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不屈館

映画「米軍が最も恐れた男 その名は、カメジロー」を、コザのシアタードーナツで観て、不屈館の存在を知った。

その不屈館に、行きました。

不屈館は、どんな施設かというと。

【不屈館とは】
沖縄の祖国復帰と平和な社会の実現をめざして命がけで闘った、瀬長亀次郎(元衆議院議員)が残した膨大な資料を中心に、沖縄の民衆の闘いを後世に伝えようと設立された資料館です。

不屈館パンフレットより引用。

瀬長亀次郎さん(以下、カメジローさん)の資料はもちろん、民衆資料も収集し、沖縄の戦後史、特に米軍統治下の民衆の歩みが学べる場所、県内外の学校の平和学習の場所として活用できる施設です。

受付で入館料を支払う際に、映画を観て来訪した事を話すと、映画に収めきれなかった映像をまとめたDVDを見せて下さることに。DVD視聴コーナーで、視聴させていただく。

映像を見ながら、映画のことを思い出したり、映画には登場しなかった方が話すカメジローさんのエピソードや、カメジローさんの妻フミさんのエピソードを聞く。

DVDを2本も視聴させていただき、ありがとうございました!

映像を見ながら、あの時代に、男女平等の精神や、基本的人権の尊重を訴えるカメジローさんという人格はどうやって成立したのか。

それが、気になった。

DVD視聴後、展示コーナーを見学する。

そこに、カメジローさんの成育歴が記されていた。

母ウシの教え。
「ムシロのあやのように、正直にまっすぐ生きるんだよ。」

恩師松原先生の人生哲学。
「客観的真理を否定するようなものは、一時は栄えるようであっても、とどのつまりは真理の光に照らされ敗残者となる。

弱者をいたわり真理を求めて前進せよ。

何者もおそれるな、こうときめた目標に向かって進め、

進んで過ちがわかったら謙虚になってあらためよ。」

カメジローさんのまわりにいた人たちが、正直でまっすぐで、弱者をいたわり、真理を求めて前進するカメジローさんを育んだのだ。

貧しい農家に生まれ、医者を目指したカメジローさん。
カメジローさんが3歳の時に出稼ぎ移民としてハワイに渡った父の存在も、きっと支えになっていたはずだ。

公私ともに支えあった妻フミさんの存在も大きいはずだ。

医者を目指し、医学を学ぶ中で、カメジローさんのさまざまな疑問に答える知識や思想など、医学以外の学びも、カメジローさんを作り上げていったことが分かる。

医者になれる知性を持ち、良質の学びを求め、学び続ける勤勉さ。

生まれつき持っていた素質と、その素質を伸ばし、支える人達との出会い。

それらが、人々に愛され、人々の為に行動したカメジローさんという人物を作り上げたことが分かった。

不屈館には、展示コーナーの他に、書斎再現コーナー、DVD視聴コーナー、閲覧コーナーなどがある。

実際にカメジローさんが読んでいた本や、長年収集していた新聞記事のスクラップブックたちも、棚にびっしりと並べられている。

獄中生活を支えた本たち。「許可済」の張り紙が貼られた本たちも。

掲示物にはこう書かれている。

【獄中生活を支えた岩波文庫~沖縄人民党事件~】
瀬長は1954年、米軍により沖縄退去命令を受けた人民党員をかくまった容疑で逮捕、投獄された。瀬長が獄中への差し入れ要望の岩波文庫の目録。「(獄中への持ち込み)許可済み」の紙が貼られた岩波文庫。

不屈館の掲示物より。

戦争と平和。レ・ミゼラブル。
表紙には、許可済の文字が書かれた手書きの紙が貼られている。

抵抗の文学。
この本を読んだカメジローさんの日記が、とても印象深い。

「加藤周一の抵抗の文学をよむ。ナチス占領下におけるフランスの文化人がどんなに闘ったか。抵抗とは圧制者に対する憎悪からではないイカリ[怒り]である。イカリは祖国に対する愛情から自然に噴出するものだと強調。正に然りである。沖縄の抵抗も圧制者アメリカやそのカイライ[傀儡]どもに対する憎悪から生まれたのではない。県民、国民に対する愛情から自然に生まれる圧制への底なきイカリのバクハツ[爆発]である。」
瀬長亀次郎 1958年4月5日付日記より

抵抗とは。

憎悪からの行動ではない。

愛情からの行動である。

圧制に対し、強い口調で訴える場面だけを見れば、それは一見、相手に対する憎悪や恨みを持っているように見えるかもしれないけれど、そうではない。

抵抗とは、愛情からの行動なのだ。

新基地反対の座り込みをする人たちは、手を振る。
道路を行き交う車の人たちに、手を振る。
工事車両を運転する人たちに、挨拶をする。

けっして、相手を恨んで憎んでいるわけではない。

自分の生まれ育った土地を、守りたい。

これから先、この土地で暮らし、生きていく子供たちや、まだ見ぬ子孫たちが、これからもずっと安心して暮らせるように、今、抵抗という行動をしているだけ。

愛情からの行動なのだ。

この日記を読んで、怒りと憎悪を混同してはいけないと思った。
怒りは、表現しなければいけない。

カメジローさんが愛した祖国日本は、いまも愛する価値があるだろうか。
日本人は、沖縄を観光地として愛すように、国として愛しているだろうか。

この問いは、愛情からの怒りか。憎悪を含んでいないか。

怒りを感じる相手を、間違えてはいけない。

抵抗すべき相手を、間違えてはいけない。

問題の本質を見る。真理を見る。

本当の敵は、巧妙だ。
本当は仲間であるはずの人達を、闘わせることで、煙に巻く。
そして、本当の問題は、解決されない。

あなたの敵は、本当に敵ですか?

力を分散させ、奪い、弱めるために、闘わされていませんか?

どうなったら、問題は解決したといえるか。
理想の解決策を、考える。

敵だと思いこまされている人は、
協力者かもしれない。同志かもしれない。

力を合わせたら、強く大きな力になる。

安心、安全、基本的人権の尊重。
みんなが安心して暮らせる国。

そんな日本にする為に、できることを考える。

諦めてはいけない。

不屈館の見学を終え、「ありがとうございました」と挨拶をして、帰ろうとすると、スタッフさんが、「他にもDVDがあるので、またお越しください。」と声をかけて下さった。

小さな交流。こんな声かけや、会話が、人を安心させることもある。

ひとりひとり、だれもが、できることがある。

不屈館を出ると、来た時に降っていた雨は止んで、外は晴れていた。後ろで、にゃーにゃーと何度も鳴き声が聞こえる。

野良猫だ。

和んだよ。ありがとう!

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