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エルニドの海に。


先週、エルニドに旅行に行った。

エルニドは、”神が創造した最後の秘境”と呼ばれるフィリピンのパラワン島にある村。呼び名の通り、地球の神秘が詰まった景観が広がっている。海と大地、そして空。自然が織りなす色に吸い込まれそうになる。

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首都マニラが東京だとすると、エルニドはまさに沖縄。警察ぐるみでボッタクってくるマニラと違い、エルニドには穏やかで優しい人が多かった。環境への配慮も素晴らしく、ペットボトルが少なかったり、紙のストローを徹底したりと、自然と共存する意識が高く、無駄が無くて素敵だった。

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今回は、いわゆるリゾートも経験しつつ、現地の日常が感じられる土地にも足を運んだのだが、そこには光と影、明暗がハッキリと存在していた。バカンスを楽しむ観光客と、彼ら目当てに防水バックや帽子、アクセサリーを抱えて練り歩く販売員。ゴージャスな娯楽が整ったリゾート地と、匂いや砂煙が立ち込めるバイクが犇めき合う土の道。

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日本のように隠さない(隠せない)だけに、スッキリと潔い。なんというか全てがピュア。どちらも良くて、どちらもエルニド。そういった意味でも個人的に、とても気に入った場所となった。



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話は少し逸れて。

エルニドの海で、私のスマホは水没した。
全てを叶えてくれる夢の箱は、いとも容易く金属の塊へ変貌。肉が焼けるぐらい熱くなった時は流石に焦ったけれど、その後は不思議と冷静だった。スマホの水没より、今見られる、今感じられるものに集中したかった。壮大な自然の前でスマホはとても小さく見えた。

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とはいえ対処した方が良いので、現地で米を買って、スマホの水分を吸収してみたの図。 ※ 海水の場合、乾燥させる前に真水で洗った方が良いらしい。ミスった。

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「もっているものが多い」

色んな意味で、最近よく言われる言葉。確かに物理的にも心理的にも、程よく満たされている自覚はある。上を見ればキリがないけれど、毎日楽しいのは変わりない。

楽しい日々は、受け身では保証されない。自ら動き、踏み込んで、広げていく。その繰り返しで、今の自分が成立している。

自信と言うと聞こえは良いが、その根底には傲慢な気持ちが間違いなく存在している。「自信」と「傲慢」は表裏一体。時に、力強く道を切り開くこともあれば、ただただ迷惑なこともある厄介な感情。

今、素直に尊敬できる人は皆、与える側にいる。そして、与えることから生まれる循環が物事を大きくしている。

エルニドで見たシンプルな生活も、スマホ水没によるデータ破損も、何か意味がある気がする。

先日のnoteにも書いた通り、手放すことで進むことがある。そろそろ抱え込んでいるものを解放して、身軽になろう。

とりあえず、断捨離か。断捨離イベントでもしようかな。
断捨離したい人いたら連絡ください〜

"楽しい"をつくっていきます。