組織人材循環論
組織の均質性を無くし、一定の割合の外部人材を組織に取り込むことが、新しいカルチャーや組織能力の強化を生み出すために有効ではないかということを以前のポストで記載した。
これをもう一歩進めると、常に一定割合の人材が外部から循環している仕組みを作れた組織が、常に進化を続けることができ、事業をアップデートできる組織なのではないかと考える。
外部の環境変化に対応して組織はビジネスのあり方を変えなければならない。更にはビジネスの競争優位を生み出すような能力を持ち続けなければならない。
競争優位を実現できるかは、組織がその能力を持っているかで決まる。組織の能力の源泉の1つは、その組織に所属する人材のスキルである。例えばデジタル化を通じて競合を出し抜こうと思うなら、それを実現できる人材が内部にいた方が、その実現可能性は高い。
外注で外部事業者に委託する場合、その能力に依存しなければならないだけでなく、組織のカルチャーを理解していない外部事業者はコミュニケーションコストが高く、能力を発揮するスピードや質が落ちる。
このため、常に競争優位を生み出すような能力を持っている人を継続的に採用できる組織だけが、環境変化に対応しながら組織をアップデートさせ、事業を進化させていくことができる。
組織維持の目的化が硬直性を産む
スタートアップなど事業を立ち上げたばかりのフェーズでは、組織の能力を高めるために採用を通じて様々なスキルを持った人材を取り込もうというインセンティブが働く。
一方で事業が一定の形で安定してくると、新たな人材を開拓するよりもいかに効率的に汎用的な人材を採用するのかが優先され、様々な役割に転向できる総合職という、組織にとって都合の良い人材採用が進む。
しかし、実際には当然特定のスキルに秀でた人にその人が得意な分野の業務を行ってもらった方がパフォーマンスは高くなる。
それを犠牲にしながら組織の人材プールの安定性を確保しようとする試みが総合職制度であり、年功序列制度であると言える。人を管理しやすくすることを優先して、特定の能力が優れた人を活かす形になっていない。
組織の安定性を優先することで競争優位を生み出す人材を犠牲にするということが日本の大組織の多くで起きている。組織とは、目標をより効率的・効果的に実現するためのものであるにも関わらず、組織の維持が自己目的化した構造になっているのではないか。
多国籍企業の雇用形態や、最近言われているジョブ型採用はスキルベースで人材を採用し、適材適所で人材を採用することを進めている。これにより外部から自分達の組織に足りない能力を持った人材を採用してくるのである。
内部の人材に新しいスキルを身につけさせるという方法もあるが、大きく3つの課題がある。
1つはそもそも新しい領域についてはどのようにスキルアップを進めるべきかのノウハウを持つ者が内部にいないため、どのようにそのスキルを育成すべきか判断できない。仮にリスキリングを図るとしても、その分野のエキスパートを採用してトレーニングを設計した方が効果的になる。
2つ目は内部の人材を教育することにはそれなりの投資と時間が必要になる。スピード感を持って組織能力の強化を実施することが難しい。即効性がなく、キャッチアップのスピードが遅くなってしまう。
3つ目はそもそも内部の人材がそのスキルアップに対してネガティブであったり、その適性を持っていない場合には能力の向上が見込めない場合がある。既存の人材が自分の専門分野でより時間を割いた方が高いパフォーマンスを出せるのにそれを妨げることになる可能性を排除しなければならない。
当然組織内部に意思を持ち、そのスキルを強化しようという熱量の高い集団がいる場合にはこれを後押しすべきだが、既にスキルを持った外部の人材を組織内にフィットさせていく方が効率的なケースが多いと思われる。
パフォーマンスを飛躍させるための組織カルチャー
組織がパフォーマンスを高めるためには、人材のスキルの高さと合わせて、いかにその人たちが連携し、より大きなインパクトを発揮するかという部分が重要になる。組織内の人材がより緊密に連携すればするほど、乗数的にパフォーマンスは向上する。これを支えるのが企業のミッション、ビジョン、バリュー(MVV)やカルチャーになると考えられる。
組織に参画するメンバーが何を実現したいのかという価値を共有することで、判断基準が明確になり、より自立的に動けるようになるとともに、共通の理解の土台をもとに異なるスキルを持った人同士が連携しやすくなる。その結果としてパフォーマンスが大きく向上する。
日本企業の終身雇用制は、雇用を保証することでカルチャーを従業員に浸透させるための仕組みであったのが、いつのまにか形骸化して、その意義が忘れさられているというのが多くの組織で起きている現状ではないか。
終身雇用制を用いずとも、その組織のMVVを言語化し、浸透させるための施策さえあれば良いのに、終身雇用制が手放せず、組織維持の硬直性のみが残存した形となっている。当初の目的を見失った組織の仕組みだけが温存されている。
人材の離職は組織の前進に必要なメカニズムである
組織にとっては必要なスキルを持った人材が重要な競争力の源泉である一方、採用される人材にとっては、組織は自分のやりたいことを実現するための”場”である。
組織の達成しようとするビジョンと働く人材のビジョンが一致する時、その人は意義を見出し、高い能力を発揮することができる。
一方で組織が達成しようとするミッションは必ずしも同じ方法で達成し続けることはできない。なぜなら競争環境は変わるし、より良い達成の仕方を追求しなければ、存続が難しいからだ。組織の変化に合わせて、個人も同じ方向に変化していかなければ、そこにズレが生じていくのは当然のことである。
組織が成長する中で、ビジョンも変わっていく。その中で組織を離れていく人が出てくるのは、当たり前のことである。
離職を否定することが、組織の変化を妨げるとともに、内部の人材が働きやすい環境を実現することを停滞させ、働く意欲を失わせる状況を生み出している。
人材の循環をコントロールすることで組織のパフォーマンスを最大化する
外部環境の変化が激しい場合には、そもそも組織内部の人材が入れ替わっていくことを前提としている組織の方がより柔軟に外部の人材を取り入れることができる。また、外部から入った人材から新しい考え方を取り入れることは、組織のカルチャーを時代に合わせて変化させることにもつながる。
組織変革を進める手法をチェンジ・マネジメントと呼ぶが、組織内の人材の意識変革をいっぺんに行うことは非常に困難である。このため、常に人材が入れ替わる状況を作り出すことで、組織内部の変化のハードルを下げるとともに、新しい外部人材の取り込みや、カルチャーのアップデートを違和感なく行える環境を実現することが有効である。
例えばリクルートは8%という離職率を1つのベンチマークとして離職者が一定程度生じることを前提に組織経営を行うことで、組織からの人材の”卒業”と新しい人材の”取り込み”を両立している。
多国籍企業をはじめとする海外の大組織も基本的には人材が循環することを前提としてデザインされている。一方でその企業のMVVやカルチャーを強力に組織内部の人材に浸透させることによって、組織としての一貫性を維持している。
多国籍企業であるがゆえに、国籍、スキル、性別等、様々な面でバックグラウンドの異なる人材が連携して働くことを前提としており、それが実際には組織能力強化の源泉となっている。MVVやカルチャーのような組織OSを持つことで異なるバックグラウンドの人材でも、ともに効率的に働ける環境を実現している。
組織の人材が循環する仕組みを作りだし、常に時代に適合した組織能力を獲得するためには、外部から入った人たちが働きやすい環境と、その会社が何を大事にしているかを示すMVVやカルチャーの充実が必要条件になっている。
経営者の役割はこうした組織デザインを考え、実行することだ。外部から入ってきた人材が組織にフィットしやすい環境を整備し、変化に合わせて見直すとともに、その浸透を徹底することで、人材循環を促していくことである。
前述のリクルートでは、かつては社員の独立を後押しする退職金制度があった。3年ごとのタイミングで退職金が割増で支給される制度だ。こうした制度を通じて組織内の人材が外部に出ることのインセンティブを高めることも一つの人材循環をコントロールする仕組みである。
組織の人材循環をデザインする
「人材の流動性」という言葉は「ジョブ型雇用」と合わせて、採用を中心にその必要性がこれまでも多く語られてきた。一方で離職の取扱いについては、労働団体との関係などからどちらかといえばタブー視されてきたように思われる。
また、「リボルビングドア」という言葉も一度その組織を離職した人がまたその組織に入ってくるという、採用の方が念頭に置かれており、離職に関する観点が弱い。
一方で組織人材循環論では、採用と離職の両方を戦略的に設計することによって、組織の能力強化やカルチャーの変容を定常的にもたらすことが、本質であると考える。
新しい能力を持った人材を採用しても、その人たちが組織に新しい価値をもたらさなければ意味がない。また、組織にフィットしなくなった人たちが自ら離職を判断しやすくならなければ、組織内の摩擦が高まるだけで、本質的な変化が起きにくい。
カルチャーや働き方がフィットしない会社に残り続けることはその人たちにとっても不幸なことが多く、人材の流動性が高まるにはそういった人が自発的に離職し、新しい職場を見つけやすい環境が用意されていることが重要である。
人材の循環を実現するには、各組織がビジョンやカルチャーを明らかにすることで、外部の人材が参画することを判断しやすくするとともに、組織内部の人たちが組織に留まることの意義を考えられるようにする必要がある。
加えて、そのような動機づけを採用希望者、離職希望者双方に対して後押しするインセンティブ設計することが重要となる。
報酬体系や労働環境などはこれをコントロールする変数となりうるだろう。
また、リクルートのように離職率、採用率をKPIとしてウォッチすることで、人材循環率を見ていくことが組織の変化を評価する上でも重要ではないか。
合わせて、組織内の人材スキルの可視化を通じて、どういった人材ポートフォリオを組織が保有するのかを把握することも事業の目指す姿に対して十分なのかを評価する上で重要になる。
人材循環の行政組織への含意
ここまであえて「企業」という言葉を使わず、「組織」という言葉を使ってきたのは営利、非営利に関わらず、この人材循環の視点が組織の変革において重要だと考えるからだ。
中央官庁の人材循環を評価すると、特に組織の経営を支える総合職の若手、中堅の人材の退職が進む一方で、中途人材の採用は上手く実現できていないのが現状であると考える。
中途で入る人材が自分のスキルを活かせるような環境が整備されているかと言えば、この点についても十分検討がなされていないのではないかと思う。
既存の霞ヶ関のカルチャーをそのまま新しく入ってきた人材に適用すればその人の能力が活かされない可能性が高い。
また、キャリアパスとしてもその人の持つスキルを活かすポジションを作り、それに注力できる環境を提供しなければ、組織の能力を強化できないだけでなく、結局は定着せず、意図しない離職を生み出す。
これまで中央官庁に中途で入ってきた人材がすぐに離職してしまう状況になっているのはこうした事情も影響していると考えられる。
中央官庁では新卒を中心とした採用となっているため、組織内の人は減っていくばかりである。離職者数>採用者数となっている場合、組織の人材は減り続ける。
多くの官庁では中途の採用率を高めるとともに、その人たちの能力を活かせる環境を用意し、人材の採用による流入を早急に強化する必要がある。
こうした取組についてデジタル庁は他省庁にとって1つの参考になると思われる。
デジタル庁ではMVVやカルチャーを示し、民間人材をジョブディスクリプションに基づいて採用し、そのスキルに応じたユニットに配属することで自分のスキルを活かした形で柔軟に様々なプロジェクトに参画する。
立ち上げ期なので流入が多いが、現状では専門職非常勤という形で採用されている人も多いため、今後数年で次のキャリアを考え離職していく人も出てくるだろう。
政府で一定期間活躍して、その知見を違うフィールドで活かす人は離職し、また新たな人材が入ってくるという循環の中で、組織も進化していくことが期待される。
こうしたモデルを他省庁にも広げていくことができれば、これまで硬直的だった行政組織もより柔軟に進化していくことができるのではないだろうか。
離職超過にある行政組織がその組織能力を維持、強化するためにも、専門性を持った外部の人材が働きやすいカルチャーを作ることで、人材流入を促し、離職者をコントロールすることが今後の人材循環を設計する上で必要である。
そのことを行政組織の幹部が組織経営の観点から考えコミットしていくことが重要だろう。
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