橋本治「90s」 「中味を問題にする」ってこと自体が分かんない

流れる人間はいても支える人間がいないっていう理由は、簡単に分かるよね。誰だって、人に奉仕するよりも人に奉仕される方がいいもの。そこそこの金があれば、簡単に奉仕される側に回れるっていうのが、大量消費の大衆社会なんだから。そこが友達ばっかりで「ナアナア言葉」の通用する世界とか、服装チェックのディスコや、客を見下せるハウスマヌカンの世界みたいに特権的な感じのするものなら、「やってもいい」とか思うかもしれないけど、たいしたこともない人間に平気で呼びつけられるような“奉仕”なんか、誰もしたくないっていうのは当然でしょ?

仕事に振り回されるような「労働」なんかみんなやりたがらないよね。「なぜそれをやるのか?」っていうことに対する答はないし、「あんな仕事ばっかりって、ダサくってヤダ」っていうことに関する説明もないんだから。世の中には「労働」に関する意味っていうのがなくて、「他人のために=Why?」だけでしょ。自分の労働に対する基本哲学がないことは、フリーターもサラリーマンも経営者も、みんなおんなじだからね。

春闘なんてさ、「生活春闘」って言ってたけどさ、「みんな平等に」が今以上進と、平等を達成しちゃった人間に奉仕する人間て、いなくなっちゃうんだよね。週休二日制を勝ち取って「社会全体の土曜日を休みに」って言ってたけどさ、そんなになったら、必ずその土曜日に会社を休んでブラブラ遊んでるだけの人間に奉仕する側の人間の労働は、強化されるよね。「自分たちが休む」はいいけどさ、そのために出来た労働のアナとか、その余暇に奉仕する人間という労働力は、どこから持って来るんだろう?“豊か”になったカタギの労働者には、フリーターなる労働力に対するが配慮って、まったくないね。

生産供給を機械化の導入で軽くすることはできても、最終的なところは人間に頼るしかない。すべての人間が平等に同じ休日を謳歌するなんてことは、ありえないんだ。誰かが、その休んでる人間に奉仕する。それをしなかったら、古いユダヤ教の安息日にみたいに、「休みの日はなんにもしちゃいけない、何かすることは罪悪だ」っていう、定期的ゼネストの襲来みたいなことになっちゃう。そんなこと、「社会全体の土曜日を休みに」っていう方は考えてないわけでしょ?奉仕する側の人間が「なんでこんなバカのために奉仕なんかしなきゃいけないの?」と思ったら、簡単に大三次産業の退廃って起こるよ。「生活春闘」っていう発言自体が、「こんなバカ」の興隆なんだから。

(中略)

企業はイベントに金出して、自分たちのアピールをしようとする。役所や自治体だって、自分達のアピールをしたがってる。今の日本にはなんにも分かりにくいものがなくなって、親しみやすさの花盛りで結構みたいなものかもしれないけど、でもそのアピールをしたがる“中味”の方は、なんにも変ってなんかいないんだぜ。

みんな、自分達が他人とは違う言葉をしゃべってることを自覚しないで、それで「イコール」と思ってんのよ。みんな親しみやすさだけでコミュニケーションを成り立たせて、成り立ったつもりになってるからさ、肝心なところがスレ違いになってるってことが理解出来ない。ナアナアになったって、肝心のギャップは、まだなんにも埋まってなんかいないんだから。

「親しみやすさの共感」は、ないの。「親しみやすい共感」という、今の世に支配的な様式と寝てるだけ。小学生がファミコンをやってて、それやってないやつは仲間はずれにされちゃうっていう図式が、公然と大人社会のものになりつつあるだけだよ。

ただの大衆現象っていうのは、実はそういうものなんだけど、でもだからって、「あなたのいってることは分からない」と言って、それでお互いの差異を埋めるってことはしないしね。「こう言っておけば大丈夫」っていう、社会生活を営む上でのマニュアル語法が、大人の間にも「友達口調」という形で浸透しちゃったから、それで大丈夫と思ってるんだね。こわいこと。

文化の大衆化で、文化が大衆の側まで降りてきたっていうんならいいんだけど、でも実際は、成金による文化の買い占めで、そのセコイ成金の真似だけが、支配的な様式になっちゃってる。みんな、仲間外れがこわいんだね。スタイルだけが共有されとけばOKっていうのは、そういうことだよ。ただ使うだけ、捨てるだけの浪費型経済が、ことの必然として、文化にまで及んだってことなんだけど、もはや「中身を問題にする」っていうこと自体が分かんない人って多いもんね。すごいよ。

今や言論なんて、全然必要なもんだと思うね。みんな、人の言うことなんか聞いてないもの。ちがう意見をいう人間は“存在しないもの”にしちゃってるし、自分が「ふんふん」とうなずけるものだけが“言論”なんだ。なんか、89年がひとつの山だったような気もするけど。


橋本治 「90s」

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