見出し画像

#全恋 マガジン vol.2 印刷立ち合いに行ってきました。

こんにちは。
ひろのぶと株式会社で編集をしている、廣瀬翼と申します。稲田万里さんのデビュー作にして当社創業一冊目となる『全部を賭けない恋がはじまれば』の編集を担当しています。……と自己紹介しましたが、実は私自身、書籍の編集は #全恋 が初めて(これまではWebを中心にライティング・編集をしていました)。

つまり…… #全恋 は、3つの“初”が勢ぞろい!

そんな“初”づくめの私たちが、それでもこうして「あとは発売日を待つのみ……!」なところまでやってこられました。それは、いろんなプロフェッショナルに支えられているから。

その中でも、本を身体性のあるカタチにしていく工程をガッチリ支えてくださっているのが、今回印刷をお願いしている藤原印刷さんです。

その藤原印刷さんが、最初の打ち合わせのときに、こうおっしゃってくださいました。

「うちは印刷立ち合い・見学もできるので、著者さんとみなさんでいらっしゃいませんか? なかなかない機会ですし、せっかくつくるならそこも本づくりを感じてもらって」

……というわけで! 行ってきました!!
稲田さんと一緒に、一同長野県・松本市の藤原印刷本社へ!

左から、しゃちょう、けいり、ちょしゃ、へんしゅう

その印刷立ち合いの様子をお伝えします!

■「心刷」を理念に、創業約70年

藤原印刷・本社、到着! 大きい……!

この日は、快晴。標高が高くて空が近いのか、東京よりも紫外線が強く、そして空の色が濃く感じました。でも、空気はピンとしてとっても気持ちいい。ワクワクの上がる、印刷立ち合い日和です。

現地で迎えてくださったのは、藤原印刷さんのアイコン的存在・藤原兄弟のお二人。普段は東京支店にいらっしゃり、いつもお世話になっている藤原(弟)の章次さんも、 #全恋 の印刷立ち合いに合わせて松本に駆けつけてくださいました。

左:藤原章次さん(弟)/右:藤原隆充さん(兄)

藤原印刷の創業は1955年。お二人にとってのおばあさまが、タイプライター1台で創業されました。そこから、タイピングだけでなく印刷も行う「印刷会社」になったそう。そんな藤原印刷さんでは創業当初から「心刷」という理念が引き継がれています。「一文字一文字に心をこめ、一冊一冊を大切にして本をつくる」という想いなのだそうです。

さて、到着後、最初に通されたのは奥の待合室。

ここで、見学者情報と体温などを書類に記入します。その間に、印刷所では印刷オペレーターさんが #全恋 の印刷をはじめられるように準備くださっているとのこと。

この部屋でひときわ目を惹くのが、大きな本棚です。

幡野広志さんの『ラブレター』(ネコノス)や、前田高志さんの『NASU本』(前田デザイン室)もありました

飾られているのは、これまで藤原印刷さんが印刷を手掛けてきた本の数々。どれも美しい佇まい……!  #全恋 の装幀・佐藤亜沙美さんがデザインされた本もたくさんありました。

以前佐藤さんに師事していた稲田さん。気になる本の話、佐藤さんの事務所にいた頃の話と、藤原さんとのお話が盛り上がります。

そうこうしているうちに、印刷準備が整ったよう。印刷立ち合いへ向かいます!

■印刷の仕組み、すべてに求められる丁寧さ

#全恋 で印刷するのは「カバー」「表紙」「見返」「別丁扉」「本文」「帯」「スリップ」。今回は「カバー」の心刷に立ち合わせていただきます。

印刷所には、これまで見たことのない大きな機械たち。それぞれ、できることや担当、得意なことが違うそうです。一つひとつの機械、空間を説明しながら案内くださる藤原さん。そうして、カバーを印刷する機械にやってきました。

#全恋 スタンバイ

印刷の仕組みは、簡単に言えば「版画」です。

重ねる色の数だけ「刷版」を用意します。刷版は、表面にインクが付着するフィルムがついたやわらかくしなるアルミの板を、専用の機械で加工してつくります(「製版」といいます)。そこにインクを載せ、紙を重ねて転写することで印刷していく仕組み。刷版のインク付着部分の濃さ、インクの量やバランス、重ねるインクの種類で色を表現していきます。

インクは、一般的なカラー印刷だとCMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック(キー・プレート))の4色……ですが、今回はそこに蛍光ピンクを加えた5色刷り! この蛍光ピンクが、独特の鮮やかさと透明感、ドリーミーな雰囲気を醸し出してくれています。

印刷終了後に見せてもらった刷版。左から、シアン・マゼンタ・イエロー・蛍光ピンク(写ってませんが黒もあり)。濃い色から印刷していきます
印刷機の上。各色、このローラーから刷版にインクを載せていきます
藤原(弟)さん「手前から奥まで、常にインクが均一でないと、きれいに印刷できないんです」
オペレーターさんは絶えずインクのバランスを機械でチェックされます(奥、青いポロシャツの方がオペレーターさん)
機械裏側・紙の供給位置。ちゃんと一枚ずつ送れるように積まれているかが大切なのだそう

印刷と聞くとインクについてばかりイメージしてしまいますが、藤原さんによると技術者さんが最初に訓練するのは「紙のセット」なのだそう。

1枚でも折れたりズレたりすれば、印刷がズレてしまいます。それだけでなく、もし紙がグシャッと詰まってしまったら、この巨大な機械がおじゃんに、なんて可能性も……! だから、入社後はひたすら紙のセットを練習されるそうです。

一つひとつの工程すべてが神経を使う、細かな作業。心のこもった印刷は、経験と訓練で得られる職人技なのだと感じました。

■最終色チェック。微妙な違いを見極め、調整!

プリンティングディレクターさん(右手前、オレンジの服の方)と、最終色チェック

印刷の仕組みがわかったところで、本刷り前の最終色チェックです。

実は校正(色校)が一発でOKだった今回。調整の赤字もありませんでした。そのため、設定はすべて色校時と同じで、特に変えずにこのままスタートかと思われたのですが……。設定段階の試し刷りと色校のものを並べてみると、どちらも美しいのだけど、少しだけ違う気がしてきた私たち。

「刷りたてのほうが濡れ感があってツヤっと見えやすい」そう。ただ、それを考えても、少しだけ、ハートがあしらわれている部分のピンクの濃さが違うかも? と相談に。そこでプリンティングディレクターさんがパッとルーペを取り出しました。

2つの網点(印刷の細かなドット)をチェック
私たちも見させていただきました
しゃちょうもチェック

色みはインクだけで決まるのではなく、網点の形などでも変化するそう。それは印刷スピードだったり、その日の気候や紙の状態だったり、ちょっとしたことで微妙に変わることがあります。

ルーペでチェックした結果、色校の網点のほうが、ほんのわずかですが濃く見えやすい状態であることがわかりました。

そこで全体のマゼンタをほんの少し上げて刷ってみることに。またそれを並べて確認します。

「ピンクの部分は、色校のイメージになりましたね」
「でも一部を上げると、他部分も少しマゼンタが強くなるんですよ(印刷の向きの関係上)」
「確かに。こちらは、首元のあたりのピンクが強い気がする……」
などなど、見比べて議論。

さらに今回のカバー、刷り上がって終わりではありません。この後にマットPP加工(表面にフィルムを貼ってコーティングする加工のこと)、UV厚盛り印刷(唇などのツヤツヤ・ぷっくり加工のこと)を重ねます。その過程で少しずつ色の印象が変わっていくことまで想像して、地となる印刷の色を決めなければなりません。

もはや違いがわからなくなってくるほど、そして紙に穴が空くのではないかと思うほどに見比べること数分。「表のイラスト部分が大切だ、元に戻そう」と最初の設定に戻すことに決まりました。

著者、OKサイン!

「元の設定に戻した」と言っても、漫然とその設定でいいよねというのではなく、自分たちで確認して検討して決めたこと。その場に立ち会ってそれぞれの目で確かめられたことで、「これこそが、稲田万里デビュー作の、私たちの #全恋 だ!」と、一層の自信と愛着が湧きました。

しゃちょうもOKサイン
「お相撲さんの手形色紙」だそう

(注)この後、本番印刷でオペレーターさんはOKサインの入った一枚と見比べてクオリティをチェックします。これから印刷立ち合いをされる方はそれを念頭に、少し端に小さめにサインしたほうが、いい……かも?

ちなみに #全恋 カバーの印刷では、プリンティングディレクターさんが蛍光ピンクとのバランスを考えて全体のインクを調合しています。事前に佐藤亜沙美さんから伺っていたイメージや元のイラストなどから、どこに蛍光ピンクの印象をつけたいのかを検討。さらに蛍光ピンクを載せる部分はピンクみが強くなるので、マゼンタの濃さを下げるなど細かく調整されたそうです。

デザイナーさんのイメージにしっかり合った素敵な表現を実現してくれる。それは、営業担当者さんによる最初の聞き取りや現場との連携、そしてプリンティングディレクターさんの知見やオペレーターさんの技術があってこそ。すごいお仕事だなぁ、と思いました。

■いざ、印刷! 

ドキドキ

ここからはオペレーターさんのお仕事。本刷り、開始です!

機械が動きだし、用紙が送り出される様子を固唾を飲んで見つめいた稲田さんと私たちに、藤原(兄)さんが「ずっと見ていられますよねー!」とニコニコ。規則正しく紙が送られていく様子は心地よく、さらに一枚一枚をペタッペタッと持ち上げている小さな吸盤がとても愛らしいのです。

じーっとながめていたら「そろそろ刷り上がりが出てきてますよ」と声を掛けられ、表に移動して見ることに。

※ 写真は機械稼働前に撮ったイメージです
(稼働中はオペレーターさんが作業するので近づかない!)
機械右上の数字は、印刷スピード。今回は1時間に14,000枚印刷できる設定です

印刷の間中、オペレーターさんは数枚に一枚を抜き取って機械にかけ、インクのバランスや刷り上がりを確認したり、印刷機に上がってインクを追加して偏りを均したり。常に動き続けていました。

同じ設定・同じ印刷機・同じ回であっても、いろんな要因で刷り上がりにムラが生じる可能性があるそう。だから、常にさまざまチェックしてメンテナンスされているのです。とっても忙しい……はずなのに、その動き一つひとつに無駄がなく落ち着いていて、なんだか茶道のお手前を見ているような気分。

そうして、20分弱で初版分のカバーがすべて印刷完了! 
「こんなスピードで終わるのか」という驚きと、「こんなに緻密な積み重ねと細かな心くばりがあってできるのか」という感嘆で、思わず拍手。最後に、記念撮影をさせていただきました。

左から、藤原(弟)さん、廣瀬、稲田さん、加納さん、オペレーターさん、藤原(兄)さん

この日の帰り、稲田さんは「自分の名前が、本のカバーのデザインでたくさん印刷されているのを見ると、自分の名前じゃないみたいで不思議な気分」と、不思議そうに、だけど嬉しそうにおっしゃっていました。

■ 「心刷」は、印刷だけにあらず

小顔ポーズにちょっと照れる藤原兄弟の可愛さと、稲田さんのほっこり笑顔、みんな見て!

今回、藤原印刷さんを訪問して感じたのは、みなさんとても気持ちのいい方々であること。まず藤原兄弟のお二人が、数時間一緒にいただけで「ああ、いいなぁ、素敵だなぁ」と思う仲の良さ。タイプは違うのですが、お二人共通して「人とのつながり」をとても大切にされているんだなと感じました。本当に素敵なタッグです。

印刷終了後の場面でも、オペレーターさんに素敵な心くばりを感じる出来事がありました。

印刷所に漂うインクの香りが「いい香りだな、好きだな」と思った廣瀬。そこでふと「インクの香りって、色によって違うんですか?」と聞いてみました。「いや、どうかな、そんなに変わらないんじゃないかな……」と悩む藤原(弟)さん(たぶん、そんな質問をする人がこれまでいなかったのだと思います)。すると機械の片付け途中だったオペレーターさんがさっと奥から2つのインクを持ってきてくださったのです。

「この2つはわかりやすいと思います」と透明なインクと蛍光インクを持ってきてくださいました

香ってみると、蛍光インクは少しツンとした感じ、透明なインクは自然な感じの丸い印象でした。香りが違うと知れたことも楽しくて嬉しかったけれど、私はそれ以上に、些細な会話に気がついてさっと教えてくれるオペレーターさんの心遣いがものすごく嬉しかった。すごい印刷所さんだなと思いました。

数々のデザイナーに信頼される、美しく丁寧な印刷ができるのは、きっと、みなさんがそういった心遣いを普段から持ってらっしゃるから。「心刷」は印刷だけにあらず、その心にこそあるのだと感じます。

そんな印刷会社さんと、最初に出会えてよかった。そう思う、そして #全恋 への確信がより強まる印刷立ち合いでした。

ほかにも、紙の管理の大切さや藤原印刷さんの歴史など、いろいろ教えていただいた松本訪問。それも、またの機会にどこかでお伝えできるといいなぁ、と思います。

藤原印刷のみなさん、本当にありがとうございました!
そしてまだまだこれからも、よろしくお願いいたします!

▼藤原印刷Webサイト

▼待合室にあった本棚の裏話

* * *
『全部を賭けない恋がはじまれば』
2022年10月31日(月)発売

著者/稲田万里(いなだ・まり)
作家、占い師。福岡県出身。東京デザイナー学院卒業後、ブックデザイナー佐藤亜沙美氏に師事。その後、不動産会社、編集プロダクションなどに勤務し、スナックのママも経験する。占い師としての専門は霊視、易。本作が初の著書になる。
Twitter:@chikazukuze

発行者/田中泰延
発行所/ひろのぶと株式会社
発売/サンクチュアリ出版
本文DTP/有限会社エヴリ・シンク
校正/株式会社鷗来堂
印刷/藤原印刷株式会社 
表面加工/東洋FPP株式会社
製本/加藤製本株式会社
編集担当/廣瀬翼(ひろのぶと株式会社)

装画/らすく(Instagram:@hun5751
装幀/佐藤亜沙美(サトウサンカイ)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?