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発達障害当事者オフ会とその意義

俺自身はADHDとLD(診断中)がある。
以下に述べたように、どん底に落ちて助けを求め当事者会へ参加したことがある。2015とか2016年かな?恋愛もどん底であった。

その際に感じたことはあった。

全く本音で話せなかったこと。そして特性が人によって違ったりするので
アドバイスを受けても全くピンと来なかったりと。
あの頃は全く当事者会が合わなくて2度行って辞めてしまった。

ただ、もう少し打ち解けていればもっと違う話ができたんじゃないかなと感じていた。

当事者会をやる意義

抱えている問題を解決できる助けになるか否かは本人の置かれている状況による。ざっくり多数派は、障碍者雇用で働いた経験があるが上手くいかないとか、障碍者雇用だと低収入で自立できないとか。開き直って貰えるものは貰おうとか。

労働に関することと、人間関係に関することがほぼ話題を独占するわけである。正直なところ、当事者会に来たところで労働そのものに関するアドバイスは無意味だと思うんだよね。実際に働いているところを見たわけでもないし周りがどの程度サポートしてくれてるのかもわからないので、意見するだけ混乱する思う。

ただ、こんな業種があるよ!こんなの向いているんじゃない?
程度なら十分に話せるし、当事者会に来る意味があるだろう。

だが当事者会の本質は、人間関係構築の練習場としての機能にあると思う。
顔を見て話すのが苦手だったり、話をすること自体が苦手だったり
集団において聞いたり話したりする技術を練習する場として使えば非常に有意義な場所になるのである。

俺自身がそうだった。コミュニケーションはできる。だが人が怖い。
特に同世代が怖いと感じていた。

なぜ同世代が怖いかと言えば、発達障害者の精神年齢は定常発達者の7掛けであるという経験則が誠しなやかに言い伝えられており、モロにそれを感じるからだ。

嫌でも同世代である他人と比べてしまい、自己嫌悪するという悪循環をずっと続けてきた。これを続けていくと、事務としてのコミュニケーションは問題ないけど、プライベートでのコミュニケーションは絶望的だ。
いわゆる回避性パーソナリティ障害という発達障害の二次障害になっていたのだった。

なんとか改善しようと当事者会に人間関係構築の練習場として挑戦したんだけどそれが功を奏したのが、大学時代のある程度何とかなっていた時のメンタリティーに戻ってきたのだった。

しかし、同時に思っていたことはある。
やっぱり本音で話せてないと。

オフ会への転換

本音がぽろっと漏れてしまうような、そんな空間にはできないか。
そこで当事者会ではなく、オフ会への転換することにした。

会議室ではなく、少しオシャレな空間を用意して
お酒やおつまみを挟みながら自由に会話する形式へのオフ会。

もちろん、2016年?ごろから発達バーとか不定期にやってる先駆者たちが
いて、いいなと思っていたが・・・

当事者会に比べると極端に数が少なかった。
恐らくそういう発想がなかったんだろう。

オフ会に何個か参加してみて、これがベストだなと思ったのだ。

あと、当事者会に参加している人たちが次第にオフ会に流れてくる
様子も見ており、やわらかい雰囲気の居場所を求めているのではないかと感じたのだった。

2023年6月から、川崎で発達飲みオフ会を主催することになった。
それが以下こくちーずにて募集をかけている。


オフ会にすることの利点

  • 硬い雰囲気から柔らかな雰囲気になる

  • 会話が弾みやすい

  • 悩みが言いやすい

  • 笑いを含めた笑顔になることが増える

オフ会にすることのデメリット

  • 盛り上がるとうるさくなりがち

  • 主催者が行方不明になりがち

  • マンネリになりがち

オフ会の利点は会話が弾みやすいので、人間関係構築にもっと彩りが出るということかな。またその過程で自分の生い立ちだったり、その背景にある悩みを言うことができたりする。ある程度プライベートに突っ込んだ本音の会話だ。

出会っていきなり抱えている悩みなどを言うのではなくて、ある程度会話が温まったあとに出る悩みというのが味が深く、みんなに深く聞いてもらえる。

オフ会後には楽しかった!と言ってもらえることもあり、今後もこれを続けたいと思っている。ただしマンネリ化しそうなのでなんか新しいことしないとなぁと思っている。








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