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『「渡る世間はコロナばかり」~渡る世間は鬼ばかり2020年代編~』前編

★この物語は「渡鬼」ファンの素人がこんな続きのドラマを見てみたいと想像して書いた作品です。「音楽」と「藤井風」ファンでもあるため、それらの要素を加えて、オリジナルキャラ二人を登場させました。オリジナルキャラの一人「渡世風」は「藤井風」を意識していますが、本物の風くんとはキャラが全く違います。風くんは演技にも興味があるらしいので、風くんに演じてもらいたい本人とは違う性格の「渡世風」を描きました。

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新型コロナウイルスが世界で猛威をふるい始めた二〇二〇年。岡倉家五姉妹のそれぞれの生活も一変していました。

(オープニング)

小島家(幸楽)
愛「母さん、店に出て来なくていいって何度も言ってるでしょ。今はお客さんの人数は制限しているし、出前と幸楽弁当の方が売れてるから、お店にはそんなに人手はいらないの。」
五月「人を年寄り扱いして。これでも母さんは動画配信『さつキッチン』で人気なんだからね。若者たちにも人気のユーチューバーなのよ。幸楽弁当だって、母さんの動画で宣伝すればもっと売れるかもしれないわよ。」
周平「おかみさんの動画再生回数、コロナ禍になって以来、さらに伸びてますよね。」
聖子「みんな家にいる時間が増えて、料理をする機会が増えているらしいですから、おかみさんの料理はどれもおいしくて手軽に作れるって人気なんですよ。」
愛「周ちゃんも聖子ちゃんも、母さんをこれ以上その気にさせないで。スマホ使えるようになって、動画配信っていう趣味を見つけてくれたのはうれしいけれど、幸楽の厨房に入り浸られると困るのよ。こっちは幸楽弁当の仕込みもあって、忙しいの。」
五月「愛、ここはおばあちゃんや母さんたちが必死に働いて守って来たお店なの。お店の迷惑にならない時間帯に少しくらい厨房を使わせてもらったって罰は当たらないわよ。」

聖子「いらっしゃいませ。」
そこに邦子がやって来る。
邦子「ちょっとお兄ちゃん、どうせ幸楽は暇なんでしょ?少しうちに人手分けてくれないかしら?インターネット販売の餃子が売れに売れちゃって、困ってるのよ。売れるうちに新商品の開発もしたいと考えているの。」
愛「お言葉ですが、邦子おばさん、この通り、幸楽は人数制限を強いられているにせよ、お客さんはいらして下さっていますし、出前の注文も増えています。幸楽弁当も人気なんです。ネット販売の方にはお力添えできません。」
勇「愛の言う通り、うちはうちで何だかんだ忙しいんだよ。このコロナ禍で外食産業の売り上げが低迷している中、ありがたいことにさ。だから周ちゃんもたっちゃんも聖子ちゃんもみんな大事なんだ。おかげさまで俺だって厨房に入ること増えたんだから。」
誠「すみません、邦子さん。幸楽から通販に協力する余裕はなくて。お父さんやお母さんにはそろそろのんびりしていただこうと思っていたのに、コロナ禍以来、こうしてまた店に出てもらうことが増えているくらいで。」
愛「父さんは厨房に出てもらいたいから仕方ないけど、母さんには休んでてっていつも言ってるのに。またケガでもされたらたいへん。」
不機嫌な表情の五月。
邦子「分かったわよ。幸楽の人たちはあてにしないからいいわよ。周ちゃんやたっちゃんが来てくれたら、新商品の開発も進むし、鬼に金棒だったのに。まぁ、いいわ。バイトやパートを増やせば済む話だし。」
そこへ眞がやって来る。
眞「ご無沙汰してます、邦子おばさん。ちょっと二階使わせてもらっていいかな?」
愛「急に帰ってくるなり、何なのよ。二階は今、お客さん入れてないから、空いてるけど、何に使うの?」
眞「在宅ワークの日が増えていて、仕事する場所がないんだよ…。」
愛「自分の家でやれば済む話じゃない。また貴子さんとケンカでもしたの?」
五月「とにかく上がりなさい。二階でゆっくり話聞くから。」
二階に上がる。
眞「やっぱり幸楽は落ち着くなぁ。これなら仕事もはかどりそうだ。」
五月「貴子さんとケンカしたの?香は?香も連れて来れば良かったのに。」
眞「ケンカなんてしてないよ。貴子のやつ、コロナ禍になって以来、以前にも増して神経質になってしまって、まったく外に出ようとしないんだ。香のことも一歩も外へ出さないし。俺のことは邪魔にするし。外からコロナを持ち込まないで、香がいるのよって。」
五月「一歩も外に出ないでどうやって生活してるの?まさか眞が買い物までさせられているの?」
眞「今は何でもインターネットで注文すれば届く時代だから、たとえ家から一歩も出なくても買い物はできるんだよ。」
五月「買い物はできたとしても、体に悪いじゃない。外の空気を吸わないで生活してるなんて。」
眞「そうなんだよ。香に散歩もさせられなくて困ってるんだ。そろそろ保育園に入れてもいい時期なのに、貴子のやつが保育園なんてクラスターが発生したら、香も感染してしまうから、そんな恐ろしいところに入園させることはできないって。」
五月「貴子さん、昔から神経質だったものね。コロナが怖い気持ちは分からなくもないけど、でも香のことを考えると、黙っているわけにはいかないわ。」
眞「とにかく、母さん、まずは仕事させてくれないかな。貴子がコロナに怯えて神経質になってるせいか、香も泣きわめくことが増えたし、家じゃ仕事にならないんだ。」
五月「分かった。あんたはここで仕事してなさい。母さん、ちょっと貴子さんのところに行ってくるから。」
眞「過敏になってるから、余計なことはしないでくれよ。どうせ行ったところで家の中には入れてもらえないと思うけど…。」
五月「家に入れないってどういうことよ。」
眞「宅配便の人とさえ接触しないようにしてるんだ。玄関の前に置いてもらって済ませてるくらいだし。外部の人間が行ったところで、貴子は絶対中には入れないよ。」
五月「あきれた。あんたたちそんな生活送っていたの。母さんが貴子さんにビシっと言ってくるから任せなさい。」
眞「母さんが行ったところで、火に油だよ。ワクチンの順番が回ってくれば貴子も落ち着くと思うからさ…。」
五月「そんな呑気なこと言って。いつになるか分からない話じゃない。その前にせめて香のことは助けてあげないと。」
一階へ降りる五月。
五月「ちょっと出かけて来ます。」
勇「どこに行くんだよ?」
愛「貴子さんのところでしょ?何があったか知らないけど、母さんが行っても意味ないと思うけど。」
五月「貴子さんはともかく、香のことが心配なの。」

眞の家のインターホンを鳴らす五月。
五月「貴子さん、私。中に入れてちょうだい。」
貴子「すみません、お母さま、御用件ならインターホン越しに伺いますので。」
香の泣き声が聞こえる。
五月「あのね、いくらコロナが怖いからって、香のことを部屋に閉じ込めておくのはどうかと思うの。たまには外の空気を吸わないと、香も貴子さんも病気になってしまうわよ。」
貴子「眞さんが何を話したのかは存じ上げませんが、香と私なら大丈夫ですので、お気遣いなく。眞さんのこと、よろしくお願いします。」
インターホンを切る貴子。
五月「ちょっと、貴子さん、貴子さん。まだ話は終わってないのよ。」

その後「おかくら」へ立ち寄る五月。
玄関先で弁当を客に手渡すまひるの姿。
まひる「いらっしゃいませ、五月さん。どうぞ中へお上がり下さい。」
五月「へぇーおかくらもお弁当売り出したのね。」
まひる「えぇ、どうしてもお客様の人数を制限せざるを得なくて、日向子ちゃんが持ち帰り用に「おかくら弁当」を考案してくれたんです。そしたらお客様からご好評で。」
五月「そうなの。うちも「幸楽弁当」ってテイクアウトを始めて、ありがたいことに盛況なのよ。」
まひる「そうなんですか。今は外食産業界はどこも厳しい時代ですものね。幸楽さんやおかくらは恵まれているのかもしれません。」
五月「ほんとにね、お客さんに来ていただけること、感謝しないとね。」
日向子「いらっしゃいませ。五月おばさん。」
五月「お店の中もアクリル板とか設置してちゃんとしてるのね。」
タキ「ご無沙汰しております、五月さん。なかなかご挨拶にも伺えなくてすみません。」
壮太「五月さんの「さつキッチン」見てますよ。料理の勉強になりますし。コロナ以来、登録者数も増えてますよね。」
まひる「壮太さん、さつキッチンを登録してるんですよ。更新されるの、すごく楽しみにしていて。」
五月「あら、うれしい。こんな身近にも登録してくれている人がいたなんて。」
タキ「わたくしも、五月さんの動画拝見しております。今まで料理なんてしたことのないような人たちも、このコロナ禍で家にいる時間が増えて、料理してみようって気になっているらしいですものね。五月さんの動画は料理初心者にもやさしくて、おいしくて作ってみたい気持ちになるんですよ。」
日向子「五月おばさんの料理、私も参考にさせていただいています。おかくら弁当のメニュー考える時も、さつキッチンからアイディアいただいたりしてます。」
壮太「おかくらがコロナ禍でもこうして新しいことに挑戦しながら、お店を続けられていることに本当に感謝してるんです。まひるの実家の旅館は本当に商売にならないらしくて…。」
まひる「コロナ禍以来、温泉旅館にはなかなかお客様に来ていただけなくなってしまったんです。実家が心配でもどうすることもできなくて。今の私はおかくらで精一杯働かせていただくことしかできなくて…。」
五月「まひるさんのご実家は旅館ですものね。たいへんなご時世になったものね。海外からのお客さんは旅館どころか、そもそも日本へも簡単には来られないものね。」
タキ「早く、コロナが収束して、以前までのようにお客様を受け入れられるようになると良いですわね。」

そこへ長子がやって来る。
長子「おなかすいたーひな、お弁当できてる?」
五月「長子、ひさしぶりね。」
長子「五月姉ちゃん、どうしたの?何かあったの?」
五月「何かなきゃ来ちゃいけないの?忙しそうね。」
長子「忙しいどころじゃないわよ。コロナで病院に行くのをためらって自宅でふさぎ込みがちなお年寄りが増えて、病気が悪化したりして、訪問医療を求める方が増えていらっしゃって。コロナに感染するかもしれない、混んでいる病院へ行くより、自宅にお医者様が来てくれたら安心だし、助かるってニーズが増えているの。」
五月「英作さん、元々お忙しい方なのに、さらに患者さんが増えてるなんてたいへんね。」
長子「由紀ちゃんもいてくれるから心強いけれど、やっぱり人手が足りなくて、今、弥生姉ちゃんにも手伝ってもらっているの。日勤の看護師として。」
五月「弥生姉ちゃんが今、本間クリニックを手伝っているの?知らなかった。」
タキ「弥生さん、看護師の資格もっていらっしゃるから、人手不足の方々の病院から手伝ってほしいと頼まれていたらしいんです。でも年齢的に大きな病院で働くのは体力が持ちそうにないということで、時間の融通も効く長子さんのところでお手伝いなさっているんですよ。」
長子「弥生姉ちゃんはベテラン看護師だし、英作も本当に助かってるみたい。もちろん若い看護師さんもいるけど、体力は衰えていても、弥生姉ちゃんは看護師として経験が豊富だから。」
五月「弥生姉ちゃん、たしかボランティアで喫茶店を開いていたわよね。それはどうなったのかしら?」
長子「こんなご時世でしょ、不特定多数の人たちとゆっくりお茶しながら話すなんてできなくなってしまったから、今はお休みしているんだって。ちょうど時間も空いたし、うちを手伝ってくれることになったの。」
五月「そうだったの、弥生姉ちゃんもコロナ禍でたいへんだったのね。せっかく近所の人たちを招いてお茶できること、喜んでいたのに…。」
日向子「お母さん、これ、今夜のお弁当。」
長子「ありがとう、ひな、毎日ほんと助かる。おかくら弁当のおかげで、みんな仕事がんばれてるんだから。」
五月「もしかして毎日、本間クリニックで働く人たちの分のお弁当も日向子ちゃんが作っているの?」
日向子「お母さんにはせめて大学には行ってほしいって言われていたけど、私はおかくらで働きたいって高卒でわがまま通させてもらったので、両親には恩返ししないといけないって思ってるんです。」
五月「日向子ちゃんは立派ね。うちの愛とは大違いだわ。長子は親孝行な娘を持って幸せね。」
長子「今となれば、父さんが亡くなってもおかくらが続いているのはひなのおかげだし、感謝してます。じゃあ、また行ってきます。五月姉ちゃん、ゆっくりして行ってね。」

タキ「ところで五月さん、何かお話がおありなのではないですか?」
五月「眞がね、今日突然うちに帰って来て、二階で仕事させてくれって言うのよ。貴子さんがコロナで神経質になっていて、自由に外出もできないらしくて。」
まひる「小さいお子さんがいると、余計コロナが心配になってしまいますものね。」
五月「そうなの、香のためとか言って、散歩さえさせていないらしいの。買い物も全部インターネットで済ませて、私が行ってもインターホン越しの会話でおしまい。」
タキ「コロナ感染を心配するあまり、心を病んでいる方も増えているらしいですし、貴子さん心配ですね。」
五月「貴子さんはともかく、香と眞はうちで守ってあげないとって思ってるの。貴子さんは元々神経質な性格だから、私が言ったところで聞く耳ももたないし。」
壮太「眞はリモートワークたいへんですね。今まで職場でできていた仕事を家に持ち帰って、やらないといけないんだから。」
五月「そうなのよ。せっかく長谷部さんのところで一人前として働けるようになったというのに、貴子さんがあれじゃあ家で働くことはできないものね。眞の仕事のためにも、眞のことはうちで面倒見るわ。」
まひる「兄に眞くんのこと、職場で働く時間を増やしてもらえないかどうか、聞いてみましょうか?」
五月「いいのよ、まひるさん、そんなことはしなくて。また眞に余計なことをしゃべったなと叱られるだけだから。」
タキ「眞ちゃんもたいへんですね。仕事したくても、貴子さんや香ちゃんがいるから、落ち着いて家では仕事できなくて…。」
五月「だからこの際、眞も香も落ち着くまで幸楽で暮らせばいいと思ってるの。私が何が何でも貴子さんから香を守らないと。」
日向子「五月おばさん、良かったらおかくら弁当食べてみてください。みなさんの分もお土産に用意しますので。眞くんにも食べさせてあげてください。」
五月「ありがとう、日向子ちゃん。」
帰り際、五月は仏壇に手を合わせると、おかくらを後にし、小島家へ戻る。

一方、本間クリニックで日勤を終えた弥生は帰宅中、思いつめた表情をした若い女性が踏切の前で立っているのを見かける。
赤信号に変わって、電車が近づいて来た時、その女性は電車に飛び込もうとし、後ろから弥生がその女性を引き留めた。
弥生「あなた、何考えてるの。電車に飛び込もうとするなんて。」
結「何で引き留めたんですか…あなたが私の人生助けてくれるわけでもないのに…。」
弥生「とにかく、今夜はうちにいらっしゃい。何もできないかもしれないけれど、話しを聞いてあげることならできるわ。」

野田家に戻った弥生。
佐枝「おかえりなさい。お母さん、どうされたんですか、そちらの方は。」
弥生「佐枝さん、彼女にご飯とそれからお風呂を。」
良「なんだ、またほっとけなくて知らない子を連れて来たのか。」
弥生「仕方ないでしょ、目の前で電車に飛び込もうとしていたんですもの。とにかく助けてあげたい一心で。」
良「そうだったのか。まぁ、そこがおまえのいいところだけどさ。」

ご飯を食べてお風呂から上がった結。
弥生「少しは落ち着いた?」
結「ありがとうございます…」
弥生「私は野田弥生。隣に座っているのは私の主人の良。」
良「君、名前は何て言うの?どこに住んでるの?」
結「倉岡結です。この街に住んでます。仕事を解雇されてしまって、生活に苦しくなって、それで…。」
弥生「何の仕事をしていたの?」
結「旅行会社です。コロナ禍で売り上げが激減して、クビになってしまって…。」
良「旅行会社は厳しい時代になったもんな。たいへんだったね。」
弥生「誰か、頼れる人はいないの?実家に帰るとか、恋人に頼るとか…。」
結「実家も旅館でたいへんなんです。だから、仕事クビになったなんて言えなくて。彼氏は…ミュージシャンなんですが、このコロナ禍でライブも白紙になってしまって…。プロデビューできそうだったのに、話が途切れてしまって、荒れるようになって。一緒に住んでいたんですが居づらくなってしまって…。」
良「結さん自身だけでなく、彼もコロナの被害者なんだね。お気の毒な話だ。荒れるって八つ当たりするの?」
結「昔はやさしい人だったんです。夢を追い掛けて、売れなくてもいいから絶対プロのミュージシャンになるんだって。ようやくデビューできそうな矢先のコロナ禍で、ライブできなくなったことが一番ショックみたいで…。よく路上ライブもしてたんです。でも今は路上で大きな声を出しているだけで、嫌われてしまう時代ですから…。それでお酒に溺れるようになってしまって、時々、私にも暴力をふるったりして。」
弥生「そうだったの…結さん、たいへんだったのね。少しうちでゆっくりするといいわ。新しい仕事がみつかるまで、ずっとうちにいていいのよ。」
良「そうだな、暴力をふるうような彼氏とは別れた方がいい。うちにいなさい。」
結「私、こここにいていいんですか?生きていていいんですか?」
弥生「もちろんよ、生きていていいに決まっているじゃない。」
結「ありがとうございます。」
弥生「佐枝さん、しばらく結さんを佐枝さんの部屋で一緒に寝かせてあげてちょうだい。」

佐枝が結に寝室を案内する。
佐枝「ここの人たちはやさしい人たちばかりだから、安心して。私も赤の他人なのよ。だけど縁があって、ここで暮らさせてもらっているの。」
結「本当に…あの時、助けていただけなかったら、今頃とっくに死んでました…。」
佐枝「お母さんはやさしい方だから見ず知らずの他人であっても、絶対見捨てない方なの。だから落ち着くまで、甘えていいのよ。もちろん私のことも頼ってね。」
結「ありがとうございます。」

小島家。
五月「ただいまー日向子ちゃんが作ったおかくら弁当をもらって来たわよ。」
愛「お母さん、貴子さんのところに行ったんじゃなかったの?」
眞「やっぱり追い出されて、話にならなかったんだろ?」
勇「おかくら弁当かぁー日向子ちゃんもやるな。」
五月「眞の言う通り、貴子さんには中へは入れてもらえなかった。だからおかくらに寄ったの。おかくらもすっかり変わってたわ。でも新しい生活様式に馴染んだお店をやってて、ちゃんとお客さんもいらしてるし、お弁当販売も好調らしいし、たいしたもんね、日向子ちゃんは。」
愛「日向子ちゃんはおじいちゃんのお店を守りたい一心で必死なのよ、きっと。貴子さんだってそう、香ちゃんを守りたいだけで意固地になっているだけで。それぞれ守りたいものが違うのよね。」
五月「貴子さんの場合、間違った守り方よ。あれじゃあ香がかわいそう。二人ともそのうち病気になってしまうわ。私が香を守ってあげないと。」
眞「貴子ともめることだけはよしてくれよ。俺は落ち着いて仕事さえできれば、二人を養うことはできるし、幸楽の負担になるようなこともしないからさ。」
五月「もめるって何よ、元々あんたが貴子さんの尻にしかれているから、こんなことになったんでしょう。もう少ししっかりしなさい。香の父親としても。」
勇「まぁまぁ、とにかく眞は職場に行けない日は、うちの二階で仕事すればいいだろ。そのうち貴子さんも落ち着くさ。高齢者優先のワクチン接種だって始まるみたいだし。」
愛「父さんも母さんもほんと、眞に甘いんだから。私はひとりでがんばってる貴子さんがかわいそうって思うけど。」
誠がやって来る。
誠「お取込み中すみません、お父さん、ちょっといいですか?」
勇「おう、眞のことはもう済んだからいいよ。どうした?」
誠「やっぱり、今回も老人ホームでのライブはキャンセルになってしまいました…。」
勇「そうか、まだやっぱりダメかぁ。元々老人ホーム側から依頼してきた話なのにな。」
誠「利用者さんがおやじバンドの演奏を見たいっていうものだから、検討したらしいんですが、でもやっぱりまだワクチン接種もできていない状況では無理と判断したらしく…。」
勇「残念だよなー久しぶりにライブができると思っていたのに。もう一年以上、老人ホームでライブできていないよな。」
眞「何?おやじバンドの話?」
誠「そう、コロナ対策徹底して、歌はなしで演奏だけする予定だったんだけど、キャンセルになってしまって…。」
眞「老人ホームに行けないなら、配信したらいいんじゃないの?母さんのさつキッチンみたいに、父さんたちのバンドもユーチューブ上で活動したらいいんだよ。」
勇「その手があったか、それなら老人ホームの皆さんにもパソコンとかモニターを通して俺たちの演奏を見てもらうことできるもんな。歌も歌えるし。」
誠「でも、誰もユーチューブとかできる人いないし、撮影も難しそうだし…。」
勇「眞、撮影とか動画配信のやり方教えてくれないか?」
眞「えー面倒だな。でも仕事場として幸楽の二階借りてるし、いいよ。今度の休みにでも、協力するから。」
誠「眞ちゃん、ありがとう!これで老人ホームの皆さんを喜ばせてあげることができるよ。」

眞の休みの日。
眞「おやじバンドのアカウントは作っておいたから。後は動画を撮影して、アップするだけ。」
五月「何、あんたたちも私の真似してユーチューブやるの?」
勇「別におまえの真似をするわけじゃないよ。俺たちの演奏を心待ちにしてくれている、老人ホームの皆さんやファンのためだよ。」
誠「眞ちゃんが戻って来てくれたおかげで、助かりました。」
眞「母さんは知ってると思うけど、いいねしてくれるファンだけじゃなくて、中にはアンチとかふざけて嫌がらせみたいなコメント送ってくる人もいるから、そういう人たちのことは相手にしちゃいけないよ。でもまぁ、父さんたちのおやじバンドなんてそんな知名度ないから、からかってくる相手はいないと思うけどさ。」
勇「知名度ならそれなりにあるぞ。何十ヵ所でライブやってるんだから。亡くなった哲也の奥さんの華江さんが歌ってくれるようになってから、さらに人気が上がったし。」
誠「嫌がらせコメントは少し心配だなぁ。でも老人ホームの皆さんのためだもんな。」
五月「嫌がらせやアンチのことなんて気にしてたら、ユーチューバーにはなれないわよ。とにかく心から楽しみにして待ってくれてるファンのことだけ考えればいいの。」
誠「さすが、お母さんは人気ユーチューバーだけあって肝がすわってますね。」
眞「俺は仕事もあるし、毎日手伝うとかは無理だから、誠さんあたりが覚えて、アカウントの管理できるようになってほしいな。」
誠「分かったよ、眞ちゃん、俺もがんばるから。」

おやじバンドが動画をアップすると、たちまち登録者数は増えていった。
老人ホームでも好評だった。
メンバー「眞くんのおかげで、俺たちも全国どころか世界中から見てもらえるようになってほんとにうれしいよ。」
メンバー「張り合いができたよな。コロナで全然ライブできなくなったから。」
華江「私も、また歌えるようになって本当にうれしいです。」
メンバー「華江さんの歌があってこそのおやじバンドだよな。」
勇「そうそう、俺たちも華江さんに負けないように、練習がんばらないと。」
おやじバンドの演奏シーン。

練習から帰ると、誠が一件の嫌がらせコメントを発見する。
誠「何だよ…これ…」
愛「何?どうしたの?」
『キーボードの奴がマジで下手くそ。こんなのよく世界中に配信してるね(笑)』
誠「俺、下手くそって言われてる…」
愛「こんなの、気にしちゃキリがないわよ。母さんだってたまに嫌がらせみたいなコメントもらっても平然と動画更新してるわよ。」
誠「でも、他のメンバーのことは何も書かないで、俺のことだけ批判されてるし、ショックだよ…まるで俺が足手まといみたいだ。」
そしてやる気をなくしてしまった、誠はキーボードが弾けなくなった。

勇「誠くん、どうしちゃったんだよ、最近全然練習に出てくれないし。」
誠「俺なんかいなくても、みなさんだけでおやじバンド続けてください…俺がいると迷惑かけるので…」
勇「あんなコメント気にしちゃダメだよ。ただのいたずらみたいなものなんだから。何なら眞に言ってコメント拒否設定にしてもらおうか?」
誠「コメント拒否してしまったら、やさしいファンの人たちの温かい励ましの言葉までブロックしてしまうことになるじゃないですか。だから、拒否設定はしないでください…」
そこへ眞がやって来る。
眞「ごめん、忙しくておやじバンドのことほったらかしてしまって、どうかしたの?」
愛「誠ってば、自分のことだけ批判されたってショック受けて、ずっとこの調子なの…」
眞「あーあのコメントのことか。嫌がらせコメント主のアカウント見た?ピアノ弾いてミュージシャン目指してる人みたいだね。自分がピアノ弾いてるから、きっとキーボードを標的にしたんだよ。別に誠さんを狙ったわけじゃなくて、キーボードを標的にしただけなんじゃないかな…。」
『渡世風』というアカウントを覗いてみると、ピアノ弾き語り動画がたくさんアップされていた。
その中に『千の風になって』のカバーもあった。
勇「俺の好きな『千の風になって』もあるじゃないか。ちょっと聞いてみよう。」
誠「この人のピアノすごい…ほんとに俺のキーボードなんかと比べたらプロレベルだ。」
愛「歌もけっこう上手な人なのね。」
眞「こんなにまともな動画アップしてる人が何で嫌がらせコメントなんて書いたんだろう?」
愛「でもどの動画も数年前のもので、最近は更新されてないわね。」
勇「何か、わけありの人なんじゃないのかな。だから誠くん、あんなコメント気にしちゃダメだよ。」
誠「この演奏聞いたら、ますます自信なくなりました…俺、おやじバンドやめます。」
勇「何を言い出すんだよ、誠くん。他人と自分を比べても何もいいことないよ。俺たちのバンドはそもそも素人の集まりなんだから。プロを目指しているわけじゃないし。」
眞「こんなことになるなら、ユーチューブなんて始めなきゃ良かったかな…なんか責任感じちゃうな。」
誠「眞ちゃんのせいではないよ。俺に実力がなかっただけだから…」

翌日の昼、幸楽弁当を求めて、幸楽はいつものようにお客さんで賑わっていた。
聖子「いらっしゃいませ。」
無言でフードをかぶったままの異様な雰囲気の一人の客がやって来る。
聖子「今日の幸楽弁当も残りわずかです。」
無言のままの男は弁当に手を伸ばすと、お金も払わず、弁当を持ち逃げた。
聖子「弁当泥棒―」
誠や勇がその男を追いかけ始める。
誠「待てーうちの大切な弁当を盗むなんて。」
勇「うちの弁当を待ってくれてるお客さんはたくさんいるんだ、逃がさないぞ。」
その男を捕まえて、フードをとった。
誠「あっ、おまえは…」
勇「渡世…風?」
華麗にピアノを演奏している時とはだいぶ雰囲気は違っていたが、たしかにあの動画の男だった。
勇「とにかく、うちで話を聞こうじゃないか。警察に連れていくのはその後だ。」
幸楽に戻った三人。
五月「あんた、大丈夫だった?弁当泥棒は?」
勇「この通り、誠くんが捕まえてくれたよ。」
誠「弁当もだけど、コメントも許せないよ…」
愛「あっ、おやじバンドに嫌がらせコメント送ってきた、渡世風じゃないの。」
五月「渡世風?何者なのよ?みんな知ってるの?」
勇「おやじバンドに嫌がらせコメント送ってきた相手のコメント見たら、この人のアカウントを見つけたんだよ。ピアノ弾きながら歌ってるんだ。」
愛「この動画よ。」
『千の風になって』を五月に聞かせる。
五月「あらほんと、この人だわ。ピアノも歌も上手ねぇ。」
勇「泥棒を褒めることはないよ、一体どうして盗んだんだ?」
無言のままだった泥棒のおなかがぐぅと鳴った。
五月「何?あんたおなか減ってるの?聖子ちゃん、何か持って来てちょうだい。」
聖子「おかみさん、泥棒なんかに食べさせていいんですか?」
五月「おなかが減ってたら、話もできないでしょ。とにかくこれを食べなさい。」
泥棒は聖子が運んで来たチャーハンを勢いよくむしゃむしゃ食べるとぺろりと平らげた。
五月「よっぽど、おなかが減っていたのね…。あなた名前は?」
勇「腹が減っていたからって、うちの弁当を盗んでいいわけじゃないんだぞ。」
誠「そうだ、そんなに食べたいなら、きちんとお金を払ってくれよ。」
無言を貫いていた泥棒がやっと口を開いた。
風「渡世風…無職。」
勇「驚いたな、あのアカウントの名前は本名だったのか。」
誠「いくらピアノが上手いからって、他人を侮辱することないだろ。傷付いたんだぞ。」
顔を上げてじっと誠を見つめた。
風「別に自分のピアノが上手いなんて思いません。あなたが羨ましかったから…ただそれだけです。すみません。」
誠「羨ましい?俺が?どういう意味?」
風「実は俺はデビューが決まりかけのミュージシャンだったんです。ろくな稼ぎがなくて彼女に食べさせてもらっていたんですが、その彼女もコロナで仕事クビになってしまって。俺もコロナのせいで、デビューが遠のいてしまって。決まっていたライブもキャンセルになってしまって、どうしようもなくて、彼女に八つ当たりするようになったら、彼女は何も言わずに出て行ってしまったんです…。それでお金もなくなって、おなかが減って、おいしそうな匂いにつられてつい…。」
五月「そうだったの。たいへんな思いをしていたのね。」
勇「だからと言って、盗みは許せるわけないぞ。」
誠「それで俺が羨ましいってなぜ?」
風「腕はともかく、演奏を待ってくれているファンがあなたたちのおやじバンドにはたくさんいるじゃないですか。どんなに下手でも、感動させられるパワーを持っている、あなたの演奏が羨ましかった…。ただそれだけです。しかもこうしてちゃんと仕事もある。奥さん…?もいる。偶然今日、直接あなたに会ったら、ますます羨ましくなりました。」
誠「そんな…君の演奏の方が感動させられる力を秘めているじゃないか。どうして、新しい動画を更新しないの?ライブできなくても、もっとユーチューブを利用して、演奏を聞いてもらえばいいじゃないか。」
風「それが、デビューが決まりかけた時、勝手に動画をアップできないことになって…。」
勇「だって、今はそのデビューの時期が棚上げされているんだろ?それじゃあ、動画くらい許されると思うけどな。」
風「せっかく掴んだチャンスなので、逃したくないんです。たとえ何年待つことになっても、デビューしたくて…でも待っている間に暮らせなくなりました。彼女がいなくなって、彼女の存在の大きさにやっと気付きました。今まで、無名のミュージシャンをやって来れたのは全部彼女のおかげだったと、失って初めて気付きました。」
五月「あんた、今回は許してあげましょうよ。泥棒した分、働いてもらうっていうのはどう?」
勇「まぁ、そうだな…しばらくうちで働いてくれたら、今回の件は大目に見てやるよ。誠くんさえ良ければだけど。」
誠「お父さんとお母さんがそういうなら、俺は構わないです。」
愛「ちょっと、幸楽の主導権はもう誠が握っているんだから、嫌なら嫌ってはっきり断っていいのよ。自分に嫌がらせコメント書いて来た人と一緒に働くなんて、誠がかわいそう。」
誠「愛、いいんだよ。彼にもいろいろ事情があったみたいだし。それに、俺のこの暮らしが羨ましいなんて言ってさ、俺、自分の人生がどんなに恵まれているか、彼に気付かされたよ。コロナ禍でも、仕事があって、いつでも側には愛がいてくれて、さくらっていう可愛い子どももいて、おやじバンドっていう趣味も楽しめて、平穏に暮らせていたことが本当に幸せなことなんだって、彼のおかげで気付けたよ。ありがとう、渡世くん。これからよろしく。」
風「俺のこと、許してくれるんですか…?ありがとうございます。」
勇「一生懸命働いてもらうからな。幸楽とそれから侮辱した罰としておやじバンドも手伝ってもらおうか。」
五月「あきれた。幸楽で働いてもらうより、おやじバンドの即戦力目当てなんじゃないの?」
誠「自分も、彼からキーボードを教わりたいです。『千の風になって』も弾けるようになりたいです。」
勇「また誠くんがおやじバンドやる気になってくれて良かったよ。これは君に断る権利はないから。おやじバンドにも必ず、顔を出すように。デビューするまででいいからさ、頼むよ。」
風「ありがとうございます…弁当のこと許してくれただけじゃなくて、職場とそれから演奏の場も提供してくれて…」
愛「誠を侮辱した分、しっかり働いてもらうからね。」

その頃、野田家には文子が訪れていた。
佐枝「文子さん、いらっしゃいませ。」
文子「弥生姉ちゃんは?」
佐枝「お母さんは喫茶店休んで、今、長子さんのところのクリニックで看護師として働いているんです。」
文子「驚いた。お姉ちゃんまた看護師してるんだ。腕に職があるといいわね。どんな時代も社会から必要とされて…。」
佐枝「そろそろ戻って来ますので、どうぞお上がり下さい。」
文子「あなたは?」
結「はじめまして。弥生さんのお世話になっている倉岡結と申します。」
佐枝「結さん、仕事失って、彼氏の暴力から逃げてたところをお母さんが助けたんですよ。」
文子「まぁ、そうだったの。」
結「旅行会社に勤めていたんですが、コロナ禍でクビになってしまって…。死のうと思いつめていたところを弥生さんに救っていただきました。」
文子「それは他人事ではないわね。私も旅行会社、特に海外ツアーを企画する社長をしていたんだけどね、とうとう会社を辞めることになってしまって…。もちろん、従業員には再就職先を斡旋してから辞めてもらったけれど。結さんのようになってないと良いけれど…。」
結「うちも海外が売りの旅行会社なので、本当に厳しくて…。私以外にも同僚の何人かがクビになりました。」
文子「そうなの…。ご実家に帰るとかできなかったの?」
結「実家は旅館なんです。とても頼ることなんてできません、まして私が無職になったことを知ったら、心配をかけてしまうから、言えなくて…。」
文子「ご実家は旅館なんて、そちらもたいへんね。ほんとにコロナのおかげで、観光業界はすっかり冷え込んでしまって、たいへんな時代になったものね。」
佐枝「おかえりなさい。文子さんがお見えです。」
弥生「いらっしゃい、文子、珍しいわね。」
文子「今、結さんと話してたんだけど、私、会社を畳んだの。」
弥生「旅行会社はやっぱり厳しいの?」
文子「私、ひとりならなんとかなるとしても、海外ツアーが組めない時期がこんなに長引くと従業員の生活を支えることは難しくなって…。持続給付金とか、いろいろ使えるものは使ったんだけどね、やっぱり無理だった…。再就職先を斡旋して、やめてもらったわ…。」
弥生「そう、まさか文子のところまでそんなにたいへんなことになってるなんて知らなかったわ。亨さんはどうしてるの?」
文子「もちろん亨にもやめてもらうしかなかったから、今は旅行会社から離れて、得意の英語を生かした仕事をしてるわ。」
弥生「そうなの、亨さんもたいへんね。」
文子「結さんも旅行会社を辞めさせられたって言うじゃない。他人事とは思えなくて。しかもご実家が、旅館なんてダブルでたいへんよね。」
結「せめて彼の生活が順調だったら良かったんですが…。頼れる人はほんとにいなくて、今はこうして弥生さんの家でお世話になってます。」
弥生「結さんの彼氏、ミュージシャンなんですって。デビューが決まっていたのに、コロナでライブができなくなって、デビューが遠ざかってしまったらしいの。ほんとに、コロナは若い人たちの夢まで奪うんですものね。ひどい時代になったものだわ。」
文子「そう言えば、お姉ちゃん、長子のところで看護師として手伝っているんだって?」
弥生「えぇ、そうよ。本当はね、自分の歳を考えると、体力的にきつい仕事ではあるんだけど、どこの病院も人手不足で困っているでしょ?自分の資格が生かせるなら、手伝ってみようかなって思って、働かせてもらってるの。喫茶店は休業していたし、長子と英作さんの役に立てるならって。」
文子「観光業界は仕事にならないけど、医療従事者は休みなく働かざるを得ない時代だものね。誰よりも今、社会から必要とされている人材だものね。弥生姉ちゃんはすごいわよ。おかくらや幸楽は商売どうなのかしら?」
弥生「この前、長子がおかくらで五月とばったり会ったんですって。そしたら幸楽ではテイクアウトのお弁当とか出前が繁盛しているらしいって。おかくらも日向子ちゃんがおかくら弁当売り出してくれたおかげで、コロナ禍でも、お客さんが途絶えないのよ。」
文子「そっか、五月姉ちゃんも日向子ちゃんもがんばってるんだ。私も、コロナに負けないでがんばらないと。そう言えば、五月姉ちゃんのさつキッチンって動画見てたら、おやじバンドも紹介されていて、勇さんたちもユーチューブ始めたみたいね。新たにマスクマンって方もおやじバンドのメンバーに入ったらしいわよ。顔は出せないらしくて、マスク姿だけど、キーボードがとても上手なの。」
文子がスマホでおやじバンドの動画を弥生たちに見せる。
弥生「五月も勇さんもすごいわね。若い人たちみたいにユーチューブに進出しちゃって。おやじバンドの新しいメンバーのマスクマンさんの演奏もほんとに上手ね…。」
結「このおやじバンドって何者なんですか…?」
おやじバンドの演奏をじっと聞き続ける結。
弥生「私の妹の旦那さんたちが作ったバンドよ。時々メンバーが増えたりするの。歌を歌ってる人は亡くなったメンバーの奥さんだし、私が紹介した方もメンバーに入れてもらったりしてね。このマスク姿の新人さんは知らないけれど…。」
文子「私ちょっと、おかくらに寄って帰ることにするわ。」
弥生「何か、用事があったんじゃないの?」
文子「仕事を辞めて退屈で来てみただけだから。私も弥生姉ちゃんや五月姉ちゃんや日向子ちゃんに負けてられないと思ったわ。」

おかくらに到着した文子。
まひる「いらっしゃいませ、文子さん。」
文子「突然、ごめんなさいね、お店忙しい時間帯かしら?」
まひる「いえ、今は予約のお客様を毎晩数名しかお通ししていないんです。テイクアウトの方に力を入れていて…」
文子「聞いたわよ、おかくら弁当盛況なんですってね。ちょっと先にお父さんに挨拶してくる。」
仏壇の前で手を合わせる文子。仕事を辞めた報告をする。

日向子「文子おばさん、いらっしゃいませ。おかくら弁当召し上がってみてください。」
タキ「文子さん、ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
文子「ありがとう、日向子ちゃんのこしらえてくれたお弁当いただくわね。体は元気だけどね…会社を畳んだの。」
タキ「旅行会社辞めてしまわれたんですか?」
文子「海外旅行のツアーが組めないんですもの。うちは海外を売りにしていた会社だから、どうしても経営が厳しくなってしまって…。そういえば、まひるさんのご実家も旅館よね?」
まひる「えぇ、うちの実家もコロナ禍でたいへんです。」
文子「さっきね、弥生姉ちゃんのところに寄って来たんだけど、実家が旅館でたいへんっていう若い女性が弥生姉ちゃんの家にいてね。彼女自身も旅行会社でクビになってしまったらしいの。なんたが他人事には思えなくて、責任を感じてしまったわ…。」
タキ「今は、本当に観光業界は厳しい時代ですものね。でもその方のことまで、文子さんが責任を感じることはありませんよ。」
文子「うちの従業員は再就職先を斡旋してから辞めてもらったから、たぶん大丈夫だとは思うけれど、弥生姉ちゃんのところにいた子のようになってたらと思うとね…。」
まひる「コロナ禍で、若い人も就職に困る時代ですものね。私は実家がたいへんでも、こうしておかくらで壮太さんと二人で働かせてもらって、本当に感謝してます。日向子ちゃんのおかげで、おかくらはコロナでも安泰ですし。」
タキ「わたくしみたいに年寄りはそう長くない分、ある程度諦めもつきますが、若い方はたいへんですよね。若い女性の自殺も増えているっていうじゃありませんか…。」
文子「タキさんにはまだまだ元気でいてもらわないと困るわ。弥生姉ちゃんのところにいた子も思いつめていたところを弥生姉ちゃんが救ったらしいの。」
タキ「そうだったんですが、弥生さんはやさしいお人柄だから、いつも見ず知らずの方を救って差し上げるんですよね…。」

そこへ葉子がやって来る。
葉子「こんばんは、お邪魔します。」
タキ「今夜は珍しい方々が揃いました。ようこそ、葉子さん。文子さんもいらしてますよ。」
葉子「文子姉さん来てたの?」
文子「会社、辞めてしまったから、寂しくて。」
葉子「旅行会社辞めちゃったの?」
文子「海外ツアーが組めないんですもの、仕方ないわ…」
葉子「そっか、文子姉さんのところは海外が売りだったものね。」
文子「葉子は仕事、どうなの?」
葉子「おかげさまで、順調よ。コロナ禍で、在宅ワークをする人が増えたでしょ?人が密集する都市部じゃなくて、郊外に一軒家を持つ人が増えているの。新築物件を買う余裕がない人は中古物件購入して、新しい生活様式に合わせたリフォームをしたりしてね。おかげで建築士としての仕事は増えているの。」
タキ「そう言えば、眞ちゃんも在宅ワークが増えて、居場所がなくて、今は幸楽の二階で働いているって五月さんがおっしゃってました。」
葉子「狭いマンション暮らしで奥さんと子どもがいたら、仕事に集中できないものね。眞ちゃんもたいへんだ。」
タキ「貴子さんがコロナで神経質になっていらっしゃるとかで、香ちゃんと一緒にマンションから一歩も出ない生活を送っているらしいんです。」
葉子「そういう人、案外増えているのよ。今は家から出なくても、買い物でも何でもインターネットで済む時代でしょ?小さいお子さんがいればなおさら、コロナは不安だもの。だからね、私は、コロナ時代に対応した家を設計してるってわけ。」
文子「コロナ時代に対応した家って?」
葉子「まず、玄関先に手洗い場を設置して、帰ったらすぐに手を洗えるようにするの。庭やベランダも有効活用して、小さい子どもたちが遊べるように工夫したり。在宅ワークしやすい環境も重要だから、狭くても、完全プライベートを保てる仕事スペースも確保して、とにかく清潔安心に暮らせる快適な家を提案しているのよ。」
文子「へぇー葉子も一級建築士としてコロナに負けずにがんばってるんだ。」
葉子「コロナ禍以前までの考えではダメなのよね。本当は都市部で自分の理想通りの設計をしたいと思っても、需要がないんですもの。お客様のニーズに合わせて、時代と共に仕事の仕方も生き方を変えていかなきゃ、うまくいきっこないわ。」
タキ「その葉子さんが提案している、コロナ時代に合わせた物件を眞ちゃんにも話してみたらいかがでしょうか?五月さんが貴子さんのことで随分心配していらしたので。」
葉子「そうね、眞ちゃんも会計士として一人前になったようだし、そろそろ引っ越しもありかもしれないわね。そのうち幸楽に行ってみるわ。」

『「渡る世間はコロナばかり」~渡る世間は鬼ばかり2020年代編~』後編に続く

スピンオフ『渡世風物語~ささやかなこの人生~』はこちら

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