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ミラノビッチ 世襲制資本主義の復活:ピケティ『21世紀の資本論』June 2014

(解題)格差(不平等)問題の碩学ミラノビッチによるピケティ『21世紀の資本論』の書評である。ミラノビッチとピケティ、この二人の知性は、大西洋をはさんでともに長年、資本主義制度下の格差(不平等)問題を研究してきた。ミラノビッチはピケティの研究の意義をもっとも深く理解している人と言って良いだろう。ピケティの『21世紀の資本論』は刊行当時も大きな話題になったが、その内容が意味することは、(格差を解消できない)資本主義社会の限界を客観的に示した点で重大である。また相続により資産が継承されることで、世襲制資本主義になっているとの指摘は、本質的である。そこでゴリオ爺さんーラスティニヤックのジレンマが出てくる。問題がここ(世襲制:財産の相続)にあることは明らかだ。暴力革命はできないとすれば、この欠陥にどのように手を入れることが可能だろうか?
参照 猪木武徳「書評 トマ・ピケティ『21世紀の資本論』」『労働協会雑誌』2014年11月
           原勲「トマ・ピケティ『21世紀の資本』基本法則に関する研究」『世界経済評論IMPACT』No.7
            佐々木弾「現代社会における相続の意義と役割に対する批判的論考」『社会科学研究』62(2) April 2017, 25-46

Branko Milanovic , The Return of ”Patrimonial Capitalism”:A Review of Thomas Pikkety’s Capital in the Twenty-First Century, JEL, 52(2), June 2014, 519-534

(要約) トマ・ピケティ著『21世紀の資本論』は経済成長の理論と機能的かつ個人的な所得分配の理論とを結びつけることで、資本主義経済capitalist economyの機能についての統一された理論を提供している。同書は長期の歴史データに基づいて、資本主義経済においては(所得格差の高まりを含め)経済的分裂economic divergenceの力が支配的になる傾向があると論じている。同書は20世紀をこのルールに対する例外とみて、資本主義を21世紀に持続可能とする政策を提言している。

(本文)
1.はじめに
 私はトマ・ピケティの新著『21世紀の資本論』を過去数十年間に経済学について書かれた最良の書の一つだと述べることに躊躇している。わたしがそのことを信じていないからではなく、肯定的書評の氾濫に慎重であるからであり、また同時代人はしばしば究極的に影響力があることが証明されるものについてしばしば判断を間違えるからである。この二つの留保caveatsを付けたうえで、経済学の思考で分水嶺になる本書の登場について述べることにしたい。
 ピケティは所得格差の研究者としてよく知られている。2001年に出版された彼の本Les hauts revenus enFrance au XXe siele: Inegalites et redistributions, 1901-1998は、アメリカの代表的経済雑誌で出版された幾つかの影響力のある論文の基礎になった。同書においてピケティは、財務省のデータを用いて、フランスのおける最上位所得集団のシェアの(第一次大戦までの)上昇、(1918年から1970年代後期までの)下落、そしてそれからの再上昇を記録した。ピケティは、Vilfredo ParetoやSimon Kuznetsという二人の所得分配研究者により創始された(訳者補語 最上位集団のシェアという)方法論を生き返らせた。この最上位集団への着目は、ジニ係数のように全体的な不平等度の尺度に関心を寄せるより広義の配分研究に比して、経済学者と一般大衆の双方を金持ちとその所得水準により関心を寄せさせることになった。ピケティのフランス語の研究には間もなく同様の最上位所得層についての長期研究である、連合王国(Atkinson 2003)、合衆国(Pikkety and Saez 2003)、その他のヨーロッパと途上世界(Atkinson and Pikkety 2007)そしてより最近では、多数の新興市場経済(Atkinson and Pikkety 2010; Alvaredo et al. 2013)が続いた。これらの著者たちが中心になった多くの長期研究では20以上の国を、今や幾つかでは、時に2世紀をカバーしている。印象深いことは対話式データベースWorld Top Income Database(http://topincomes.g-mond.parisschoofeconomics.eu/)が作り出されたことだ(2013年10月)。現在(2013年10月)このデータベースは、27の国々のデータから構成されている。
    ピケティとその同僚たちの仕事がよく知られていることprominenceは、格差についての関心の回復に役立った。景気大後退(the Great Recession 訳注 2007-2009年の世界的な景気後退を指す)と同時に、中位の所得は実質でほぼ40年間停滞しているのに、最上位の1%あるいはより狭く0.1%の全所得中の分け前は劇的に増加した(最上位1%の分け前は全所得の5分の1を占めるまで増加した)。格差(問題)の政治的重要性の高まりは、占拠Occupy運動に影響したーその99%対1%のスローガンに例証される。そしてJohn Edwardsの「二つのアメリカ」という政治的レトリック(rhetoric 誇張された言い回し)はピケティとサエズの仕事(2003)という実証による基礎をもつことになった。彼らの有名な合衆国最上位10分の1、1%、0.1%の所得の全所得に占める割合は、21世紀の転換点において、狂熱の1920年代Roaring Twentiesの高い値に迫った。そしてそれは大衆メデアで今ではどこでもみられるものubiquitousである。しかしこのグラフの原型はピケティの2001年のフランスの最上位所得についての著述に遡るものである。
(中略)
2. 資本主義の基本的経済法則
 ピケティを理解するには、人は経済学の古典に戻らねばならない。デイヴィッド・リカード、トマス・ロバート・マルサス、そしてカール・マルクスのように、ピケティは資本主義経済の鍵となる特徴を捉える単純な「機械」を作った。それから彼は、その機械を過去と将来の両方の議論を説明するのに用いた。その機械あるいは現代的な表現では「モデル」は一つの定義的関係性、二つの(ピケティの呼び方によれば)資本主義の基本的経済法則、そして一つの格差の関係性から構成されている。
    ストックの資本(K)とフローの所得(Y)を結ぶ定義から始めよう(第1章)。資本ストックには、明示的あるいは暗黙に報酬を生み出すあらゆる形態の資産ー住宅(ピケティはほかの多くの著述家と違い、住宅を資本に不可欠の部分としている)、土地、機械、現金・債券そして株券の形での金融資本、そして合法奴隷制の時代には人間さえもーが包含されている。かくして定義された資本は、しばしば富と呼ばれるものにずっと近い。資本と年々の所得との比率はβとよばれる。フランス、連合王国、そして合衆国についての史的研究から、ピケティは、フランス革命から今日までβがU字型になっていることを証明しているetablishes(第3章)。第一次大戦前、フランスと連合王国で約7の高い値に到達した(同時代の合衆国では約5だった)。そしてそれから次の50年間に大陸ヨーロッパと連合王国では(合衆国では4を切るところまで)半分以上減少した。しかし過去30年間、その比率は再び上昇を始め、20世紀の転換点の大きさに、到達するか近づいている。
 このU字型のK/Y比率の曲線は、ピケティの前作の読者には良く知られている。本書において彼は、より力強く、それがすべての先進資本主義経済を特徴付けるプロセスであることを示そうとしている。しかし増加するβの完全な重要性は、それがピケティの第一の資本主義の基本法則と、そして鍵となる格差関係とに結びつけられたときにのみ、明確になる。第一の基本法則は、全国民所得の中での資本所得の割合(α)は、資本の実質報酬率(r)をβで乗じたものに等しいと述べている。もし資本の報酬率が永続的に経済の成長率を上回るならーこれはピケティの鍵となる格差関係r>gであるーそのときαは定義により増加する。これは増加するβと組み合わされて、国民所得中の資本所得の比率を選択的に1に近づける。(中略)
 そのモデルは決定的に格差関係r>gに依存している。もしr=gなら、すなわち資本と国民所得の増加が同率なら、βは安定的で、全産出における資本の割合は同一にとどまる。(中略)
5. 世襲制資本主義patrimonial capitalism
 資本の復活あるいは不労所得者rentierの復活は、高い労働所得を稼ぐ教育の重要性の高まりや、ピケティ=サエズ(2003)ここのピケティ(第8章の最後の節)が記録したことーすなわち最上位1%の間の高い労働所得のシェアの増加ーといかに一致するのか。我々は19世紀ヨーロッパの不労所得者資本主義(rentier capitalism)と遠く離れたのではなかったのか?
 ピケティは同意する。高いβは100年後の今日、正確に同一のことを意味しない。我々は確かに再び「世襲制資本主義」-ピケティに作られた言葉、相続に基づく資本主義のことーの世界に住んでいる。しかしそれは(i)上層部の資産のより低い集中度、(ii)中産階級にはるかに深く資産所有権が浸透、(iii)最上位経営者と銀行家が受け取る労働所得は最上位1%のなかで不労所得者と並び、かくして最上位1%のなかにcoupon-clipping 不労所得者と高所得労働者working richとが共存している(第8章)。本質的に現代の世襲制資本主義は、(1900年代初頭の上位5%に比して)上位の半分に穏当な資産保有を広げることに成功し、高賃金の労働所得層も生み出した。
    しかし相続された富を通じて、資本の所有権は依然として決定的に重要である。そして著しく統計的である。ピケティは相続(財産)のフローを、今日のフランス、連合王国そしてドイツにおける国民所得の一部として示している。国民所得の8-12%で一世紀前とおよそ同一だと。加えて1970-1980年代に生まれる人口の12%は相続財産で、労働者の生涯貯蓄と等しいものを資本化された形で受け取る、再び一世紀前と同じだ。次の世代にその比率は15%に達しそうである(第11章)。結論としてピケティは承認する、そうだ、今日の世襲制資本主義は一世紀前と正確に同一ではないと。それはより広い基礎を持ち、上層への集中度はより低い。高労働所得はより頻繁である。しかし鍵となる特徴、労働の痛みなく所得を生み出す能力は依然そこに存在する。ラスティニヤックのジレンマRatignac’s dilemma(訳注 バルザックの小説『ゴリオ爺さん』1834に登場する法学生ラスティニヤック。法律の勉強を究めるか、上流階級に入って相続財産を手に入れ安楽な生活を送るか。)も復活したのである。(以下略)


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