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映画「バーニング劇場版」感想 ネタバレあり編

 前回の感想にも書きましたが、この映画の原作の村上春樹の「納屋を焼く」は奇妙な短編小説です。
 語り手の男性は作家で結婚してますが、若いガールフレンドがいます。パントマイムをしていて、基本まともに働いてなくて、いろいろな男性とお付き合いしながら生活している、奔放だけどどこか憎めない女の子です。そこにアフリカ旅行中に知り合ったという男性が現れます。若いながらスポーツカーを乗り回し、音楽のセンスもよい、でもどこか謎めいた青年です。女の子と青年が主人公の家に訪れて、ちょっとした宴会をして落ち着いた時、青年は主人公に「納屋を燃やす」趣味を語ります。「僕に燃やされるのを待ってる納屋がある。今日は下見に来た。いい納屋を見つけた。近い間に燃やす。」と言うのです。犯罪だけど絶対バレないと。それで主人公は地図を確認し、近所のそれらしい納屋を監視するようになります。しかしなかなか燃やされた納屋を確認できません。さらに女の子とも連絡が取れなくなります。しばらく後に青年に出会い納屋の件を問うと、納屋はもう燃やした、見落としてますね、と答えます。また女の子とは連絡が取れなくなっていることが判明します。主人公は戸惑いつつ彼女と燃やされた納屋を探す。そんな物語です。

 なんともミステリアスなストーリーですが、奇妙なことにこの小説では中では何も解決しません。女の子は失踪したといえるのか微妙な描き方をしています。もやもやした読後感が残るだけ、でもそれがまた味になってる不思議なストーリーなんですね。僕がこれを面白いと思ったのは、納屋を焼くのが趣味という青年の不気味さや、その彼に翻弄される主人公の狼狽の「感覚」を読者の心に刻むことそのものあるからです。もちろん名探偵が出てきて納屋を焼く男の陰の部分が暴かれ、女の子の失踪の謎が解け再会が叶いめでたしめでたし、というストーリーもありでしょう。でもそれでは「事件」の解決であって、根源的なものが解決するわけではありません。実際、世の中には悪は絶えず、また一人の力では手に負えないただ狼狽するだけことも多いのです。

 一方「バーニング劇場版」は、何らかの事件に巻き込まれて女の子が失踪し、それに青年が関わっていていることが示され、主人公は戸惑いつつも非情の決断をして、次の犠牲者が出るのをくい止める、というストーリーを原作に加えた作品です。原作の持つ謎が放置されたモヤモヤした読後感はなく、その意味では村上テイストは薄まった感はあります。でも興味深いところがありました。

 まずおもしろいと思った点は、原作との設定の違いです。映画では主人公はアルバイトをしながら小説書こうとしている若者になっています。また女の子は整形して別人のように美人になった、主人公の幼馴染という設定。しかも主人公は彼女のことをあまり覚えていない感じなんですけど、彼女の方は昔から彼に惹かれてたらしい、という点が面白いと思いました。
 さらに主人公と彼の父親との関係も興味深いです。彼の実家は北朝鮮国境ちかくの農村で、父親は何か問題があって暴力事件を起こし裁判中という設定でした。ちょっと気になってこの映画の中に登場する米国作家フォークナーの短編集を開いたら、「納屋は燃える」という短編小説があって似たような暴力的な父親が登場するんですね。村上春樹原作だけど、フォークナーの影響も色濃く感じられる重厚複雑なテイストがよいと思いました。

 ただ物足りないところもあります。それは主人公とお金持ち青年との関係性です。映画では納屋はビニールハウスになってますが、なぜ彼は「ビニールハウスを焼く」趣味を主人公を告白したのでしょう。この映画ではそのあたりは曖昧です。スティーブン・ユアン演じる青年から感じるのは、ある種の退屈、倦怠です。犯罪行為をするような凄みを感じません。もちろんそれが不思議な不気味さを醸してるとも言えるのですが、あの映像だけではこの青年は主人公のことを軽く見ていたようにしか見えず、完全犯罪する人にしては脇があまいように感じました。むしろ一歩進んで青年は自分を止めて欲しくて主人公に告白した、燃やされたいのは青年の方だった、というほうが凄みがプラスされたのでは、などといろいろ考えてしまいます。
 あと細かいことだけれど、青年の車はオープンカーにした方が「らしい」感じがするんだけどどうでしょう。

 でも映像は綺麗で、音楽も雰囲気にマッチしていて、テンポが緩い展開ながら最後まで引きつけられました。村上春樹、フォークナーなどいろいろな深読みができるのも楽しいですね。


読んでいただきありがとうございます。ここでは超短編小説、エッセイ、読書感想などいろいろ書いていく予定です。よろしくお願いします。