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『玉依姫』感想

『玉依姫』阿部智里 文藝春秋社

『玉依姫』阿部智里/文藝春秋社(表紙画像は版元ドットコム様より)

八咫烏シリーズの第5弾。
いきなりこれまでとは全くちがう世界が開いてびっくりしました。これまでは八咫烏たちが住まう山内を舞台としていましたが、今回は私たちがとても見知った世界。1990年代前半の日本。
いったい何が起こったんだ?と思いましたが、しばらく進んでいくうちに、本作の主人公の志帆の住むこの現代日本(といっても20世紀ですが)であり、ここが八咫烏たちの言うところの外界であることがわかってきます。
ですが、これまたもどかしい。志帆は人間界以外を知らないので、烏、猿、山神、天狗、すべてが彼女にとっては異界のものであり異形のもの。それまで存在すら知らなかったものたちに囲まれた世界で何もかもが信じられない、というのはしかたがない。
しかたがないとは思えど、これまで八咫烏たちを見てきた私にとってはそこはもう少し信じてやって、とか、そんな悪いこと考えてないし、とか思ってしまってもどかしてくしかたがないのです。
加えて、志帆は人を疑うことを知りません。
そのために、祖母が止めるのも聞かずに神域の近くに住まう伯父(とはいえ、まだ会うのは2回目で、人となりも何も知らない人)のところへやってきて、ろくに話をする前に意識を失わされ、山神様への御供として神域へやられてしまうのです。

志帆がそこで出会ったのが、山神、猿、烏たち。とはいえ、山神は化け物みたい。猿は同じく異形であるはずの烏について山神に讒言ばかりをし、烏は山神に服従するのみ。そうして誰一人として、志帆のことを一人の意思ある人間として見てはくれない。
描写を見る限り、山神はたぶん古事記に出てくる蛭子みたいな見かけなんでしょう。最近読んだ本で言えば、犬王の最初の頃とか。
ついさっきまで優しかったはずの伯父たちに騙されて櫃に閉じ込められた上に祠に放置され、それから神域に攫われたと思ったら何の説明もなく化け物のような山神を育てろと言われ、逃げたら殺す、と口には出さないまでもそうとわかるように恫喝される。
そりゃあ心も閉ざすし、どうにかして逃れられないかと画策しますよね。

そういうふうになるのはわかるのですが。
正直志帆にはイラッとしました。
そもそも伯父のところに行く、祠へ連れて行かれる前の過程で、いや、待てよ、ちょっとは疑えよ、と思ってしまうし、とにかく人を信じるというのが度を過ぎている気がしたんですよね。
人を信じすぎるというのなら、なぜ一緒に暮らした祖母の言葉が信じられず、初めて会った伯父の言葉は信じられたのかとか。ずっと一緒に暮らした祖母がなぜそこまで伯父のところに行くなと言うのか、立ち止まって考えたのかとか。
そのくせ、神域へ連れて行かれてからは何も信じられない。
確かに、猿も山神も烏も志帆に親切とは言いがたいですが、針が極端に振れるみたいに、少し前までは何もか信じていたのに、今は何にも信じられなくなっている。
さっきまで何言われても良いようにしか考えていなかったのが、なんでこんなに悪い面しか見ないし悪い方向にしか考えられないの?と。
もちろん、人間と異形の違いもあるのでしょうが。
何も知らずにこれを第一巻として読んでいれば、きっとこのあたりは志帆に感情移入したのでしょうが、これまでのいろいろを知っていると、真逆の反応になってしまう。

そうしてイラッとするのはそれだけではなく、烏について讒言し続ける猿にもイラッとするし、猿の言うことばかり聞いて烏の言うことも志帆の言うこともろくに聞かずにかんしゃくを起こしてばかりいる山神にもイラッとするし、気持ちはわからなくもないけど志帆を押さえつけるようなことばかり言う志帆の祖母にもイラッとするし、人間の心を持ってるのか?と言いたくもなる志帆の伯父たちにもイラッとするし、もっときちんと説明しなさいよ、と若宮殿下にもイラッとするし、最初の方はイラッとしっぱなしでした。

変わってきたのは、一度逃げ出した志帆が戻ってきたくらいでしょうか。
ここでももちろん、イラッとするポイントは山ほどあるのですが、志帆が戻ってきてからは少しマシになったと思う。
山神が怒鳴ったりかんしゃくを起こしてばかりではなくなったから、それだけでも全然違うんですよ。
だがしかし、志帆が逃げたことで激怒した山神は容赦なかった。
誰が、とはここでは一度も出てきませんが、烏の中に死傷者が出たのが正直とてもつらかった。
誰が、と言われないのが余計につらかった。
前半はほとんど志帆の視点ばかりで進むので、八咫烏の誰に何が起きたかがまるでわからないので。
そして、いつも前を向いて傲岸不遜だった若宮殿下が、なぜ猿と山神にこうまで何も言わずにただ従っているのかがわからなくて。

後半、若宮殿下の視点だったり、山神自身の視点だったりすることは少しばかりありますが、このお話のほとんどは人間であり、若宮たちのことはそれまでまるで知らなかった志帆の視点です。なので割と最後の方まで、今までとは違う話を読んでいるような感じでした。
あえてそうしているのでしょうが、そのために作品世界に入り込むのにちょっと時間がかかってしまいました。

この本は読んでいる最中に情緒をずいぶんと揺さぶられました。
お話自体にも情緒をゆさぶられましたが、それとは別に、この作品世界にも揺さぶられましたね。
私はずっと、この世界は平安期くらいの貴族をモデルに描いているお話だと思っていたんですが、まさか現代日本とつながっているとは。
単に人間界とつながっていると言うだけでなく、それが現代日本というのが驚きでした。
私は八咫烏シリーズはハイファンタジーだと思ってたんですよね。たとえば指輪物語のように、この物語の<世界>というものがあるんだと思ってた。
まるっきりこことは違う八咫烏が平和に住まう地がどこかにあったんだなあと思ってたのに、私たちが住んでいる世界とつながっていて結界で遮られたどこかが、今もこの向こうのどこかにあるってことなんですよね。
そのことにびっくりしました。

そんなふうに情緒が揺さぶられたこのお話ですが、読み終わったときに最初に口から出た感想が「神様って本っ当に訳わからん……」でした。
この先あの二人はどうするんだろうな。どうなるんだろうなぁ。

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