パンデミック後の日本経済
立場を超えた危機感の共有
2020年にコロナ危機:パンデミック(感染症の世界的拡大)が表面化したとき、失業や企業の倒産などが急拡大することが懸念された。実際、コロナに絡んで明らかに失業率は(日本やドイツでは3割ほど)増えたが次第に低くなった(表1-1,表1-2, 表2)。各種の給付金交付などの措置が、限界があったにせよ問題を緩和した。ところでその後のワクチンの注射を含め、コロナ対策で国の支出をケチろうする人は現れなかった。非常時だから、柔軟に国の歳出を行うべきだという認識が日頃歳出に厳しい人にも共有されたのは、驚きであった。
このような危機感の共有や歳出拡大自体が是認されたことの証明は世論調査の項目で建てられることがなかったので、証明はむつかしい。また表面的には、内閣支持率やときどきのコロナ対策への支持率は変動を繰り返した(参照 内閣支持率の推移 時事通信2022年2月18日)。
表1-1 2020年の各国の失業率の推移 単位:%
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
米 3.6 3.5 4.4 14.7 13.3 11.1 10.2 8.4 7.9 6.9 6.7 6.7
英 3.4 3.5 3.5 5.8 7.8 7.3 7.5 7.6 7.6 7.3 7.4 7.4
独 5.0 5.0 5.0 5.8 6.3 6.4 6.4 6.4 6.3 6.2 6.1 6.1
日 2.4 2.4 2.5 2.6 2.9 2.8 2.9 3.0 3.0 3.1 2.9 2.9
表1-2 2021年の各国失業率の推移 単位:%
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
米 6.3 6.2 6.0 6.1 5.8 5.9 5.4 5.2 4.8 4.6 4.2 3.9
英 7.2 7.5 7.3 7.2 6.2 5.8 5.7 5.2 5.1 4.9 5.3 5.2
独 6.0 6.0 6.0 6.0 6.0 5.9 5.7 5.5 5.5 5.4 5.3 5.2
日 2.9 2.9 2.6 2.8 3.0 2.9 2.8 2.8 2.8 2.7 2.8 2.7
資料:yahoo finance
表2 2020-2021年の各国失業率の推移(各3ケ月平均)%
2020/1-3 /4-6 /7-9 /10-12 2021/1-3 /4-6 /7-9 /10-12
米 3.8 13.0 8.8 6.8 6.2 5.9 5.1 4.2
英 3.5 7.0 7.6 7.4 7.3 6.4 5.3 5.1
独 5.0 6.2 6.4 6.1 6.0 6.0 5.6 5.3
日 2.4 2.8 3.0 3.0 2.8 2.9 2.8 2.7
注:表1-1, 表1-2から作成した
歳出の増加と国債発行の増加
しかしいかなる対策も考えてみるとすべてタダではない。政府は年度当初想定されなかったコロナ対策については、相次ぐ補正予算などで対応した。令和2年度(2020年度)の場合は3次にわたり補正予算を組んだ。以下に見るように、令和2年度の歳出は当初予算比で73兆円の増加(表3)。当初予算が103兆円なのでこれは一般歳出が倍増したようなもの。通常は考えにくいことが起きたことが分かる。
表3 令和2年度予算に起きた変化 単位:兆円
総額 社会保障 その他予備費
2020年(令和2年)度当初予算 102.7 35.9 10.0
3次にわたる補正後 175.7 44.2 57.9
増減 +73.0 +8.3 +47.9
2021年(令和3年)度当初予算 106.6 35.8 14.3
では財源をどうしたかであるが、主として公債金に頼った。ここでは令和3年度(2021年度)の補正予算後の変化を例として示す。令和3年度補正予算によるフレームの変化 2021/11/26 による(表4)。
表4 令和3年度予算に起きた変化 単位:兆円
当初予算歳出 補正予算後
一般歳出 66.9 98.3
地方交付税交付金 15.9 19.5
国債費 23.8 24.7
小計 106.6 142.6
当初予算歳入 補正予算後
税収 57.4 63.9
その他収入 5.6 13.1
公債金 43.6 65.6
小計 106.6 142.6
国債残高累積の深化:金融抑圧政策への依存
かくして国債残高は令和3年度2021年度末(2022年3月末)には1004兆円を超え、令和4年度2022年度末(2023年3月末)には1026兆円を超え名目GDPの1.8倍の規模に達するとのことになった(時事通信2021年12月24日)。このような国債残高の多さは、コロナ以前からの情況でもあるが、コロナが情況を一段と深刻にしたことは疑いない。
日本ではかねて中央銀行により金融緩和措置が取られてデフレ脱却のためとされているが、その本当の狙いは、利払いなど国債費の負担を軽減するため超低金利を維持するためであって、金融抑圧政策とでも呼びべきものだと、批判されている。
本来、中央銀行には、金融緩和だけでなく時には金融引き締めを行って、景気の過熱や、物価の高騰を引き締める役割があるが、今、日本の中央銀行(日本銀行)の金融政策は、金融緩和だけに偏っている。中央銀行が政府に対して中立性を失っていると批判もできるが、他方で、本来、中央銀行は政府の政策を支援するべきであって、中央銀行が独立性を高めるのは間違っているともいえる(よく日本銀行は物価の番人という言い方がある。しかし世界の中では中央銀行に、物価対策だけでなく景気対策への責任も負わせるのが普通である。日本銀行内部には、金融政策は景気や物価に対して、中立的であるべきだという考え方が依然根強いと思われる。この考え方は理論として正しいかもしれないが、現実とは乖離がありすぎる。)。
ウクライナ侵攻の開始と円安の進展
こうした状況で、2022年2月24日からロシアによるウクライナ侵攻が始まった。戦争の開始は、国際商品価格の上昇をもたらした。世界の他の国がインフレ懸念から金利を引き上げるなか、日本銀行は金融抑圧政策のため金利を引き上げることができず、その結果、金利格差から円安が進行している。
すでに高止まりしている国際商品価格が、円安で一層割高になることが見込まれる。そしてコスト高から景気に悪影響を与えることが懸念される。
リモートワーク、キャッシュレス化などの加速
最後にコロナが我々の日常をいかに変えたかにも触れておきたい。
ヒトとの接触を減らし、感染症を減らすという問題意識が加わることで、日常生活は大きく変化した。技術系の人を中心に、リモートワークが増えた。会議を対面ではなく、Web会議とすることが一般化した。かくして内外で移動需要は減ったが、多くの人はそれを効率化と捉えている。またネットなど通信手段を使った商品・サービスの注文が増え、宅急便の利用が急増した。支払いのキャッシュレス化も加速された。いずれもこれまでも議論されていたことだが、それが一気に進んだ。パンデミックという危機の力で後(うしろ)から強く押されて、つまり危機感の共有のもとで、日常生活は大きく変わったのである。