君に幸あれ 第5話 歓喜
君に幸あれ 第5話 歓喜
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向前は厳粛に、そして大切に通話終了のアイコンをタップした。
『ありがとう……後ろ前ちゃん…….』
そう、エマの声が最後の最後に、彼の耳に届いた。紛れもないエマの声だった。彼が聞き間違えるはずもない。正真正銘、それはエマの声だった。
繋がりはしたものの、うんともすんとも発しない電話の向こうを、正直訝しく思ったが、それは彼の杞憂だった。切々と唱えたエマへの『愛』は、彼女の耳と心に届いたのだ! そして、『名前』を呼んでくれた。もしかしたら『読んだ』のかもしれない。だけど、これはちゃんと彼と認識しての発言。そして小さく弱々しい声だったが、その声音は事務的ではなく、『気持ち』が込められていた。そう、向前は確信する。
時計の針は午前零時をもう回っていた。
真っ暗な駐車場には、彼以外の車はもう無かった。遅番出勤のスタッフさえも彼を残し、みんな帰宅の途についたようだ。
それでも、向前の心と表情は異様に明るかった。明日への漲るエネルギーが溢れ出さんばかり。
エマへの熱い想いを言葉にし、そしてそれを声に出し彼女に伝えた、そしてそれを受け取ったエマは彼に感謝の意を告げる。
その『事実』に、彼は心酔する。
今日のあーだこーだも、コレで帳消しに出来る。
明日も彼は前途洋洋だ!
翌朝、奈央は考えた。
何故昨日はあの電話の後に、怨霊を散滅することが出来たのか? 怨霊は明らかに、あの電話の声に反応していた。そして苦しみの声をあげ、エマの身体からその身を剥がした。
何故?
彼女がどんなに祐定を振り回しても微動だにしなかったのに、『声』だけで怨霊を退けた、見知らぬ男。
無性に気になって仕方がない。
彼女は進藤に無理を言って、その声の男の個人情報を入手した。
『後ろ前』というハンドルネームのその男。
SNSで確認するに、何の変哲もないただの中年男性。というか、少々『痛さ』を抱えた、大人になりきれていない類いの男。見るからにエマに入れ込んでいるようで、彼女のSNSの投稿には全て『いいね』と、コメントを残している。
そこには歯の浮くような言葉で、励ましや感謝、労りの想いが綴られている。
しかし不思議な事に、パッと見は気恥しさを催す文面だが、ちゃんと一文字一文字噛み締めて読むと、不思議と『嫌』な気分にはならない。彼ほどに、ずっと彼女にまとわり続けているのであれば、粘着質なめんどくさいファンとして認識されても仕方がない。が、しかし、『ちゃんと』目を通せば、その男の気持ちが見えるというか、ちゃんと心に届いてくる、そんな印象を覚える。
だからこそ、エマは最後にあの感謝の意を言葉にしたのだろう。
そう、素直に奈央は感じたのだった。
つづく