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2020/7/15 麒麟が来ないの段

 麒麟不在

  麒麟が来ないまま一カ月が経とうとしている。

 今年スタートしてから毎回楽しみに視聴していた大河ドラマだったが、六月に放送休止してから再開のめどが立っていない。出来が良かっただけに、果たして放送再開できるのかと不安になる。

 主人公は本能寺の変で有名な戦国武将・明智光秀(演 長谷川博己)。彼が美濃国に生まれ、故郷の動乱、流浪の年月、そして織田家の武将として活躍し、最後には日本史上もっとも有名な裏切り者となって死に至るまでを描く予定の作品だ。

 平和で優れた治世に現れ、乱世には姿を隠すという瑞獣、「麒麟」。日本中が戦に明け暮れる時代に生まれた若き光秀が、「麒麟が来る世を作る」という志を立て、戦国の世に立ち向かうというストーリーになっている。


王道にして新しい

 大河ドラマにおいて戦国時代といえばおなじみの時代の一つだ。まして史実においても時代の中心人物であった織田信長とその家臣たちといえば、これまで何度日曜日のテレビに登場したかわからない。

 三、四年に一回くらい本能寺で信長が焼死している気がする。

 劇中で発生する歴史イベントも、目新しいものではない。美濃国の斎藤親子の骨肉の争い、京都の争乱、織田家の家督争い、そして桶狭間の戦い。少しこの時代に興味がある人ならだれでも知っている。この大河ドラマはある意味、戦国ドラマの王道を一直線に走っている。

しかし、この作品は決してマンネリ化していない。その最たるものが放送中止直前に描かれた桶狭間の戦いだ。

 桶狭間の戦いはきわめて有名ではあるけれど、決して単純な戦いではなかった。なぜ信長はあのタイミングで今川本陣に攻め込んだのか、圧倒的に大軍であったはずの今川軍の状況はどうであったか、本当の兵力は?

 本作品の桶狭間の戦いは近年の研究を踏まえつつ、40分という短い時間の中で視聴者に状況の推移を的確に伝え、なおかつ説明調にならずドラマとしての臨場感を損なわなかった、素晴らしいものであったと思う。

 これだけの描写を作ってくれるスタッフの方々なら、この先主人公の光秀が主役を務める一連の戦いも十分なクオリティに仕上げてくれるのではないか。


キャラクターの魅力

 

 登場人物達もとてもよい。

 まずは主人公の光秀。長谷川さんの好演技もあって情熱と知性を高いレベルで持ち合わせているキャラクターになっている。情熱任せの猪突猛進ではなく、かといって知識任せの小賢しさに堕することもない。理想に向かって現実の荒波をひたむきに乗り越えようと奮闘する彼の姿は、思わず応援したくなるものだ。



 光秀にとっては最初の師匠にあたる斎藤道三。

 序盤の光秀をひたすらにこき使うわけだが同時に彼を導く役割でもある。自分が超えられなかった旧時代のその先へ。光秀は彼の死をもって、本当の意味で戦国の世に打って出ることになる。


 日本の梟雄として知られる松永久秀。しかし今作では近年の研究を踏まえてダークな雰囲気は鳴りを潜め、フランクで豪快、かつ抜け目ない漢として描かれる。


 最初期から存在感を放つ濃姫こと帰蝶。

 単に愛でられる姫君ではなく、外交の証としてでもなく、夫・信長との間に深い絆を結び、対等のパートナーとして織田家を切り盛りしていく。積極的に織田家の政治、斎藤家との外交関係に関与していく描写も見られ、今後の活躍にも目が離せない。


 もう一人の主人公・織田信長

 戦国の覇王というイメージから逆算した、いわば超越者的な雰囲気はほとんどない。有能ではあるのだが極めて純粋。光秀と同じく新しい時代、大きな国を築こうと邁進する一方で、彼にとっては父の、母の、帰蝶の信頼に応えられる自分でありたいという思いが大きな行動原理であるようだ。

 戦国大名という枠を超えた能力を持ちながら、併せ持つ幼子のような純粋さ。その矛盾は時として狂気となって吹き荒れる。同じ高みから世の中を見つめ、同じ夢を抱く光秀が袂を分かつとすれば、あるいはこの狂気が原因となるのかもしれない。

 果たして光秀はこの信長とどのような絆を紡いでいくのだろうか。そしてその絆は如何にして崩れ去るのだろうか。


麒麟を待つ

 今まで大河ドラマをいくつも鑑賞して来たけれど、今回の作品は実に見ごたえがあると思う。またこのドラマを見れば、戦国末期の動乱のメインストリームをすっきりと理解することができるはずだ。こういったドラマを見たことがない方にも自信をもっておすすめできる。

 残念ながら放送再開の目途は立っていないようだ。それでも体調に気を付けて、今やれることをやりながら、私も麒麟が来るのを待ちたいと思う。

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