連れを中心に賑わっていました。
シュ、シュ、シュ、シュ……
その眼前を、上品な蒸気音を響かせながらSLが通過していきました。
「ハチロク」の登場です!
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1922(大正11)年生まれで、100歳を超える機関車でありながら、黒いボディに金のラインが入った車体はなんとも若々しい。
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ハチロクが転車台の上に停車すると、グルグル回りはじめます。
おおー、と感嘆の声に囲まれながら優雅にターンを決める姿は、ステージ上で踊るバレエダンサーのよう。
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ぴたりと進行方向に向き、終点熊本駅までの旅に備えます。
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出発時刻までの間、見学スペースの傍にあったこちらの施設に立ち寄りました。なんと本物の石炭を使って、SLの投炭作業を体験できるとのこと!
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傍目には何気なく石炭を窯に投入しているように見えて、実は頭も使う作業であることを体験してみて初めて知りました!
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記念に石炭のカケラを一ついただき、人吉駅に戻りました。
その背は誇り高く「人吉駅の駅弁立ち売り」
ホームに行くと、珍しい姿を見かけました。
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人吉駅名物の「駅弁の立ち売り」です!
「あ、テレビで見かけた方だ!」
立ち売りをされていたのは菖蒲豊實さん。
テレビ番組で何度も取り上げられたことがあるおじいさんです。
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緊張しながら鮎弁当を購入。
「私、滋賀出身で、琵琶湖の鮎が名物なんですよ」という私の支離滅裂な雑談に、テレビやホームページで見たまんまのあの朗らかな笑顔で対応してくださいました。
エメラルドグリーンの舞台を跳んで、駆けぬける
発車時刻になり、汽笛一声。
ハチロクが牽引するSL人吉が人吉駅を出発しました。
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汽車は緑が濃い渓谷へと入っていきます。
やがて車窓に現れたのは、
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エメラルドグリーンに輝く、球磨川。
天気はあいにくの曇り空にもかかわらず、その水面は鮮やかに色めいていて。
ハチロクはダンサーのドレスみたいに煤煙をはためかせながら、緑に光る舞台の上を右へ左へとステップして駆けていきます。
しかし終点熊本駅までは長旅です。
ハチロクは途中駅に何度か立ち寄り、小休止を挟みます。
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その間外に出てパシャリ。
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こうしてみると客車の色合いが周囲の風景に溶け込んでいて、ノスタルジックな空気が煤煙とともに漂ってきます。
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カラン、カラーン
と、乗務員さんが鐘を鳴らします。
出発の合図です。
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再び球磨川に沿って走りだすSL人吉。
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客車自体はリニューアル済みで、古さを感じさせる要素はまったくなく、それどころかたびたびSLに乗っていることを忘れるほどでした。
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しかし最後尾の展望デッキに立つと、後方へと流れていく煤煙を見て自分は確かに今SLに乗っているんだと実感でき、ほっとしました。
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ひととおり車内を巡ったところで、立ち売りで買ったお弁当や途中駅で販売されていた「このしろ寿司」をいただきます!
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相席していた外国人のカップルにこのしろ寿司を勧めてみるなどして、ちょっとおしゃべり。
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「お寿司には日本酒がおすすめだよー」と何気なく言うと、「本当!?」とすぐさま車内の売店に行って、利き酒セットを笑顔で買って帰ってきたりと、その行動力に驚かされたりもしました。
そうして車内でのひと時を過ごすうちに、明治時代竣工の「球磨川橋梁」を通過。
が、この時の私は大して気にも留めずまさかの撮り逃し……!
後々写真を撮っていなかったことをめっちゃくちゃ後悔することになるとは知らずに……。
しかし砂浜に描いた絵を波が打ち消すように、SL人吉での後悔を思い描くたびに、すぐさま別の記憶に流されていきます。
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それは美しい球磨川の風景だったり
それは車内や人吉で過ごした特別な体験だったり
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かつてゲームで思い描いていた風景と街と列車。
訪れると迎えてくれたのは、自分の中のファンタジーを超える現実でした。
順調に思えた旅路が……
段々と渓谷がハの字に開けていき、平野部へと出ました。
八代市の辺りです。
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建物が増え、どんどん都市へと入っていきます。
それにつれ、沿線に立ち、SLに向かって手を振る人たちの姿も増えてきます。
みんな笑顔で手を振ってきます。
できる限りこっちも振りかえします。
個人的にSL旅の醍醐味だと思う瞬間です。
見ず知らずの他人同士なのに、お互い笑顔で手を振りあっている。
そんなことって、日常ではまずありえないじゃないですか。
気づけば風景もがらりと変わり、終点熊本駅まであと少しです。
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が、ここでSLが急停車。
どうやら前の踏切内で車が立ち往生してしまったようです。
確かここで3,40分ほど停車していた気がします。
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終点まで順調かと思われた旅。
実際、私が乗車した後のSL人吉の旅路も、
順調ではありませんでした。
それでも力強く
私が乗車した2年後の2020年7月。
豪雨災害によって球磨川流域は甚大な被害を受けました。
肥薩線もあちこちが寸断され、私が写真を撮り逃した球磨川橋梁も流されてしまいました。そして追い打ちをかけるようなコロナの流行。
私が駅弁を購入した立ち売りの菖蒲さんも、2023年に亡くなられたことを知りました。
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災害の影響で運休しつつも
それでも多くの人々に愛され、
支えられ続けたSL人吉。
運行路線を変更(鳥栖~熊本)する形で復活し、2024年の今日まで走りきりました。
最後は笑って手を振って、
話は2018年に戻ります。
踏切トラブルが解消されると、列車は再び動きました。
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力強く、雄々しく、終点まであと一歩。
そして、
熊本駅に到着しました。
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ぜえぜえと息継ぎをするように煙を吐きつつも、走り切ったその顔はどこか満足気。
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この旅から6年後の2024年3月24日。
部品調達や整備士の確保の問題などが重なり、100年以上に渡って走り続けた「ハチロク」がついに引退を迎えました。
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「ハチロク」の名を聞くたびに、この時の思い出が断片的によみがえります。
力強いボディー、エメラルドグリーン、鮎のお寿司、石炭のカケラ。
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そして、ハチロクを見送った人たちの笑顔。
みんなが笑いながら手を振っていたのは、
多分「さよなら」じゃないからだ。
熊本駅に辿りついたハチロクに、私も心の中でこっそり微笑みながら手を振りました。
「行ってらっしゃい」
そして
「ありがとう」
と、言いながら。
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