小野ひろき

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最近の記事

融資が決まると・・・

銀行で融資の申し込みを済ませ、改装にかかる工事費が振り込まれることが決まると、業者さんも急ピッチで作業を進めてくれました。 そうなると、私たちで作業しなければならない部分はなお急ピッチで進めていかなくてはならず、2022年の6月頃はより時間があっという間に過ぎていきました。 着々と店内が仕上がっていくのを見て、期待で胸が熱くもなってきました。なによりも、私の声掛けにこたえて遠方から手伝いに来てくれる友達の数も増え、中には毎週来てくれる友人もいたくらいで、友人の力にはとても支

    • 融資の相談

      住むところも決まり、引越作業をしつつ掃除と片づけ、開業準備を並行してs進めてあることに気づいたのです。 開業することを考えなかった私は、なべら~めんの鍋やラーメン丼などの食器類はすべて捨ててしまったのです。 ですから資金的にないので、どうやってお金を工面したらよいかとも思いました。そのタイミングで大家さんより『ダメ元で銀行に行こう』とおっしゃってくれたこともあり、大家さんと銀行へ行くことにしたのでした。 コロナ過で滝川に最近引っ越したばかりの自分に、貸してくれるはずはない。

      • 滝川に通いながら・・・。

        『とにかく早く片付けないと・・・』そんな思いにさせられてしまった自分。掃除用具や洗剤も大量に必要だったため、インターネットを使い購入したものの発送先を自宅にしたくても不在なので、ちゃ~しゅう工房宛てで発送手配したのですが、どうもそのことから、再開するものと思われたのか、窓越しに作業してる姿からなのか、知らない間に噂は「再開する」となっていたようで・・・。 時々お客様から『いつ開店ですか』と聞かれたときは『閉店したんです・・・』と伝えながら片づけしていたのですが、ある日のコン

        • オホーツクを離れるとき。

          先代の電話から、ある人を紹介したいということで会いに行ったのは、先代が滝川店を再オープンさせて1年半くらいすぎた頃でしょうか。 そのときはコロナ過の最中。先代と会いに行った人は飲食店経営者で、店長不在になったのとコロナ過で経営状況が悪く立て直してほしいというのです。 私は、今の仕事を続けることも将来的に不安を感じていたこともあり、家族に話をすると、いいチャンスではないかというではありませんか。そんな家族の応援もあり、思い切ってその会社に転職をするため、オホーツクを離れる決断

        融資が決まると・・・

          久しぶりの先代との再会、そして・・・。

          先代は千歳総本店のあと、家庭の事情などもあり、伊達紋別⇒札幌⇒余市と店と住まいを移っておりました。 私が先代に会いに行ったのは夏のある日、余市に店を移して数日のことでした。 その時、ちゃーしゅう工房滝川店はフランチャイズとして別オーナーの元で営業していたようですが、閉店して数か月たった頃でしょうか。 私は久しぶりの先代の再会を楽しみに行ってみると、あまりの変貌ぶりに驚きました。結構体格の良かった先代のイメージはかなり痩せてしまい、電話で聞いていた声のイメージの明るさからは想像

          久しぶりの先代との再会、そして・・・。

          実家に帰って・・・。

          実家のあるオホーツク地方に帰ってきても、そこは生まれた場所とは違うし、知り合いは近くの親戚くらい。 誰も知らない街にぽつんと一人。 家から少し歩けば見えるオホーツク海が私の心のオアシスになりました。 オホーツクブルー。初めてオホーツクの海を見た時の感動は、今も忘れられません。 日本語の通じるヨーロッパの田園風景、まるでハイジとペーターがいるような景色も近くにあり、友達がいない寂しさも忘れさせてくれました。 そんな中である日仕事をしていると、お客様に「ちゃーしゅう工房の人で

          実家に帰って・・・。

          手伝いのはずなのに、これって修業??

          私が社会人になり、愛知と札幌を行き来しながらの会社員生活にピリオドを打って北海道で仕事をすることを考えはじめた頃、先代は今の炙り系チャーシューの先駆けとも言える、チャーシューを提供前に焼いて提供するスタイルを確立し、「たぬき亭」から「ちゃーしゅう工房」と店名を変え、岩見沢から千歳に移り、「総本店」と看板を掲げて多店舗展開をしていました。 私が千歳空港(この頃は新千歳空港を建設中)に降り、タクシーでちゃーしゅう工房総本店に行ったとき、偶然先代が店内にいたのでした。 先代との

          手伝いのはずなのに、これって修業??

          僕は客のはずなのに・・・

          小学時代に知ってしまった、たぬき亭の味から通い続けて、中学生高学年か高校時代の話。 先代に『おい! ちょっと中に来てくれないか?』店に入るなり、いきなり言われて、何もわからないまま厨房に入ったのでした。 先代『これ洗ってここにおいてくれ』といきなり食器洗いをさせられてしまったのでした。 これが先代が私を「弟子」と言い始めるきっかけになった最初の出来事です。 私は心の中で「おなかすいてここに来たのに、なんで食器洗いが先??」なんて思いながらも先代の怖い顔とガラガラ声から何も

          僕は客のはずなのに・・・

          はじめまして。ちゃ~しゅう工房2ndの小野ひろきです。

          このたび、noteに『ちゃ~しゅう工房2nd』開業に至った経緯から、開店してからの様々なストーリーを書いていこうと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。 開店の経緯を書いていく前に自分と先代 故山田康雄との最初の出会いを書いてみます。 私は1974年北海道岩見沢市で生まれました。私が思い心ついた小学時代、その頃の岩見沢は今思えばラーメン激戦区だった気がします。いまはナカノタナ市場のある場所に金市館というデパートがあり、その周りに『らい久、味軒』、そして先代が始めた『

          はじめまして。ちゃ~しゅう工房2ndの小野ひろきです。