迷える手 Ep.1/ナチョスの短編
これは実在していたのか定かではない奇妙な整体師の男の話。
彼は小学生の頃、サッカー部に所属していた。
当時は無邪気にもプロサッカー選手になるという夢を持っていた。
しかし運動神経よりも周囲の目を見る方に長けていた彼は、すぐさまサッカー選手はおろかスタメンで活躍するという目標も自分には無理だと理解した。
動物というものは生存本能的に場所を探し求めるもので、彼は選手ではないところで自分の場所を見つけた。
部員専属のボディケアトレーナーとしての場所だ。
彼の運動神経はまるでだめだったが、唯一握力だけは化け物のようなものを持っていた。
それなのにサッカー部に入ってしまうところ、この男がどんな男なのか大体わかってもらえるだろう。
握力は単に強いだけでなく、相手の言う通りに加減を調節できた。
1人の部員のマッサージをしたことをきっかけに彼は自身の才能に気がついた。
彼のマッサージの効果は部員から部員へと広まり、監督までもが「怪我をしたら彼のところに行け」と言うくらい一目置かれていた。
中学生の頃には"ゴッドハンド"の異名が付けられた。
ゴッドハンドぶりから、他の部活の部員からも休み時間に訪ねられるようになっていった。
ちょうど彼もサッカー部員だけでは飽き足りていなかった。
彼は自分に自信を持ち、存在意義を確立させた。
噂は学校内に留まらなかった。
「今度試合する〇〇中にゴッドハンドがいるらしいぞ。」
そんな噂を聞いた別の学校のサッカー部員たちは恐れ慄いた。
実際に試合になると相手はひょろひょろのキーパー。
拍子抜けし、試合が終わった後にそれがマネージャーのような男に付けられた男の異名だと知ってまた拍子抜けするのが決まりだった。
一番可哀想なのはキーパーだった。
男はマネージャーと言われるのを極端に嫌った。
高校ではどの部活にも属さず、朝から放課後まで教室、部活、職員室を飛び回った。
しかし何事にも限度というものがあり、過度な自信や自己意識は無意識の中で己を蝕むものになる。
高校を卒業する頃には狂った考えに取り憑かれ、妄想を抱くようになった。
怪我を負っていたり身体が悪い人は自分に診てもらうために存在している、と。
大学ではそれまで比較的外交的だった性格も内向的になってしまった。
身体が歪んでいる人を探す目線。
空を押す両手の手つき。
周囲からは怪奇の目で見られ、彼は徐々にその衝動を抑えることができなくなっていった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?