手伝いのはずなのに、これって修業??

私が社会人になり、愛知と札幌を行き来しながらの会社員生活にピリオドを打って北海道で仕事をすることを考えはじめた頃、先代は今の炙り系チャーシューの先駆けとも言える、チャーシューを提供前に焼いて提供するスタイルを確立し、「たぬき亭」から「ちゃーしゅう工房」と店名を変え、岩見沢から千歳に移り、「総本店」と看板を掲げて多店舗展開をしていました。

私が千歳空港(この頃は新千歳空港を建設中)に降り、タクシーでちゃーしゅう工房総本店に行ったとき、偶然先代が店内にいたのでした。

先代との久しぶりの再会に話は盛り上がり(先代は話すのが大好きで話し出したら止まらない。)らーめんの麺が煮込みうどんのように替わっていく姿を見ながら食べていました。
先代の話が止まってきた頃に私が北海道に帰ってきて転職しようと考えていることを話すと、先代は「じゃあ~ここを少し手伝っていろ」と言うんです。
私は「手伝ってほしいと言うなら少し千歳に住んで手伝うかな?」と軽い気持ちで話を聞いていたのです。

それからしばらく経ち、北海道に戻って実家のあるオホーツク地方に戻ろうとしていた頃、ふと先代のことを思い出し千歳で少しだけ手伝うつもりでマンスリーマンションを借りて引越をしました。
そしてちょっと驚かすつもりで先代の元へいくと
先代『少し手伝ってと言った??』
私は『先代がそういうから部屋借りてこっちに来たのに…』
先代『仕方ない。ならば仕方ないから手伝え』といった感じに言われて手伝い始めたのでした。

以前は事務系の仕事だったこともあり、飲食の仕事が慣れなくて最初の頃は、お客様の目の前でものすごく怒鳴ったりするので、お客様が食欲をなくして帰ったこともありました。
でも、そのひと月後になると先代は私に秘伝のたれの仕込みを教えてくださったり、フランチャイズ新店舗開発やフランチャイズ店の従業員への指導やアドバイスなど様々な業務を任せてくれることになったのです。

改めて今となってみればその過去があるからこそ、後に他の飲食店チェーンでの統括責任者として勤務した際に低コストでの店舗開発やメニュー開発ができたのだと思います。
短い期間の手伝いでしたが、短期集中で私を一人前のオーナーへと仕上げようとしたこともわかり、それゆえの私への怒りも後になれば感謝へと変わったのでした。

私が手伝いをやめて実家に帰ることを先代に言うときが来たのですが、そのとき私に内緒でちゃーしゅう工房新店舗を札幌に用意していると言われて(辞めさせないための口実と思うのですが)、急に店を閉めて一緒に札幌へ行くというので行ってみると、西岡に新店舗は着々と改装中で口が開いたままになってしまったのです。

このまま辞めずに西岡店のオーナーになるか、病気の親の面倒をみるため実家に帰るか・・・。

その選択をされたら一瞬悩みましたが、病気の両親のために実家へ帰ることを決めていたので千歳を離れたのでした。

それからしばらく経ち、久しぶりに千歳で食事をした数日後、千歳総本店は火災になり、先代は数週間入院したということを知ることになりました。
旧Twitterには「先代のたばこの不始末で火災?」と書かれてしまいましたが、実際にはコンロ付近からの火災で水をかけたところ、隣のフライヤー(揚げ物をする機械)に水が掛かり更に大きい火災になった模様でした。
このようなことから、千歳総本店は閉店し他の店舗で再出発をする先代でした。

このようなことからちゃ~しゅう工房2nd開店にあたり、店内での喫煙はもちろん、店の外に灰皿を用意することも最初は考えましたが、全面禁煙を決めたのでした。


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